第9話・アンティークドール

 映し出された光景は誰の目から見ても異常だった。

 人型の機械がカクテル・カルテルの艦艇群を蹂躙している。人型の戦闘マシーンは特殊な状況下で運用されることしかない。例えば、コロニーへの侵入やコンテナユニットの随伴などのような場合にはドールと呼ばれる機体が使われる。

 それが軍人にとっては教本で、海賊達は体験で学ぶ常識だ。しかし、目の前に表示される結果はそれをあざ笑っている。


 敵機は20メートル程度の体高しかない。同サイズ以下のファイター戦闘機は落とせるだろう。40メートル近いコルベットも可能性はある。

 しかし5倍の差があるフリゲート艦や、10倍以上のサイズ差があるデストロイヤー駆逐艦まで落とされ始めた。



「た、大佐……これは一体……」



 副官はすがる思いで上官を見た。

 その上官は腕を組み静かな様子ではあったが、体を震わせていた。それは未知に対する恐怖への反応ではなく、既知に対する動揺であった。



「ヨ、ヨムザ大佐……ご指示を!」

「……対象の脅威度をバトルクルーザー巡洋戦艦に暫定補正。フリゲートは武装の射程限界から攻撃。コルベットと搭載機で敵の所在を割り出し次第、即座に攻撃してよい」



 まるで定められた対応のように口から吐き出される命令。それを訝しみながらも、指示によってやることが決まったブリッジは安堵の下で動き始めた。

 その中で、ヨムザ大佐は天に恨み言を吐くような声を絞り出した。あの古代文化にある騎士甲冑のような姿を忘れるなどできはしない。



「この200年……生き残り何をしていたというのだ……チュノッサ連合、宗主国ディース……その儀礼兵が!」



 ヨムザ大佐は海賊側の船と情報を共有するように指示した後、砲手の席に近づいていった。


/


 それは戦争後期に作られた兵器だった。用途を分類するならば、国威発揚のために作られた存在である。

 あまりにも長く続いたチュノッサ連合とカライザ共同体の争いでは、時折市井に対して娯楽のように盛り上げてやる存在が不可欠となっていた。

 それは新兵器や新造艦。あるいは捏造された武勲などが代表的なものだ。


 そうして生み出された兵器の中にアンティークドールがあった。

 チュノッサ連合の宗主国たるディースは宗教色の強い国家だった。モデルとなったのは主神を祀るための神像であったとされる。

 ある人物が大神像を見て、“人型の兵器であるドールが敵軍を蹴散らすことができたならば、民衆はそれに熱狂するのではないか”、そう考えたのだ。

 その想像が提案へと変わり、さらに具体案が生み出され、最終的には12体のアンティークドールが作成された。


 敵軍を蹴散らす映像を作るため、これら12体には当時最先端の技術が惜しみなく注ぎ込まれた。その中には正式に実用化されていなかった技術さえあった。

 パイロットには宗教の中に存在する見栄えの良い兵……儀礼兵が選出された。彼らも最新技術による改良が施されて……


/


 強化脳に目まぐるしく駆け回る情報を捌きながら、サルマはアンティークドール・ガレスを操る。

 主兵装であるランスをデストロイヤー駆逐艦の外装へと突き刺し、先端部分から大型ヴォイド弾頭を炸裂させる。



『ちょっ、ちょっと! これ勝てるんじゃない!? なんかとんでもないことになってるんですけど!』

「いや、全滅させるのは無理だ。カクテル・カルテルの部隊は2つに分かれているようだが、片方は行儀が良い。というか手強いな……このガレスも単体で戦うことは想定されていないが、そのうちにそこを突いてくるだろう」



 確かにアンティークドールは超絶の性能を誇る兵器だが、それ以上ではない。艦隊を丸ごと叩き潰すような戦いは不可能だ。



「少々面倒だが、やり過ぎない程度に戦いながらここを離脱する。躍起になって追いかけられるのも、ドローン達が住んでいる方向へ行かせるのも駄目だ。次のアタックで派手にやる。それと同時にマイクロワープを連続使用して、恒星間航行に入る」

『ポジティブ。図体の大きいバトルシップ戦艦がいる以上は、追って来れないって寸法ね》

「そうだ。では仕掛けるぞ……ガレス、連続ショートワープをセット。



 デストロイヤー駆逐艦とフリゲートから発射されたプラズマ弾頭が命中する直前、ガレスが消え去る。

 次の瞬間、先制攻撃を仕掛けた艦の目前にガレスが再出現。ランスをブリッジへねじ込む。それを9回繰り返し、漂流する船の残骸が一帯に溢れた時にガレスは戦線を離脱した。


 カクテル・カルテルの艦隊は撃破された艦船の中に敵が潜んでいるのではという疑念から、ガレスを見失った。

 

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