第17話 MP 獣王との戦い
「ガハハハ! とうとうここまで来たか!」
セシルたちが近づくと獣王ブルーゴは味方を下げさせて一人待ち構えていた。
「思わぬところから思わぬ奴らが来るもんだ。……だが、それがおもしろい!」
組んでいた腕を腰だめにして、ブルーゴが吠える。金色のオーラがその大きな拳にまとわりついてごつい籠手になった。
「オーラナックル!」
ブルーゴの拳が2人に襲いかかる。流れるような連続攻撃を、ロナウドはわずかな体さばきでかわしつづけ、セシルは魔力球と宝杖クレアーレで巧みに受け流しつつ、反動を利用して上空へと飛び上がった。
そのまま滞空しているセシルを、ブルーゴがキッと見上げた瞬間、その懐にロナウドが入り込んで下段から切り上げの一刀を放つ。
しかし、その斬撃は籠手をはめた片手で受け止められた。その斬撃を利用して獣王はバックステップするが、それに追いすがるようにロナウドが次々に斬りかかる。
そのロナウドの攻撃のことごとくをブルーゴは一歩も動くことなく、籠手で弾きながらさばいていた。
セシルの周りに浮かんだ魔力球が、グルグルとうごめいて魔方陣となる。
「――凍てつく風、氷の
ロナウドが「ちぃ!」と舌打ちした時、セシルの詠唱が完成する。「クリスタル・ダスト!」
ばっとロナウドが距離をとったところへ、白銀の氷結魔法が獣王に降りかかった。
ブルーゴは腕をクロスしてそれを受け止めるが、かつて海賊たちを打ち据えたときとは異なり、今回は詠唱つきの魔法である。みるみるうちにその腕が凍りついていった。
その間にもセシルが詠唱を続けている。「――風よ! 切り裂け。ウインド・スラッシュ」
セシルの放った大きな風の刃が獣王に襲いかかるが、ブルーゴはすばやく身をかわして、「ふんっ」と気合いを入れて両腕の氷を粉砕した。
その顔は心底楽しそうに笑みを浮かべている。
「ガハハハ! いいぞ! お前たち! もっともっと楽しませろ!」
獣王の姿がふっと消えた。
次の瞬間、セシルの目の前にすでに蹴りを放つ態勢であらわれる。
「しまっ――」
ダメ! 回避は間に合わない!
瞬時に、魔力球が幾重もの結界を張った瞬間、ブルーゴの蹴りが炸裂した。
パリパリパリと結界が破られていきながら、セシルは、猛スピードで地面に落下していく。地面に激突する間際に、ロナウドが横からセシルの身体を抱きかかえて受け止めた。
「ありがとう」
「礼はあとだ。来るぞ!」
ブルーゴが右腕に力を込めている。
「いくぜ!」
獣王が腕を横に薙ぎ払うと、その軌跡をなぞるように半月状の衝撃波が2人に襲いかかる。ロナウドが剣を切り上げて衝撃波を切り裂き、そのまま再びブルーゴの懐に潜り込んで下から突きを放った。
ガチィとブルーゴが歯で噛んで剣を止めると、ロナウドが身体を回転させて遠心力を利用してこめかみに回し蹴りを放つ。
ブルーゴの顔が弾かれたように横を向く。自由になった剣で大上段から斬りかかるロナウドに対し、右のフックを放つ獣王。
そこへセシルが魔力球を小剣の形に変化させて、まるでタクトを振る指揮者のように手を振った。その動きに合わせて、いくつもの魔力小剣が群れをなして獣王に襲いかかっていく。
三者の攻撃がぶつかり合い、巨大な衝撃波となって3人とも吹き飛んだ。
立ち上がったブルーゴが再び構えながら、2人に話しかける。
「なぜそんなに強いのに弱い奴の下につくんだ?」
「俺は冒険者だ。
ロナウドがそういうと、ブルーゴは笑った。
「ガハハハ! そうか。冒険者にも強い奴はいるからな! だがな、王国の奴らは弱い者いじめをしてたから、俺たちが保護したんだぜ?」
「弱い者だと?」
「あの壁の向こうにいる奴らだ。知らねえのか?」
突然そんなことを言われて戸惑う2人だった。弱い者いじめ。王国が民衆に重税を掛けていることを指しているのか。それとも人間族至上主義になって、亜人や魔人種が迫害されつつあることを言っているのか。……心当たりは多い。
答えない2人に、
「まあいいさ。ここは戦場だ。……自由の風に乗って俺たちの国に来るんなら歓迎してやるぜ!」
とブルーゴは会話を切り上げた。
そして、再び拳に闘気を集める。「本気で行く。そのまま
ブルーゴが解放した闘気が風を伴って周囲に放たれる。
張り詰めた空気に、2人もすぐさま戦闘モードに切り替える。まるで一瞬でも目をそらすと
「しっ!」
短い呼気とともに、ブルーゴが踏み込むと同時にロナウドも切りかかっていた。拳と剣がぶつかり合い、ロナウドが力負けして飛ばされた。
けれどその間にセシルの魔力小剣がグルグルと正面で回転し、五芒星の光のラインが現れる。そこへセシルが魔力を込めた右手を叩きつける。
「フォース・マギアブラスター!」
巨大な4色の魔力の光線がらせんを描きながら獣王を飲みこみ、そのままはるか遠くまで飛んでいった。
10秒ほどブラスターを放ち続けたセシルが、膝に手を当てて息を荒げている。魔力切れだ。
これでどう?
しかし獣王は、両腕をクロスして全身から煙を立ち上らせながらも、元の位置に立っていた。
ギロ! とその目が赤く光る。瞬時にセシルに獣王が襲いかかった。
「させるか!」
そこへロナウドが割り込み、練っていた気を解放して獣王に切りかかる。嵐のような獣王の攻撃に対し、斬撃の手数で対抗するロナウド。
セシルの目の前で激しい戦闘が繰り広げられている。
息を整えながら、セシルが残った魔力を指先に集めて魔方陣を作り出す。「――身体強化、速度強化、防御強化、耐性強化。
ぼうっと光った魔方陣がほどけて数本の光の糸となりロナウドに吸収されていった。それを見届けたセシルはポーチから魔力回復ポーションを取り出してあおる。
セシルの補助を受け、ロナウドのスピードが獣王をわずかに上回る。周りのものすべてを巻き込むような獣王のフックをダッキングでかわして
ロナウドのするどい斬撃が、先ほどまでの切り上げと異なり剣が金色に光っている。――剣技月影。斬撃があたかも三日月のような軌跡を描いて、獣王に襲いかかる。
野生の勘で一歩下がった獣王だが、斬撃はその右腕を見事に断ち切った。
「があぁぁぁぁ!」
叫びをあげた獣王の動きが一瞬止まった。
――今が勝機! セシルは回復したばかりの魔力を再び練った。
次の瞬間、巨大な火球が上から飛んできた。「え!」
あわてて魔力球を飛ばして、ロナウドと自分の周りに結界を張るセシル。
獣王は渾身の力を込めて残った左手で火球を受け止め、そのまま上空へ
そこへライラの声が響き渡る。
「今よ! 王国の騎士達よ! 獣王を倒しなさい!」
聖剣を構えた王太子アランが獣王に切りかかる。突然横入りしてきたその攻撃を、獣王は冷静に左手の籠手で受け流す。
「邪魔が入ったか。……おい。勝負は預けるぞ」
とロナウドとセシルに言うと、すぐさま「全員、撤退だ!」と吠えた。
それを聞いた魔王軍が次々に懐から出したガラスの球を地面に投げつけていく。セシルも初めて見る魔導具だったが、中に何かの魔法が封じられていたのだろう。小さな光とともに魔王軍の兵士たちが次々に姿を消していく。
……もしかして転移の魔法? そんなの聞いたことがないけど。
セシルはそう思ったけれど、魔王軍が撤退していることは間違いない。
「逃がすな!」と王国軍の騎士たちがまだ転移をしていない残党に襲いかかろうとするが、上空からハーピーの軍勢が空から火魔法を次々に放ち追撃を阻止していく。
空からの攻撃に追撃の足を止められた王国軍は深追いをあきらめた。
獣王がいたところでセシルとロナウドは、アランとライラと対峙していた。
戦っていた時とは異なる緊張感がただよっている。
セシルにとって5年ぶりの対面だ。アランはやや精悍な顔つきになり、国政をになっていることから顔つきもより大人びているようだ。
一方のライラは、より目つきが鋭く、人をあざけるような笑みをしている。気のせいか人相が悪くなっているような気がした。
嫌われているのがありありと感じられるが、今はセシルの隣にはロナウドがいる。
直接会ったときに、また5年前のことを思い出して自分がおかしくなるのではと心配していた。けれど、心の奥底がざわざわとしてはいるがどうにか平静を保てているようだ。
ライラが見下している目で、
「あら。生きていたの?」
と馬鹿にしたようにいうが、セシルはわざと微笑んで、
「王太子妃殿下も変わらずにお元気なご様子ですね」
と返した。
ライラは近くにセシルたちがいるにも関わらず、大火球の魔法を放ったのだ。獣王を倒すためではあるだろうが、セシルたちをもあわよくば一緒に始末しようと考えていたのではと思いたくなる。
アランは険しい視線でロナウドとセシルと睨んでいる。
「なぜここにお前たちがいる。……後方かく乱をするだけじゃなかったのか?」
返事をしようとするロナウドを制して、セシルがしれっと答えた。
「はい。殿下。御指示の通りに後方へ突撃をかけまして、気がついたら獣王の前に到達していたのです」
「ならば、ここで獣王を足止めしつつ、本隊の到着を待つべきだったのではないか?」
正直に言えば、森に侵入してきた魔王軍に追い立てられるように突撃をしたのだ。
他の冒険者たちへ向かう敵を引きつけるためにも、戦ったつもりだった。
それも獣王と互角に戦えていたのに、そっちが後から割り込んできたんでしょう。そう思いつつ、セシルは心の中で苛立ったけれどもその気持ちを抑えるしかない。
「そのような御指示はありませんでしたが、それは御命令を下されたのですか?」
チクッと本隊を皮肉る。もちろん、セシルだって正面突破に時間がかかることはわかっている。しかし、セシルは、自分たちが獣王と戦って魔王軍を指揮する者を足止めしたからこそ、王国軍が正面を突破できたと思っている。
結局は、互いに平行線だ。
アランはきっと獣王を逃がした責任をなんとか2人に押しつけようとしているのだろう。……自分ではまともに攻撃を当てられなかったくせに。
「ふん。……まあいい。だがな、二度と俺たちの邪魔をするなよ」
そう言い捨てて、アランはライラを連れて離れていった。
その背中をロナウドが憎々しげににらみつけている。
「なんだあいつら! あんなことを言わせておいていいのか!」
セシルも同感だ。だけど、ここでは場所が悪い。
「……だめ。誰かに聞かれたら不敬罪になるわよ」
「クソだな」
悪態をつくロナウドをなだめるように笑いかけ、セシルは他の冒険者の方へ戻ることにした。
「さあ、私たちも戻ろう」
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