第16話 PT 冒険者自由軍


「ちっ。逃げるぞ!」


 誰ともなく放った冒険者の言葉に、多くのパーティーが戦いもせずに走り出そうとしている。それを見てあわててセシルが叫んだ。


「待って! 私たちの依頼は後方かく乱よ! それを放棄して逃げるの?」

「ば~か。命あってのものだねだろ!」

「はっきりいって私たちは王国軍に馬鹿にされてる。そのままでいいの? 私たちは、あなたたちは誰? 自由を愛する冒険者でしょう?」


 一人、また一人と逃げだそうとしていた冒険者たちが立ち止まる。セシルはその顔を見渡しながら語りかけた。


「連携だってお手の物。森の中だって私たちのフィールドだわ! 人の和と地の利はこっちにある。……なら見せてやりましょう。冒険者わたしたちの力を。馬鹿にしてる王国軍に! そして、あの魔王軍に!」


 セシルの隣にロナウドが立った。みんなを勇気づけるように、

「よく見てみろよ。こっちに来るのはせいぜい100人ぐらいだぜ? むしろこっから敵の裏側に出て一撃を食らわしてからバラバラに逃げた方がいいだろう」


 魔王軍の接近に焦ったものの、たしかにロナウドの言うとおりだ。冷静さを取り戻した冒険者に少しずつやる気が蘇ってきていた。

 それを見たセシルが自らの武器、宝杖クレアーレを取り出す。


「戦う力を。我らに。フィジカル・ブースト・ウインド!」

 吹き抜ける風がその場にいる人々に勇気を与える。戦うための強化魔法に力が湧いてくる。

 セシルがクレアーレを掲げる。まるで迷える人々を導く預言者のように。

「さあ、行きましょう!」


 先頭をきってセシルが森を奥へと進んでいく。その横にはもちろんロナウドがいる。目指すは敵陣の裏側だ。2人に冒険者たちが続いていく。

 最後尾にはレンジャー職の冒険者が手早くできる簡単な罠を設置しつつ移動していた。




 10分後、森の中に次々にライカンスロープの軍隊が飛び込んで来た。するどい目をして、鼻をひくひくとさせて匂いを嗅いでいる。


 部隊長らしき男が、

「いないな。よしいくぜ! 狩りの時間だぜ!」

と大きな声をあげ、一斉に冒険者の後を追おうと走りはじめた。

 隊長は走りながら、違和感を感じている。なんであいつら、魔王軍の方に向かっている?


 同じことを感じ取った一人の男が、

「なんだぁ? あいつら何でこっち――」

と言いかけたとき、突然、そいつの足がつり上げられた。

「どわぁぁぁ!」

「ははは! ドジ野郎が――。おわあ!」

 別の男の顔面に、ビシンッと木の枝が襲いかかった。


「ちぃ! 罠だ! 野郎ども。慎重に進め!」

「おい! ロープがあちこち張られてるぞ!」「罠ばっかりじゃねえか!」


 すぐさまライカンスロープの一隊は身動きがとれなくなった。



 一方、その頃セシルは、後ろの方から何かが聞こえた気がして一瞬振り返った。


 するとそばを走っていた冒険者の一人がニカッと笑いかけ、

「心配するな。奴らが罠に引っかかったんだ」

と事もなげに説明した。


 え? あの短い時間で罠を?


 驚きに目を丸くさせると、その男が照れたように人差し指で鼻の下を撫で、

「そんなに多くはないさ。せいぜい5つほど。あとはロープを適当に張っただけだが、疑心暗鬼になるには充分だろう」


 併走しているロナウドが感心したように、

「さすがだな」

と言うと、男は誇らしげに、

「これが冒険者おれたちのやり方さ!」

と笑った。


 セシルもロナウドも笑みを浮かべる。良い雰囲気だ。怖れるでもなく、冷静に、それぞれができることをする。


 ――いかにも冒険者らしいわ。この雰囲気なら、全員が生き残ることもできるかも。


 もちろん、それは虫の良すぎる話だろう。だけど、不思議な連帯感にそう思わずにはいられない。

 ふと横を見ると、ロナウドがニィと笑った。

「さすがはセシルだ」

「え? なにが?」

「あっという間に、みんなを奮い立たせてしまった。――本当に勝利の女神みたいだ」

「よしてよ! こんな時に」


 抗議するセシルだったが、ロナウドは微笑んで、

「出口が見えてきた」


 走り続ける冒険者たちの前に森の出口が見えてきた。


 先頭のセシルはその手前で足を止め、外の様子をうかがう。


「おどろいた……」


 思わずそうつぶやいて慌てて口を閉じる。


 どうやら自分たちは上手く魔王軍の後方に出られたようだが、なんと目の前には敵の本陣までまっすぐ空間があいているではないか。

 自信があるのか。こうして回り込んでくることを想定していないのか。

 素早く頭で作戦を考える。


 

 ここにはランクB以上の冒険者がいるみたいだけど、魔法使いがどれくらいいるだろうか。

 下手をしたら回復魔法の連発になる。魔力球の残りは400ほど。魔力回復ポーションが2本。……そして、今の私たちはおよそ200人。

 私の魔力が保つだろうか?


 その時、セシルの背中をロナウドがポンと叩いた。ロナウドの顔を見る。澄んだ瞳がセシルを見つめ返していた。

「今度は俺たちができることをすべき時だな」

 いつもと同じように力強い声。セシルにはこのロナウドの声を聞くだけで、不思議な力が湧いてくるような気がする。

 たとえ暗いダンジョンで罠にはまった時だろうと、遭難して木のうろに避難したときだろうと、100匹の森林大狼に追いかけられたときでも。……そして、戦場だろうと。

 いつもいつも私に勇気をくれるのはロナウドだ。


 2人一緒なら、どんな時でも切り抜けられる。どんな強い敵だろうと戦える。


 セシルはうなずいた。

「ええ。私とロナウドとなら、なんでもできるわ」

「どんなときだって俺が一緒いるから、思いっきりやろうぜ!」

「そういうことは、ロケットペンダントの君に言いなよ。……でも、うれしいかな」


 セシルのクレアーレの宝玉が輝き始める。同時に腰のベルトにくくりつけたポーチから魔力球が飛び出してきた。

 驚く冒険者たちに、

「みんなは作戦通りにかく乱させたら、そのまま離脱するのよ。……私とロナウドで、なるべく追撃を抑えるから」

と言うと、自分とロナウドの足元に魔方陣を浮かび上がらせた。


 ロナウドとうなずき合い、2人一緒に敵の本陣目がけてロケットのように一気に飛び出した。


 空中をクルクルと回転しながら、セシルは詠唱を始める。


「輝く息吹、白き冷花、凍てつく息吹よ、渦巻け! フローズン・タイフーン」


 短い詠唱だが、まわりに旋回する魔力球小さな魔方陣をいくつも作りながら回転している。氷の礫が竜巻となって魔王軍に襲いかかった。


 セシルの魔法に巻き込まれた敵が空に巻き上げられていく。


 ロナウドと同時に着地し、そのまま前方に突撃していく。ぐるぐると魔力球がうごめいてセシルを囲むように八方に魔方陣を形成する。そこから地水火風の攻撃魔法が次々に放たれた。尽きることない多彩な攻撃魔法が飛び交う中を、ロナウドが恐れることなく切り込んでいった。


 タン。タタン。タンタン。ダン。ダン。タタタタ……。


 ロナウド独特のリズムに、セシルの魔法が完璧にタイミングが合っていて、抜群の連携で魔法軍を薙ぎ払っていく。


 獣王が、面白いものを見つけたという表情でセシルたちの方を見ている。ニヤリと笑って、小さく指を振るのが見えた。


 そのそばから、巨大なミノタウロスが鼻息を荒げながらセシルとロナウドに突進してきた。

「ロナウド!」

 迫り来るミノタウロスを見てセシルが鋭く言うと、

「任せろ!」


 ミノタウロスの大斧をロナウドが剣で受け流し、そのまま巨大な横っ面に回し蹴りを叩きつける。弾かれたように吹っ飛ぶミノタウロスに、セシルの雷撃魔法が襲いかかった。


 ミノタウロスは立ち上がると急に笑い出した。

「ははは。いい蹴りだ!。勇者さんよ。おいらは3獣士の一人アーノルドだ」

「俺は勇者じゃねえ!」

「ははは。強ければなんでもだらよ。獣王様のもとへ行きたければ、このおいらを倒してから行くだら!」


 アーノルドが大斧を構える。ぶおっと炎が沸き起こって斧にまとわりつき、全身にうっすらと金色の闘気を帯びている。両腕でクルクルと大斧を回転させ、そのままの勢いでロナウドに振り下ろされた。


 ロナウドは横に飛びすさってかわしたが、大斧は地面をたたき割りヒビが四方八方に広がり、そこから赤い炎が吹き上げる。

「重いうえに範囲攻撃か。面倒だな」


 そういうロナウドに、背後から女性の声がかかった。

「どけ。そいつの相手は私がしよう」


 振り返るとそこにはベアトリクスが剣を手に立っている。

「お前たちは獣王のもとへ行け」


 ベアトリクスの剣が赤く光る。その姿がぶわっとかすんだと思ったら、次の瞬間にはアーノルドの頭上にいて剣を振り下ろしていた。


 ガキィィィン!


 澄んだ音をさせながら、アーノルドの頭の牛角がクルクルと宙を舞う。

「ああぁぁ! よくもおらの角を! ぶ、ぶもおぉぉぉ! 絶対に許さないだ!」


 激高するアーノルドがめちゃくちゃな速度で斧を振り回し、ベアトリクスに迫る。しかし、ベアトリクスは嵐のような連続攻撃をすれすれでよけ、剣で受け流しつづけている。

 まるで踊りのステップを踏むかのような華麗な戦い方に、セシルが感嘆していると、ロナウドが、

「行くぞ! セシル! ここは大丈夫だ!」

と手を引いて走り始めた。


 2人が走り去ったあと、ぜえぜえと息を荒げるアーノルドを前にベアトリクスが口角をあげた。


「ふふふ。しっかりしろよ。……おとうと弟子」

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