第14話 ET 戦いの前夜
東部州カリステ。
周りをぐるっと防壁で囲まれた城郭都市であるが、普段は商人たちが多く行き交っている交易都市でもある。今は王国軍が駐留しているために物々しい雰囲気に包まれていた。
ここから東に20キロメートルも行くと延々と巨大な壁が立ち塞がっていて、その向こうが魔王の支配地域になる。
セシルとロナウドは、どうにか冒険者の宿で最後の1室を確保することができた。
娘さんに確認すると駐留軍の本部は領主館だそうで、そのほかの騎士団員は都市内の宿と外の天幕とに分散しているらしい。夜には街中の酒場に飲みに来る者も多いらしい。なかには酔いにまかせて、街の人や同じ騎士団員とケンカをする者もいると聞く。
はなはだ迷惑な話ではあるが、魔王軍との一戦を前にしては戦意を高めるために許されているのかもしれない。
なお冒険者たちもギルドの緊急依頼として自由軍として加わる。そのため、普段の倍以上の冒険者がこのカリステに終結していた。
2人は今、領主の館に向かっている。
途中で見かけたのは店を物色する騎士たちや、おびえた表情の街の人々だけだった。
大通りの先の領主館に到着し、その扉の前で歩哨をしている騎士に王太子への取り次ぎをお願いする。
しばし待てと告げられてから、待たされること約20分。
まわりからの視線に耐えていると、ようやく騎士が戻ってきた。しかし、その話を聞いてロナウドが
「はあぁぁぁ?」
その声に、騎士たちが一斉にこちらに向かって身構える。セシルはあわててロナウドの頭をペシンと叩いた。
「ロナウド。落ちついて。……すみません。騒がせてしまって」
と言うと、安全と判断したのか、騎士たちが剣の柄から手を離した。
セシルは、内心で胸をなで下ろしながらも、ロナウドがそんな声を上げるのも無理はないと思った。
なにしろ返事は、
――冒険者は自由軍に合流しろ。
というものだった。
いや、たしかに自分たちは冒険者だけど……。それでいいの? と言いそうになった。その前にロナウドが素っ頓狂な声をあげてしまったので飲みこんでしまったけれど。
でもここで引き下がるわけにはいかない。それは感情ではなくて、通例として国王陛下からの正式な書状を預かっているのだ。渡せなくては責任問題となる可能性がある。
「国王陛下からの書状があります。どうしてもお渡ししないとなりません。……お取り次ぎをお願いします」
再度そうお願いすると再び騎士は中に入っていき、今度は領主らしき白い髭をたくわえた男が出てきた。
「ふむ。君が陛下からの書状を届けに来てくれたという女性だね。私はカルロ・マルグリット子爵だ。妃殿下の遠縁でね。ここの領主をさせてもらっている。
書状だが、それは私が領主として責任を持って王太子殿下にお渡ししよう」
「お待ち下さい。これは陛下からの書状ですよ。そんなわけには」「いいや。預けてもらうよ。これもライラ王太子妃殿下の指示なのでね」
「……わかりました」
やむなく書状を渡す。どうやら何を言っても無駄のようだ。向こうもそれを求めていない。セシルと会う必要すら無いと思っているのだろう。それならば下手に騎士や執事などに預けるよりも、領主に預けるのが良いだろう。
そして告げられた指示は、先ほどと同じく冒険者なのだから、自由軍に参加するようにというものだけだった。
ただそれだけ。再会するでも、作戦会議に出席するでもない。それはたしかに冒険者ではあるけれど、あまりにも扱いが軽くはないだろうか。ロナウドがみるみる不機嫌になっていく。
「……ロナウド、行くわよ」
「セシル!」
「いいのよ。お互いに不干渉でやろうってことでしょ?」
「しかし! それで――」
なおも言いつのるロナウドを、セシルがぐいっと引っ張って、その耳元にささやいた。
「初めからそれほど期待もしていなかったから、腹も立たないわよ。……それにね。私も会いたくないから」
そう言われるとロナウドも黙り込んでしまう。国王といい、この対応といい、セシルをなんだと思っているんだ。セシル自身は納得していたとしても、ロナウドは怒鳴りたい衝動を胸に押さえつけている。
こんな奴らのために戦う価値があるのか? 相手が魔王でさえなければ……。ロナウドがそう思ってしまうのは致し方がないだろう。
怒気をため込んでいるロナウドの手を、セシルは強引に引っ張りながら元来た道を戻りはじめる。
苦笑しながら周りに聞こえないように、
「もう殿下には未練なんてないし、今はほら。
そう言いながら、セシルは繋いでいる手に力を込めた。
「それにね。……先にロナウドが怒っちゃうと、今さら私が怒れないじゃないの」
セシルがロナウドをなだめながら、通りを去って行った。
領主館の窓からその2人を見下ろしている女性の姿があった。ライラである。
髪を
「まさか本当にあの女が生きていたとはね。……しかも冒険者とは」
かつて熱中していた「星降る夜に愛を誓う」でのセシリアの処遇は追放までしか描かれていなかった。おまけゲームでも登場してこないので完全にいなくなった悪役の扱いだったはず。
この東部州カリステでの戦いは、魔王の四天王の一人である獣王と戦うイベント戦だ。
アランが聖剣の真の力を引き出すことに成功する重要な戦いでもある。強敵ではあるがその攻略法も覚えているし、勇者アランに聖女である自分がいるのだ。何の心配もいらない。
そして、そこには冒険者自由軍なども登場していなかった。……だから、冒険者自由軍など不要。むしろ邪魔になるかもしれなかった。
窓辺のライラにアランが声をかける。
「気になるのか?」
背の高いアランはライラに寄り添うと、そっと背中からライラの華奢な身体を抱きしめた。
ライラはクスッと笑いながら身を任せ、
「まさか本当に生きているとは思わなかったのよ。しかもここにやってくるなんてね」
「セシル、か。名前を捨てたとか下らんこだわりだ。そんなことであの女がお前にやった罪は消えない」
「あら? 私はもう気にしていないわよ。こうして貴方と結婚できたんだから」
そういってライラは手をアランの腕に重ねる。
「……ライラは優しいな」
「それに、地べたをはいずり回る冒険者なんて、彼女にぴったりだわ」
「確かにな。あの女を聖女になどという奴らの気がしれん」
アランは吐き捨てるように言うが、肝心な光の神がそう託宣を下していることは忘れているようだ。
「魔王なんて、勇者たるあなたと私がいれば倒せるわ。せっかく助かった命。せいぜい死なないように頑張ってもらいましょうか」
セシルをあざけるライラだったが、そこへノックの音がして、「軍議のお時間です」と声がかかった。
「時間のようだ。ライラの軍略を期待しているぞ」
「任せてちょうだい。私こそが聖女だって証明してあげるわ」
ライラはそう言うと、最後にもう一度セシルを
◇◇◇◇
ギルドに入ったセシルとロナウドは併設している酒場に潜り込んだ。さすがに戦時中なので多くの冒険者が待機、いや酒を飲んでいる。
空いている席は……、ちょうどカウンターに2席空いている。すぐに確保して並んで座り、給仕の女性にビールとつまみを注文した。
軽くコップを当てて早速ビールに口をつける。他愛もないことをしゃべりながら、周りの会話の耳を澄ませた。
「けっ! なにが魔王討伐軍だ」「おい。やめろって、王太子妃に聞かれたらまずいぞ」
「今度は軍事税だとよ。……また税金上がるのか」「まさか使い捨てにされないだろうな?」
「ポーションまで買い占められてる。街のみんなも困ってるみたいだぜ」――。
セシルは豆を口のなかに放り投げた。
「まさに
途端にロナウドがセシルにツッコミを入れた。
「ちょっと違うだろっ。むしろ王国軍に対する不満ばかりだな」
「あ、と。……そうみたいだね」
そこへセシルの隣の女性冒険者が、
「この街に駐留して、1週間。ギルドを通して冒険者自由軍が組織されたが、侵攻作戦の内容もよくわからない。……それでいて騎士団の連中は王国の金を使って酒場を占拠したり、店から商品を買い占めたり。色街もほぼ占拠しているようだし。不満も出るだろう」
と会話に割り込んできた。
見ると、キリッとした切れ長の目をしたきつめの美人だ。使い込まれた赤い軽鎧に業物とおもわれる長剣を下げている。長い髪をポニーテールにして、どこか挑戦的な目でセシルを見ていた。
「ベアトリクスだ」
そういって手をのばしてきたので、握手をしてセシルも自己紹介をする。
ベアトリクスは興味深そうに2人を見ながら、
「セシルにロナウドか。……どうした? 私の顔に何かついているか?」
とロナウドに言った。
ロナウドはあわてて言い訳をしようとするが、その途中でセシルが思いっきり足を踏みつけた。
「い、いや。なんでもな――、ぐおおぉぉ!」
踏まれた足を抱えて痛がるロナウドに、ベアトリクスはフフフと笑う。
「なるべくここにいる奴らを顔合わせをして、自己紹介をしておけ。いざという時、顔を知っているかどうか、名前を知っているかどうかは生死を分かつこともある」
そういってコインをカウンターに残し、「先に失礼」といって帰って行った。
その背中を見送っていたロナウドがぽつりとつぶやく。
「あの人……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない。……ただ強いぞ。俺よりも」
セシルは驚いた。ひいき目ではなくロナウドはかなり強い。その師匠であるオルドレイクもとても一介の流浪の剣士に見えないくらいだ。
ランクSでもピンキリがあるが、ロナウドは間違いなく上位の実力者だと思う。そのロナウドが自分より強いと断言した人は初めてである。
世間は狭いようで広いものだ。
そして、それは魔王軍の中かもしれない。けれど力の限りに戦うしかないのも事実。足りない力は連携で。これも冒険者の知恵だ。
セシルは気を引き締めながらも、ベアトリクスの助言の通りに、ロナウドと一緒にその場の冒険者に声をかけていくことにした。
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