第28話 CL 王都での再会

 精霊に導かれて森を歩いていたはずが、いつの間にかそこは王都内の公園になっていた。

 突然のことに自分でも理由がわからなくて激しく動揺したが、きっとあの神獣の力なのだろう。すぐに意識を切り替えて、無理矢理に動揺する気持ちを抑える。

 まず現在の状況を把握しようと、周囲の様子を窺う。……うん。大丈夫。近くに人はいないようだ。

 先ほどまでの晴れわたっていた空が、いつしかどんよりした曇り空に切り替わっている。


 あの神獣の森から王都まで、街道ではさらに2日ほどかかったはずだ。さらに王都を囲む防壁には魔法装置が仕掛けられており、風魔法でひとっ飛びというわけにはいかなかった。

 そのことを考えれば、この状況は好都合だといえる。神獣に感謝しておこう。


 空がゴロゴロと鳴っている。公園内に人の姿がないのは、きっと今にも降り出しそうな空のせいだろう。


 今日はいったん公園内に潜もうか? ここは確かにそれなりの広さがあるし、魔力球を使えば雨もしのぐことができる。そう簡単には見つからなくていいと思う。

 それに表通りはダメだ。捕まる危険性が高すぎる。かといって貧民街は別の意味でも危険だろう。


 考え込んでいたのが悪かったのか。一緒にいたはずの光の精霊がいなくなっていることに今ごろ気がついた。

 と、その時、遠くから2人の女性の声が聞こえてきた。

 まっすぐにこっちに向かってくるので、セシルはあわてて近くの茂みに身を隠す。


「こっちかい?」「ね、なにかあるの?」


 どこかで聞いた声だ。そっとのぞいてみると、あのカリステでの戦いの後、食堂で一緒になった2人組の冒険者の女性たちだった。


 ……ちょっと、精霊が連れてきちゃってるじゃないの。


 そう。その2人はあの精霊の小鳥の後を追ってきていた。そのまま精霊は迷うことなくセシルの潜んでいる茂みまで飛んできたので、あっけなく彼女らに見つかってしまった。


 女魔法使いがセシルの顔を見て驚いている。

「貴女はあの時の……」


 すると女剣士の方は何かに思い当たったようにうなずいて、

「今、手配書の回っているセシルか。……ふぅん、なるほど。あんたがあの噂の聖女だったのかい」


 セシルが言葉に詰まっていると、女剣士は手をヒラヒラさせて、

「別に突き出そうなんて思ってないさ。私らだって王国には思うところがあるし……。でも、あんたが来たってことは、……いよいよ時代が動くね」


「ちょっと待って。私はロナウドを助けに来ただけなのよ。ただそれだけなの」

「ロナウドって一緒にいた彼かい? もしかして王太子妃に?」

 セシルは黙ってうなずいた。


「……ついておいで。私たちのアジトに案内してあげる」

「え?」

「解放軍よ」

 そう言うと女剣士はニコリと微笑んだ。

「あんたがどういうつもりだろうと、きっと時代は動く。そういう女性さ、あんたはね」



◇◇◇◇

 王都東部の貧民街。

 セシルはみすぼらしい一軒の建物にいた。


 周りには、ごろつきのような男や化粧の濃い娼婦たち、カウンターには頭からすっぽりとフードをかぶった流浪の剣士らしき人物がいる。

 それぞれが静かに酒を飲んだり、薄いスープをすすっていた。誰もが聞き耳を立てているのだ。


 セシルは、中央のテーブルで一人の老いた男と対面している。男の脇には、ここまでセシルを連れてきた2人組の冒険者が控えていた。

 女剣士は老人に、

「例の話はどうだった?」

と尋ねると、老人は正面のセシルを見つめたままで、

「王城の地下牢のようだ。……第一級監獄の方がましじゃったろうが、王城では手が出せん」

と言う。


 この老人は中央部州の解放軍を指揮している男らしい。もとはライラのためにつぶされたとある貴族家の家老で、同じような境遇の者たちやこの貧民街に逃げ込んできた人々をとりまとめている。


 2人が話しているのは、ロナウドの居場所である。いかなるを通してか、この老人はロナウドの居場所を突き止めていた。


「あの女はお主を釣りあげる道具としてあの男を使うつもりのようだ。……のこのこ出て行っても捕まるだけだ」


 セシルは首を横に振る。

「情報はありがたいわ。……でも、私は行くわ」

「無理だ。それよりもわしらのために力を貸せ。その方が、あの男を救う近道だろうよ」


 果たしてそうだろうか?


 相手は、ライラだ。もしセシルが解放軍に協力――、それも旗印として反乱を起こしたならば、よりこうかつな罠を張るだろう。

 なにしろ向こうにはロナウドが捕まっているのだから。


 それよりは、まだ警戒されていないうちに、1人で王城に潜入してロナウドを救出する方が可能性は高いはずだ。なにしろ、あの城の内部をセシルはそれなりに知っているのだから。


「それはできないわ。私はね。もうこの国の人間じゃない。ただロナウドを救い出したいだけなのよ」

「……なぜだ? お主は聖女なんだろ? なぜ我らに力を貸してくれないのだ」


 誰も彼もが聖女を求める。――しかし彼らが欲しているのは、魔王を倒すための聖女ではなく、王国と戦う旗印としての聖女なのだ。

 セシルはそんな聖女になるつもりはなかった。なってしまったら、それは自分をがんがらめに縛りつける鎖となるだろう。


「貴方たちと一緒に立ち上がって、本当にロナウドを助け出せるの? 相手はあのずる賢い王太子妃なのよ? ロナウドを盾にするに決まってるじゃないの。……そうなったらおしまいよ」

「お前は男一人の命と王国とを天秤に掛けるのか」

「5年前に追放された私にとって、ロナウドがすべてよ。……それに王国にはそれこそ貴方たちがいる。私の出る幕はないわ」


 急に近くのテーブルで座っていた男が、ダンッとテーブルを叩いて立ち上がった。

「ふざけんな! そんな男一人のために死にに行くなど! 許さないぞ!」


 セシルは静かに言い放った。

「違うわ。私は死にに行くつもりはない。……ただ助けに行くだけよ」

「無理だ! 俺たちが主君を救おうとして、それでも手を出せずにいたんだぞ! そんな簡単に地下牢から助け出せるなら! ――俺たちのお嬢さまだって救えたはずだ!」


 ……彼は、きっとどこかの貴族家に仕えていたのだろう。


 その場にいた人々も口々にセシルを責め立てはじめる。


「無理だな」「やめときな。あんた」

「あの女を喜ばせるだけだ」「今は時期を待つべきよ」

「なんで俺たちに力を貸してくれない!」

「あんた! 聖女なんだろ!」「そうだそうだ! 聖女のくせに男一人のために行くだと!」

「ふざけんな!」「ねえ、私たちを救ってちょうだいよ」

「そうだ。このまま捕まえて、俺たちの仲間にしてしまえ!」「絶対に行かせねぇぞ!」


 セシルに行くのを諦めろという声。力を貸せという声。

 懇望というには過激な声が次々に投げかけられる。


 ……男一人ですって。ロナウドは一人しかいないのよ! それを諦めるなんてできるわけがない!


 セシルは我慢ができなくなって、勢いよく立ち上がった。

 ガタンッとイスが倒れ、急にその場が静かになる。


「誰がなんといおうと。私はあなたたちが求めるような聖女じゃない。ただの……、そう。一人の男を愛する、ただの一人の女にすぎないのよ!」


 セシルはそのまま目の前の老人を見つめる。

「……もう出て行くわ」


 途端に、人々が立ち上がってセシルを行かせまいと周りを囲む。


 ここまでセシルを連れてきた2人があわてて、

「ダメだ!」「みんな、落ちついて!」

と言うが、即座に輪の外に弾かれてしまう。



 ――その時だった。


 カウンターの方から突然、ダンッと大きな音がして人々が静かになる。

 見るとフードをかぶった流浪の剣士が、カウンターにグラスを置いたところだった。


 剣士は女性の声で、

「行かせてやれ」

と静かに言った。


 人々が注目している中を、剣士は振り向いてゆっくりとフードを下ろす。その下から出てきた顔を見て、思わずセシルがその名前をつぶやく。


「……ベアトリクス」


 ベアトリクスが立ち上がって、静かにセシルの方に歩いてきた。

 雰囲気に飲まれた人々が道を開けていく。


 セシルの横にきたベアトリクスは再び人々に言った。


「お前たちは守るべき時に、大切な人を守れたのか?

 あらがったのか? 力がないと諦めていたんじゃないのか?

 助けられなかった気持ちをよく知っているはずだろう。それなのに、許さないだと?

 助けてくれだと? 女一人になぜすがる。 力がない? 相手は王国だ? ……それがなんだというのだ。

 解放軍? 笑わせるな。お前たちは本気で王国を倒そうとしてるのか? ここ数ヶ月、毎日ここで酒を飲んでるだけじゃないか。いったいいつ立ち上がるというのだ!

 いつまでもここでくすぶっているだけの奴らに、彼女を止める権利はない。――行かせてやれ」


 人々はストンとそばのイスに座っていく。


 ベアトリクスは、

「行くぞ。セシル。……私が一緒に行こう」

と告げ、出口に向かって歩いて行く。

 セシルもあわててその後ろに続いていくが、誰も止めようとはしなかった。


 扉の前に来た時に、後ろから老人が声をかける。

「本当に行くのか? 王城だぞ? 助け出せると思っているのか?」


 ベアトリクスはそれに答えずに、

「……東と西はもう立ち上がったぞ。お前たちが立ち上がる時はいつ来るんだ?」

そう言い捨てて外に出て行った。

 後に続いてセシルが扉を閉めようとしたとき、中から、

「お前たち。すぐに伝令を――」

と、あの老人の声が聞こえてきた。


 先を行く、ベアトリクスの隣に行って礼を言うと、

「……いつも修道院が世話になっている。私の方こそ礼を言おう」

「え? 修道院?」

「いつも寄付をしてくれているだろう? ……そういえばフリージアは迎えの男が来たぞ」


 え? もしかしてローラン王国のあの修道院? なぜベアトリクスが?


 混乱する頭のままに付いていくと、闇の中から複数の人影が現れて、ベアトリクスの前に膝をついた。


あねさん。残念ながら抜け道は脱出専用のようで、正面から入るしかないみたいですぜ」

「100人集まっています。それと東と西とも連絡がついています」

「王国騎士団は東西に行っており、現在は近衛騎士団のみです」

「接触に成功とのことです」


 次々に報告を受けるベアトリクスはうなずいて、

「……私は彼女とともに行く。お前たちは予定どおりに動け」

と命令すると、男たちは再び闇の中へと消えていった。


「今のは……」

 問いかけようとするセシルに、

「頼もしい仲間たちだ。……それより明日は活躍してもらうぞ」

と、ベアトリクスはふっと口元に笑みを浮かべた。

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