第18話 MP 手柄の横取り
――勇者と聖女の活躍により、王国軍の勝利。見事、魔王軍を撃退!
今、最前線の街カリステはお祭り騒ぎになっていた。
「マナス王国万歳!」「アラン王太子万歳!」
「ライラ妃殿下万歳!」「聖剣の勇者様! 聖女様!」
大通りにいくつものテーブルが出され、あちこちで人々が酒杯をかわしている。町娘に酌をさせる騎士たちがだらしなく酔っ払っている。しかし、にぎやかなのは街の表通りのみで、下町に行くにつれ静けさがただよっていた。
下町にある冒険者の宿。1階の酒場では冒険者たちが思い思いに酒を飲んでいる。
外では勝利に喜ぶ人々の歓声が響き渡っているが、室内では対照的に誰も口を開く者はなかった。
酒場はそんな状況とはつゆ知らず、セシルはロナウドと食事をしようと階段を降りていく。
妙にシーンと静まりかえっている酒場に、戸惑いながらも思わずつぶやいた。
「あれ? みんなどうしたの? お葬式みたいに……」
いぶかしく思いながらも、ロナウドが「……とりあえず座ろうぜ」とセシルの手を引き、カウンターに並んで座った。
ビールとつまみを注文し、さっそく持って来てくれたグラスを2人とも手に持つ。
「お疲れ」「乾杯」
2人でチンとカップを鳴らしてビールを一気にあおった。のどがゴクリゴクリと上手そうに鳴る。
「「ぷはー」」
周りがなんで静かになっているのかわからないけれど、仕事の後はこうして酒を飲むに限る。
ドロドロとした嫌な気持ちを洗い流し、明日からまた生きていくための一つの儀式だ。
……こんな偉そうなことを言っているが、これもまた冒険者になって知ったこと。複数のパーティーで騒ぐこともあったけれど、ほとんどがロナウドと2人きりの儀式だった。
まあ、グダグダと説明するのはやめよう。今を楽しむの方が大切だ。
セシルは一緒に運ばれた鳥皮のカリカリ焼きを口にした。ピリリとした辛みが舌を刺激し、これはお酒が進みそうだ。
一緒に運ばれてきた青豆もちょうどよい歯ごたえで、これまた美味しい。
「うまっ! ロナウド。これピリ辛で最高!」
とセシルが言うと、ロナウドがどれどれとつまんで口に入れる。
「本当だ。これ再現できそうか?」
料理はセシルの担当。見た目、そして、この味。そこから使用されている香辛料と調理法を推測することは、さほど難しくはない。……ただ香辛料の入手がちょっと問題かもしれないけど。
「ん~。だいたい味付けがわかったからできる、と思う」
「ナイス! さすがはセシルだ」
これは帰ってからギルドで広めたら、みんなも喜びそうだ。独特の香辛料が問題あるけれど。その仕入れ先と産地を把握すれば、どうにでもなるだろう。
……そうだ商業ギルドに持ち込んでもいいかもしれない。そうすれば楽に香辛料を入手できるようになるかもしれないわ。
にぎやかな2人の会話を聞いて、誰かが含み笑いをする。次第にその笑いが伝染していき、笑い声が大きくなっていった。
2人はぽかんとした表情で振り返る。
「え? なに? なんなの?」
すぐ後ろのテーブルにいた4人組のパーティーも笑っている。
「お前たちを見てたら、いろいろ悩んでいるのが馬鹿らしくなったのさ」
「は? なにかあったの?」
「王国軍から邪魔にされてる。しかも魔王軍を混乱させたのは俺たち冒険者だ。獣王を追い詰めたのだってお前らだろう」
「まあ、そうだけど……」
「それなのに俺たちはまるでいなかったかのような扱いだ」
「まあ、そうだね」
「正直、もう王国を……、信じられなくなってるのさ」
窓際の一人の剣士がダンッとグラスを置いた。
「今の王国に、俺たちの居場所は無いのかもしれん。……俺はこの戦が終わったら他国に行くつもりだ」
「俺たちもだ」「私もよ」「そのつもりだ」――。
口々に同じく国を出ることを表明する冒険者たちに2人は戸惑っていた。
そばの女性魔法使いが、
「聖剣の勇者っていうけど。本当に使いこなせてるのかしらねぇ」
と言うと、その向かいの女性剣士がうなずいて、
「聖女だってあやしいものさ。案外、例の噂のほうが真実かもしれない」
「ふふふ。そうね。セシリア・スタンフォード様か……、会ってみたかったわね」
「きっと会えるさ。もし本当に神託の聖女なら。必ず世界が、時代が必要とするだろう」
女性剣士の言葉を聞いていたセシルは微妙な気持ちになった。なにも言うつもりはないけれど。
そんなセシルの気持ちを知っているロナウドは、ただ微笑んでその手を重ねる。その気遣いがセシルの心に染みいる。支えてくれる人がいる。気持ちをわかってくれる人がいるってことが、こんなにも力になるなんて。
再びロナウドとカウンターに向きなおって飲み始めると、ロナウドがぽつりと、
「そういえば獣王が気になることを言っていたな」とつぶやいた。
その言葉にセシルの脳裏に獣王の言葉がよみがえった。
――あいつらは弱い者いじめをしてたから、俺たちが保護したんだぜ?
――あの壁の向こうの奴らだ。知らねえのか?
獣王は確かに「俺たちが保護」したと言っていた。……誰を? 奴隷にされた魔人種や亜人だろうか? それとも王国民も保護しているのだろうか?
今まで単に「魔王」というだけで
もし魔王がどういう人なのか。あの壁の向こうがどのようになっているのか。……最初に懸念していた、殺戮で荒廃とした大地が広がっているとは思えないけれど。それを見極めることができれば、むしろ現在の魔王は敵対すべき存在ではないのではないだろうか。
戦わずに済むのなら、これ以上、自分はこの戦いに参加する必要は無いだろう。父と母に報告をしたら、ローラン王国に戻って今までのようにロナウドとの冒険生活に戻る。ただそれだけだ。
そのためには、やはりあの壁の向こう。魔王領がどうなっているのかを調べる必要がある。
セシルは周りに聞かれないようにロナウドに話しかける。
「やっぱりこの目で真実を確認したい」
「……わかった。魔王領に潜入してみるか」
「ふふふ。よろしく!」
満面の笑みを浮かべるセシルは、残りのビールを飲み干すとお代わりを注文した。
一方、そのころ、王太子アランたちはカリストの領主館にいた。
領主主催の
長いテーブルに戦時中だったとはいえ豪華な料理が並んでいる。上席には王太子アランとライラ、そして、領主夫妻などの上位貴族が並んでいた。
「さすがは聖剣の勇者様と聖女様ですな。見事、あの魔王軍を撃退するとは感服いたしましたぞ」
領主がアランを褒めたたえると、ライラもうなずいて聞いている。
「アランがいれば魔王だって倒せるわよ。私も聖女として支えるから、一緒にがんばりましょ?」
「もちろんだ。俺にとっての聖女はライラしかいない」
結婚して一年とはいえ、この2人はまだまだ新婚気分のようだ。
領主は一瞬、引きつった顔をしたものの、すぐに気を取り直して、
「勇者様と聖女様。まさにお似合いの夫婦ですな。……お2人がいれば、王国はますます栄華を極めることでしょう!」
「もちろんだ」「当然よね」
話は、戦いの様子に移りかわっていく。
正面から魔王軍と激突し、中央突破をかけたところで獣王の側近との戦闘になった。一進一退の攻防を続けていると、突然、敵が後退をはじめた。
アランは知らなかったが、その時、ちょうど冒険者自由軍が後陣への突撃を仕掛けたのだった。浮き足だった敵を切り捨てながら、獣王のもとへ。そして、ライラの大魔法を放ち、アランが切りかかった。
ライラが誇らしげに言う。
「アランの聖剣をうまく受け止めたようだけど、怖がって獣王はすぐに退散したのよ」
事実は邪魔が入ったから、勝負を預けて撤退しただけなのだが、それでも勝利は勝利だ。
マグナス将軍が領主に、
「ただ戦場は荒れてしまっているから、復興には時間がかかるでしょうなぁ」
と気遣うと、領主は苦笑いをしながらも、
「それは仕方ありますまい。……なあに、また税金を上げればよいのですよ。民衆も戦いの後であれば文句もいいますまい」
「はっはっはっ。それもそうですな」
ライラはにこやかにスチュアートに、
「あなたの出番よ。しっかりやりなさいね」
と言うと、スチュアートは少し困った表情をしながらも請け負った。
「え、ええ。勿論ですよ。王太子妃殿下」
スチュアートの表情を見て、ライラは内心で毒づいた。
なによ。その顔。いつもは喜んで引き受けるのに。
戦いで活躍できないんだから、こういう時はしっかりやりなさいよね。
しかし、ライラは知らなかったのだ。すでに限界にまで税金を上げていて、潰れたり国外に移った商会が増えつつあることを。税収が落ち込んできていることを。
スチュアートはこの事情を知りつつも、報告していなかった。すればアランもライラも激怒するに決まっている。……多くの官僚たちがライラの逆鱗に触れて更迭されていったのを見ている。
もしその矛先が次は自分に向けられたら。戦いに活躍できないせいか。もう前のような親しげなやりとりも減ってきている。
スチュアートは自分の身に少しずつ嫌な空気が漂い始めているのを感じていた。
◇◇◇◇
セシルとロナウドが部屋に戻っていった後、酒場の片隅にいたベアトリクスが勘定を済ませて宿を出る。
歩き出したベアトリクスの左右に、路地から男たちが現れて従者のように付き従っている。
「
問いかけにベアトリクスはピタッと足を止めた。
「やがて大きく世界が動く。……それまでお前たちは地下に潜れ」
「はい」
さっと再び散っていく男たち。ベアトリクスはふと酒場を振り返った。
「……魔王統治領の真実を知った時、あの2人はどう決断するかな」
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