第15話 PT 獣王軍 対 王国軍


 事態が急変した。


 魔王領への侵攻のために、王国軍は東部平原に終結を始めた。すると時を同じくして、王国軍と対峙するように魔王軍の軍勢も姿を現したのだった。

 互いに様子見をしながら、陣を構え、今まさにいくさのぶたが切られようとしている。


 

 アランは望遠鏡で敵陣をのぞいている。

「見たことがない奴らが多いな。フルプレートアーマーの奴らに、獣人もか。ライカンスロープ、エルフ、ハーピー、ケンタウロス……」


 隣のライラが顔をしかめた。

「エルフも……。すると亜人種は向こうの仲間ということね」

ぎやくさつされているとも思ったがな」


 望遠鏡から目を離したアランは不敵に笑うと、

「ちょうどいい。人間種こそがいかに優秀であるかを証明しようじゃないか。それに立ち塞がるなら打ち破る。ただそれだけだ」と言い放った。


 冒険者自由軍にはエルフなどの亜人種や魔人種もいるのだが、自由軍の存在すらないものと考えているようだ。


 戦場独特の緊張感と興奮に、どの騎士たちも緊張した面持ちをしている。

 どうやら両軍ともに戦闘準備が整ったようだ。

 アランが白いたくましい馬に乗る。その隣に同じく白い馬に騎乗したライラが寄り添った。


 ラッパが鳴り響いた。


 アランは聖剣を抜いて天に掲げ、

「王国の騎士たちよ。ゆうもうかんな正義の騎士たちよ! 邪悪なる魔王を倒し、我が王国に栄光を! いくぞ!」

と叫んだ。

 それに「おう!」といらえを返す騎士たちの声が、まるで大きな雷のように響きわたった。


 戦意を高め、独特の興奮状態に入っていく騎士たち。


 その姿を眺めながら、ライラは胸のうちでこのイベント戦の攻略情報をおさらいしていた。


 ここで戦うのは魔王四天王の一人。獣王ブルーゴ。攻撃力と素早さと生命力に特化した中ボスで、よくある戦闘力特化型だ。


 戦いは部隊戦とボス戦の2段階に分かれている。

 まずはしようのように、味方の部隊を動かして敵陣を破り、そこへアランの部隊を突撃させたところで、獣王との直接戦闘が始まる。

 とはいえ、この段階ではまだ敵もそれほど強くないし、獣王を倒しても戦闘後に逃げられるという流れになっていた。


 スタンダードな攻略法としては、あらかじめ3割のユニットを騎兵にしておくことがポイントだ。

 そして、開始直後にライラの広範囲大魔法で密集している敵部隊を攻撃し、歩兵部隊を突撃させて敵の足を止めさせる。そして、その隙にアラン隊を先頭にした騎兵部隊で、一気に中央に突撃をかけるという方法だった。


 この攻略情報のとおりに、3割とまで行かないがかなりの騎兵部隊を用意してある。後は、ここで自分の力を示し、戦意を高揚させるだけ。

 自己顕示欲の強いライラにとって、ド派手な大魔法をぶっ放して騎士たちの尊敬を集めるのが楽しみだ。


「初撃を行くわよ」

 そういってライラが手にした美しい宝杖に魔力を込めていく。

 事前の打ち合わせのとおりに、魔法使い部隊もえいしようを開始。弓兵たちに大弓による遠射の準備が命じられ、伝令が駆けていった。


 弓兵たちの足元の溝に火が付けられ、ライラの魔法から一拍の間をあけて火矢を打ちかける準備が整っていく。


「――混沌たる世界に光を与えし始原の炎よ。貴き汝の力をここに顕現し、猛威の嵐とともにぼうぎやくをなせよ。我が敵をことごとく焼き尽くして灰燼に帰せ。汝を呼びし我が声に応え、その力を示せ。フレイムバースト・テンペスト!」


 長い詠唱が唱えられ、ライラの頭上に直径20メートルはあろうかという大火球が現れた。まるで小さな太陽のような巨大な火球に、感嘆の声を挙げる騎士たち。

 火球は一直線に魔王軍に飛んでいった。


 アランはれするように、

「いつみてもライラの魔法はすごいな」

 ライラは当然とばかりに「当たり前よ。さあ、今のうちに歩兵を突撃させ――」と言おうとして失敗した。


「え?」


 自信を持って放った大火球が、敵陣にぶつかる直前でいきなりまっすぐ上空へとはじき飛ばされたのだ。

 目を疑う光景にあわてて自分の望遠鏡で確認すると、赤くなった拳にふぅふぅと息を吹いている獣王の姿があった。


 ――嘘でしょ? だって今の火炎属性最強の魔法よ?


 基本属性であるからこそ、その範囲といい威力といい、絶大な攻撃力を持つはずの魔法だ。それがまさか拳ではじき飛ばされるとは、ライラにはまったく想像するだにしなかった事態だ。


 しかし、一度動き出した戦場は止まらない。


 予定通りに魔法使いたちの色とりどりの攻撃魔法が次々に放たれ、弓兵の火矢が雨あられと降り注いでいく。

 再びラッパが鳴り響き、最前列に並んだ重装歩兵がゆっくりと前進を開始した。


 次第にスピードを上げていく歩兵たち。対峙する魔王軍もタイミングを合わせるようにこちらに向かって走ってきていた。

 戦場の真ん中で両軍が激突する。

 激しい衝突に力負けした兵がはじき飛ばされ、前線ではすぐさま混戦となっていった。


「よし、騎兵隊。突撃行くぞ」


 そういって、副司令官に指揮権を預けてアランは移動を始めた。もちろんライラもついていく。

 普段の戦争なら王太子は本陣から動いてはならないが、これは魔王軍の討伐戦。勇者と聖女はその先頭で戦わねばゲームにならない。


 混戦状態の戦場だが、予想外に残存している敵の数が多い。


 ――ちょっと大変だけど、正面から力業で突っ込むしかないか。

 まだ敵はそんなに強くないはずだから……。


 ライラはそう思っていた。どう戦おうと結局は獣王を倒せばイベント戦は終わるのだ。



 すぐさま王国軍の正面からアランを先頭に騎兵が戦場を切り裂くように疾走する。まるで槍のような突撃陣形だ。


 アランがうっすらと青い光を帯びた聖剣をふるい、その左右を固めるマグナス将軍たち近衛騎士団も次々に剣を振るっていく。

 アランのすぐ後ろからはライラが砲台と化して次々に攻撃魔法、支援魔法を放ち続けている。まさにがいしゆういつしよくの勢いで戦場を駆け抜けていく。



 前方の敵部隊の奥で獣王ブルーゴが不敵な笑みをして待ち受けている。絶対強者の雰囲気を漂わせながら。

 まだ遠くにあるその姿をキッとにらみ。

 アランが魔力を聖剣に注いで、一気に道を切り開こうとした時だった。



 突然、上空から風の刃がマシンガンのようにアランたちに襲いかかる。すぐさまライラの結界魔法で防ぐと、正面から巨大な二本足のヤマアラシのような獣人が姿を現した。


「殿下!」

 アランを守ろうと2騎の騎士が割り込んでくるが、すぐにはじき飛ばされる。


 それでも勢いを落とした獣人は、

「3獣士の一人、イグラー。参る!」

と名乗りを上げ、手の針を長く伸ばしてトリッキーな動きをしながら攻撃をしかけてきた。

 あわててライラが魔法を放とうとすると、上空から再び風の刃が襲いかかってくる。


「くっ」とあわてて結界を張るライラが見上げると、そこには背中から羽を伸ばしたたかの獣人が滞空していた。

「同じく3獣士の一人、ファルコンだ」


 すっかり勢いを殺された騎兵たちは円陣を組み、手近な敵兵と戦い始めた。


 ……どうなってるの? こんな展開、ゲームにはなかったわよ!


 ライラは舌打ちしたい気分だったが、とにかく目の前の戦いに集中するしかない。



 アランは、マグナス将軍と連携しながらイグラーに攻撃を仕掛ける。しかし、イグラーの身体を覆う針に剣が流されてまともにダメージを与えることができない。

 それを横目にしながら、ライラは上空のファルコンに魔法を放ち続けるが、予想外の高速機動でかわされつづけ、お返しとばかりに上空から風魔法の攻撃が降ってくる。


「ったく。なんなのよこいつらは!」

 獣王などは所詮は中ボスにすぎない。それなのにさらに腹心の部下などゲームにはいなかったし、想像もしていなかった。


 こうして王国軍と獣王軍の戦いは、次第にこうちやく状態になっていく。



 一方そのころ、セシルたち冒険者自由軍は戦場から少し離れた森の中に潜伏していた。

 王国軍からは正面の戦場に出るのではなく、ゲリラ戦を展開して敵陣の後方を混乱させろという指示が出ていたのだ。

 実はこの指示の裏にはライラにとって、ゲームに出てこないユニットは邪魔だったという事情もある。


 参加している冒険者は200人ほど。とても戦況を変えられるほどではないが、戦場にいる敵に見つからないように、身を潜めながら敵の後陣を目指して進んでいた。


 森を進みはじめて少しすると、急に王国軍から見たこともない強大な火炎魔法が放たれた。

 あっと驚く冒険者たちだったが、しかし、その魔法も突然、空中に向かってはじき返されてしまった。

 その光景を見た冒険者たちは度肝を抜かれたように黙りこくってしまった。

 そのまま戦況を確認しながら、森を移動し続ける。次々に魔法が着弾する音が聞こえてくる。


 ピンと張り詰めた空気が漂うなかを、ロナウドがセシルに、

「あれがライラって奴の魔法か?」

「そうよ」

「……なるほど。すごいな」

「むかしから魔法の成績はよかったわよ」

 フッと笑ったロナウドは、

「正直、見くびっていたけど、セシル並みの魔法だな」

と感心したようにつぶやいた。


 戦場はめまぐるしく動いていく。王国の重装歩兵とフルプレートの敵とが正面から激突する。まるで地震のように大地が揺れるようすにどの冒険者も緊張を隠せない。


 このような大規模戦闘は初めてなのだ。そう思えば、冒険者を当てにしないというライラの判断は、確かに正しかったともいえる。



 その時、誰かが焦ったように叫ぶ。

「おい! こっちにも来るぞ!」


 確かに魔王軍の一部が、冒険者の潜んでいる森を指さして向かって来ていた。5万にも及ぶ大軍に対し、ここにいるのはわずか200人。


 どの冒険者にもせんりつが走った。


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