第3幕 潜入! 魔王城

第19話 PT2 動揺する魔王


 魔王城の魔王の間に魔王の叫び声が響きわたった。


「のおぉぉぉぉ!!! 何してくれんだお前らぁぁぁぁ!!!」


 赤いじゅうたんに、豪華なシャンデリアが輝き、壁にはタペストリーが垂れ下がっている。

 魔王は黒の詰め襟の学生服を着ているが、袖口などのキラキラと光る刺繍があることから、ミスリルの糸が縫い込まれているようだ。つややかな黒髪をした童顔だが、その身には無尽蔵の強大な魔力が宿っていた。


 魔王アキラ。


 元は日本人高校生であった混沌世界の覇王ケイオス・エンペラーだ。

 不慮の事故で死んだアキラは、謎の声によってチート能力を与えられてこの世界にやってきた。

 すぐにこの世界が、散々にやりこんだブラウザ・シュミレーションRPG「チートな魔王の世直し戦記」(通称、魔王戦記)の舞台であることに気がつき、興奮のあまりに魔力を暴発させそうになった。

 しかも後で確認したら、バイトのお金をつぎ込んで集めた課金アイテムまで、城の倉庫に揃っていたのだ。


 ゲームの通りに、転移先だった城の広間に都合よく初期の部下4人がいて、暴発しそうな魔力に恐れをなした彼らがすぐに忠誠を誓ってくれた。


 それはともかく、なぜ魔王アキラが叫んでいるかというと――。


「ぜんっっぜん、正確に伝わってねぇぇぇ! なんでいきなり戦争になってんだよ! ……おい、カオス! お前、ちゃんと国交樹立の交渉に行ったんだろうな?」


 黒の宰相カオスは、眼をキランと光らせて、

「ほほほほ。……もちろんでございます。魔王様。私めはちゃんと、我らに隷属交流を望むならば一緒に生きる権利を認めると伝えました」


「この、ばっかやろうぉ! 俺はな! 国の基盤が固まるまでは戦争にならないように、通商条約を結びに行ってこいって言ったんだぞ! ……ちゃんと言ったよな? 俺の記憶がおかしいのか? いいや、言ったはずだ!」


「ほほほほ。……もちろん覚えておりますぞ。魔王様。自由国家群を統一した時でございましょう。ですが、狭い国土だけでは国が維持できません。私めが気を利かせて、マナス王国東部を半分も支配下に置きましたぞ!」



 アキラは頭を抱えた。


 ……ダメだこいつら、つかえねぇ。



 攻略情報だと自由国家群を統一して魔王国を建国し、1年は生産力を高める時期になっているのだ。国力を高めると、各地に潜んでいた魔人種や亜人の武将が自ら幕下に加わりにやってくる。


 そして、ゲーム開始から2年目には隣のマナス王国で大規模な反乱が発生するので、その解放軍を支援しつつマナス王国攻略に乗り出すことになっていた。

 愚王によって重税や奴隷狩りがさかんだったマナス王国では、魔王軍が民衆に好意的に迎え入れられ、その圧倒的支持のうえでマナス王国を魔王国にへいごうするのだ。


 ところが、である。カオスの指示で四天王が次々にマナス王国に攻撃を仕掛け、すでに東部州の半分を支配下に置いてしまった。いきなりの戦争突入である。



 そこへ獣王ブルーゴが帰ってきた。服がボロボロになっているので、部下を鍛えてきたようだ。


「がはははは! 魔王様。外でおもしろい奴らを見つけたぞ」


 激高した気持ちを抑えつつもアキラはおうようにうなずいた。外でというのが気にはなるが、獣王がいう面白い奴らとは、いわゆるフリーの強キャラだろう。

 うまくいけば自軍の戦力に組み込める。国盗りゲームでは人材登用は戦略上とても重要だ。たしか、隠しキャラで勇者とか聖女、剣聖などの最強キャラがいたはずだ。

 もし見つけることができれば、それだけで攻略を楽に進めることができる。


 そして、アキラにはそれとは別に探しているキャラがいた。それはよめキャラと呼ばれる婚姻可能な女性ヒロインキャラである。


 ゲームでは3人が登場しそのなかから一人を選んで婚姻を結ぶと、魔王の基本ステータスと統治能力が1.5倍になる設定だ。しかも、その中の一人がアキラの好みドンピシャリだった。

 あのスチルに優しい性格。アキラにとって理想の彼女であったキャラの名は、フリージア・キプロシアという。


 今はマナス王国内の貴族であるはずだから、うかつに侵攻して彼女を失ってしまってはたまらない。その居場所の捜索もカオスに命じていたのであるが……。


「ほう。どんな奴らだ?」

「冒険者だがよ。一人はすごい剣の使い手で、もう一人は魔法使いだな。ありゃあ、強え!」


 ……なるほど。これは当たりだな。

 アキラは弾む心を抑えながら、獣王にたずねる。勇者と聖女の可能性が大だ。

「さっそく会おう! つれてこい」


 すると獣王は笑い出した。



「がはははは。そりゃあ、無理ってもんだぜ。なにしろ俺の負けだからな。……途中で横やりも入ったし」

「なんだと! お前! どこで何をしてきた!」


 この時、ようやくアキラはブルーゴがいくさに負けて帰ってきたことを悟った。


 自分は何も聞いていない。こいつら、また俺に黙って動きやがったな。


 獣王がおや? という表情を見せる。

「言ってなかったか? カリステで王国軍と一戦交えてきたんだが……」

「ちょっ! ……この馬鹿野郎! 聞いてないぞ!」


 しかも、こいつ、負けたと言ったな。すぐに防衛線を構築しないとマズいじゃないか!

 青筋を立てて、今後の対策をと思った時、さらなる爆弾が投下された。


「がははは。おお。そうだ! 魔王様の倉庫から持っていった薬とかアイテムが役に立ったぜ!」

「はぁ? ……おい。何を持っていった?」


 嫌な予感がつのる。こいつまさか……。


「確かな……。ええとエリクサーとかいうのと、世界樹の守りだっけか……」

「おま、おま、おまえぇ! なにやってんだよ! 俺の、俺の課金アイテムが――」

「大丈夫だぜ。たしかどっちとも2個か3個くらい残ってたはずだ。よかったな!」


 ば、バカな。

 キャラを全快させる霊薬を400本も使いやがっただと……。瀕死になった部隊を転移して戻らせる超貴重なアイテムまで使い込みやがって。

 お、俺が苦労して課金したアイテムが……。


「ああ。もう一つ。報告があった。さっきの魔法使いの女の魔法で、防塁の一部がぶっ飛んでるぜ! すげえよな、あいつら!」

「ばか! そいつは聖女だろ!」

「なんだ? 聖女って?」

「いいから、今度は戦わずに連れてこい! いいな! わかったか! ちゃんと俺は命じたからな! わかれよ!」


「おう!」と元気よく返事をする獣王に、本当にわかってるのかと問いただしたい気持ちもあるが、他にも手を打つべきことはたくさんある。


 ほほほほ、がはははと響く笑い声を無視して、アキラは考える。




 まずは防塁の補修。それは魔霊王カロンにやらせればよいだろう。ついでにエリクサーの補充もやらせておこう。

 そして、マナス王国をどうするかだ。


 カリステで負けたとあっては、おそらく次は防塁攻略だろう。命令通りに動かず、好き勝手をする部下たちに対処させるのは不安だ。

 場合によっては、自ら出陣することも視野に入れなければならない。


「……ただなぁ。俺が出れば必勝なんだが、1ターンの行動が制限されるんだよなぁ」


 そう。タイトル通り魔王の性能はチートなので、出陣した戦闘はまず100パーセント勝てる。

 ただしデメリットとして、そのターン中に余っている部隊があっても、それを動かすことはできなくなる。

 つまり、同じターン中に別の場所に敵が攻め込んできた場合、そっちでは100パーセント負けてしまうのだ。


 まだ俺が出るまでもないか。……いやそれよりも聖女とその剣士を味方につけるのが先か。

 どっちにしろ、戦争に突入した以上、マナス王国の攻略をどうするか検討する必要があるな。


 魔王アキラの悩みはまだまだ尽きないようだ。


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