第13話 ET 謁見……。



 突然、応接室の扉が開いて、執事のセバスがあわてて走り込んできた。

 そのままグレイの耳元で何かを告げると、グレイが驚きの表情を浮かべる。


「なんだと! それは本当のことか?」


 グレイは複雑な顔でセシルを見た。


「私のことかしら?」

「まったく関係が無いわけでもない。……王太子殿下と妃殿下が近衛、王国両騎士団を率いて城を出陣したそうだ」


「えっ?」

 驚きの声を挙げたセシルだったが、グレイは冷静に、


「王太子殿下と妃殿下の考えはわからなくもない。第一、いつ現れるかわからないセシリアを待つわけにもいかないだろう。……それでお前はどうする?」


 その目はなかば執政者としての目をしている。お前はどう動く? そうきいている。

 セシルはロナウドをちらりと見てから、まっすぐに父の目を見つめ返した。


「そうね。私は――――」


 その答えに、みんながうなずいた。




◇◇◇◇

 2日後。

 セシルは、父母の所有する馬車に乗って、王城へと向かっている。国王陛下にえつけんするのだ。すでにグレイの手配により登城を知らせる先触れは出発していた。

 父と母は隠居の身であり、他に用事もあるそうで付いてはいけないという。そのため、車内はセシルとロナウドの2人っきりだった。


 何事もなく王都に馬車は入っていく。

 セシルは馬車の窓から、5年ぶりの王都を眺めていた。


 うすぐもりの空のせいか、どこか暗く沈んでいるように見える街並み。もっと活気があったような気がするけれど、はたしてどうだったか……。


 記憶にある光景と比べながら外を見ていると、ロナウドが、

「やっぱり大国の王都ともなると、すごい都会だな」とつぶやいた。

「聞いた話だけれど、朝市なんかはものすごい人でにぎやからしいわ」

 ……もっともこうしやくれいじようだったから、実際に行ったことはないけれどね。


 そう思いながら返事をすると、ロナウドは、

「これが勇者と聖女が作り上げた国か……。街並みは美しいなぁ。建物も立派だし」

と夢中になって街並みを見ていた。



 やがて王城の大きな門が見えてきた。馬車にはスタンフォード家の紋章が入っており、先触れもしてあるために、スムーズに中に入ることができた。

 堀にかかる大きな橋を渡り、そびえる城門をくぐると広大な前庭に出る。よく手入れのされた美しい庭で、時には園遊会などが開かれたものだ。


 すでに先触れが到着していることもあり、城門からは警備の騎士が馬車の前を先導して広い前庭をゆっくりと進んでいく。

 ぐるっと庭園を回り込んで、王城の正面入り口に到着した。


「さあ、行くわよ」


 セシルにとっては久しぶりの王城。

 磨き上げられた廊下をコツコツと歩き、いくつかの階段をのぼり回廊を渡っていく。

 ここまですれ違った人たちは、王城にそぐわない冒険者の装備をした2人を奇異な目で見ている。


 当初は、ドレスと騎士服を用意しようとも言われたが、それはセシルが断っていた。

 今の自分は冒険者だから。そう言って。


 一度、待合い室に案内されるが、見るとロナウドの顔色があまりよくない。緊張しているのだろう。

 セシルが、

「いい? 礼儀とかわからないだろうから、所作は私のマネをすること。そして、問いかけられてもすべて私が返事をするから頭を下げて黙っていてね」

と説明した。

「あ、ああ。……悪いな」


 ロナウドが緊張するのも当然だ。まさか直接に国王陛下とえつけんすることになるとは。普通の冒険者には思いもよらないことだろう。


 準備が整ったと合図を受けて、セシルとロナウドは謁見の間に入っていく。

 正面の玉座には、記憶にあるより幾分か年を取った国王陛下が座っていた。


 5年という歳月のせいだろうか。それともロナウドとの生活のせいだろうか。

 陛下の顔を見ても、思ったより平静でいられるようだ。


 ――やはり王太子殿下やライラ、スチュアートはいない。文官らしき人に、あれは神官ね。


 素早く室内を確認しつつ、セシルは国王の手前でひざをついた。今の自分は平民だ。女性であっても膝をつかねばならない。

 ロナウドが、ななめ後ろで同じように膝をついている気配がする。


「――うむ。よくきたね。立っていいよ」


 許しを得たセシルは「失礼します」と立ち上がり、真っ正面から国王陛下を見上げた。


 陛下は侍従長から渡された書状を見て、

「なになに。今は改名してセシルを名乗っていると……。まあ、どっちでも構わないがね」


 なんとも投げやりな、どうでもよさげな様子に、あいかわらずの呑気さだと妙に懐かしく思う。

 ある程度の事情は、父の手紙で伝わっているはずだ。

 それでもなお、あの『手配書』について陛下から直接に事情を聞きたい。


「う~ん。説明が面倒だな。……副神殿長。代わりに説明してくれ」


 すると神官がうれしそうに、

「はい。……現在、この国が魔王におびやかされていることは御存知ですか? この事態に、いにしえの伝説に則り、神託の儀を執り行ったところ、光の神より神託が下ったのです。

 ――聖女セシリア・スタンフォードに任せるのです、と。

 それで貴女を召還させていただくことになりました。聖女様。どうか我々のために、いや、人々のために聖女として共に戦っていただけませんか?」


 このように言うということは、この人は聖女はセシルと信じている一派なのだろう。

 ……もちろん、神官であらば当然といえるか。神託の聖女なのだから。



 しかし、もうセシルの決心は固まっている。だから、返事は一つ――。


「お断りします」


 セシルはきっぱりと断った。



「聞くところによると、王太子妃殿下が聖女の役割を果たし、勇者として王太子殿下を見いだしたとか。……ならば聖女は妃殿下。私が聖女の役をになう必要はありませんし、そのつもりもありません」


 神官は少しあわてたように、

「セシリア様。たしかに王国では王太子妃殿下が聖女であると言っているようですが、私ども神殿は違う。神託は貴女様なのです。どうかお力添えを……」


「神官様。まだ話は終わっていません。……私は何も魔王と戦うことを断ったわけではありません」

「おおっ。それでは――」

 喜色を浮かべる副神殿長に、セシルは首を横に振った。あくまで聖女になるつもりはないのだ。


「5年前。ご承知の通り、私はこの国を追放となりました。そのことを忘れたことはありませんが、今の私にはすでに居場所があります。信頼する仲間との生活が私を支えてくれているのですよ。正直、魔王の出現がなければ、ここに来るつもりはありませんでした」


「それは……、そうですが」


「魔王との戦いには参加します。いにしえの伝説のとおりならば、たとえ他国にいたとしてもいずれは魔王と戦わねばならない。魔王を倒すのに私が必要だというのが神託の示す意味なのでしょう。

 それならば戦いに参加します。かけがえのない私のいるべき場所を守るためにも。……それにこの国にも少しばかり大切に思う人々もいますから」


「ではやはり!」


「ですが、すでに聖女がいて勇者が選ばれている様子。私は参加はしますが、それは聖女としてではありません。……神官様には悪いですが、私は皆さんの聖女になるつもりはないのです」


 なおも神官は何かを言おうとしたが、そこへ国王が口を挟んできた。


「うん。それはよかったよ。神託が気にはなっていたけど。どうやらライラが言うようにアランが勇者らしいし、きっとアランとライラが魔王を倒してくれると思うんだ。念のため、君にも参加してもらえたら、それでいいかな。……ちょうどライラもうるさかったから、これで静かになるよ」


 まったく呑気なことだが、今は話が早くて良い。……なにしろ、神官はセシルを聖女とすることを諦めていないようだから。

 神官にまた何かを言われる前に、どんどんと話を進めてしまおう。


「はい。陛下。それでは私たちは早速、王国軍に合流したいと思います」


「話が早くていいね。場所は東部州のカリステ。わかるよね? 書状を預けておくから、向こうに着いたら王国軍に届けてくれたまえ」

「――はい」


「ええっと。王国内を移動するわけだから、追放処分は取り消し。まあ、これはすでにそうなっているか。……あとの面倒なことはアランに任せてあるから、そっちに言ってくれ」

「――はい」


「こんなところかな。何もなければ、もういいかな?」

「――はい。それでは御前を失礼します」


 そのまま立ち上がって一礼し、きびすを返してロナウドを連れて謁見の間を出る。

 背後で扉が閉まり、ほっと息を吐いた。

 出る間際、背中に感じる神官の視線が気にはなったが、思った通りの展開になった。


 騎士の案内で来た道を戻る道すがら、しばらく黙っていたロナウドが、不満げにセシルに小さな声で話しかけた。


「なあ。本当にあれでいいのか?」

「え? なにが?」

「本気で救いを求めているようには見えないぞ? はっきりいってふざけてないか? あんなののために戦いに行くのか?」

「違うわ。ロナウド。私はこの国のために戦いに行くんじゃない。……って、この先は言わせないで」


 ね? わかってよ。

 ……私は、今の冒険者暮らしが気に入っているの。あなたと一緒の生活。私の居場所はそこなのよ。


 ロナウドは深い深いため息をついた。やれやれと言っているが、その表情は決して悪くない。どこかホッとしたような、満足しているような、誇らしげなような笑みを浮かべている。


「……わかった。ただなぁ。まさか国王が」「ダメよ。ここでは」


 ロナウドがいいたいのは国王があんなのでいいのかってことだ。良いわけがあるわけない。あの方がもっとしっかりしていたら、ライラに国をむしばまれるなんてことにはなっていないわ。ただねぇ……。


「そ、そうだな」

「言わなくてもわかってる。……ああいう方なのよ。昔から」


 あきらめたようにいうセシルに、ロナウドは大きなため息をついた。

「わかった。この国の人々がなんだかな……」


 セシルはクスッと笑った。かわいそうと言いたいのだろう。ふふふ。そうね。

 ……貴方が一緒でよかったわ。


 5年前。ひそかに母が守ろうとしてはくれたけれど、自分は独りぼっちだった。激流に流されるままに追放になった。

 けれど今は違う。嫌なことを分かち合える人がいる。それだけでこんなにも心が軽い。

 きっとロナウドとならどんな試練も乗り越えていける。魔王にだってきっと勝てる。聖剣なんてなくったって、ロナウドは強いのだ。


 知らず、セシルは明るい笑顔になり、ようようと「さあ行くわよ!」と回廊を進んでいった。


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