第20話 PT2 魔王領の実態
数日後、セシルとロナウドは魔王領のとある街に潜入していた。
ちなみにあの防塁は、先日の戦いで一部が壊れていたのも確認しているけれど、警戒が厳重だろうからそこからの潜入は
防壁の内側は、獣王の言葉からうすうす感じていたことだけど、まったくの平和そのものだった。
しかも、私の記憶では防壁の外から続く大森林地帯だったはずだが、見事に切り開かれて街道が整えられ、美しい景観に様変わりしていた。
ただし、防塁で外の地域と遮断されているために、街道も人影がない。誰ともすれ違わないままに、この街に近づくことができた。
途中の道でのアクシデントもなく、街道は、とても戦時中とは思えないほど
街が近づくと、建物が見たこともない固い材質でできていて、しかも3階建てのような大きな建物が並んでいる。さすがに、街の周りには人々の姿があって、どうやら入り口で簡単なチェックがあるようだ。亜人や魔人だけでなく人間の姿も見えるので、思い切って中に入る列に並ぶ。
街の入り口では名前とギルドカードの確認だけで、なぜかあっさりと入ることができた。魔王領には冒険者ギルドはないはずだが……。
と思いつつ中に入ると、街並みは整然としており道路も綺麗で、この街は規模こそ負けるものの、マナス王国の王都より住みやすそうに見えた。
歩いている人々には普通の人間も普通にいて、割合でいえば人間4割、ライカンスロープなどの獣人系が3割、エルフ、ドワーフ、その他の種族が3割といったところだ。
なかにはフォレストウルフなどの魔物を従えているものもいて、本拠地としているローラン王国とも異なった雰囲気に驚かされる。
……なるほど。どうやら多くの元王国民が住んでいるようで、中には冒険者だった人たちもいるのだろう。ギルドが機能しているとは思えないけど、一定の信頼を受けているからこそ、カードの確認であっさり中に入ることができたのだろう。
途中で見つけた宿で、――そこはエルフの女性が店番をしていた、部屋を取り、2人で再び外に出る。
警戒しなければと思いつつも、すでに警戒心も薄れている。どことなく、観光気分になりそうな気持ちを引き締めつつも、実際に人々が魔王の統治をどう思っているのかを確認しなければならない。
「さてと、まずは市場に行ってみよっか」
「そうだな。おもしろいものがあるといいな」
エルフの女性に市場の場所を聞き出して、さっそくそこに向かうと、そこは沢山のお店が品物を並べていた。
青空の下で、通りの左右に簡易テントが並び、果物、野菜、肉、民芸品や古道具、薬屋や素材の買い取り屋などが見える。
セシルはその様子に感心してつぶやいた。
「へえ。これはなかなか異国情緒あふれるってやつね」
「おっ。あそこに酒屋があるぞ。ちょっと行ってみないか」
「酒屋とな? 早く行くわよ!」
私はロナウドを急かして、まっさきに酒屋に向かった。異国のお酒なんて旅の
こうして2人は市場調査という名のお買い物に突入した。
2時間後、2人はすでに両手にいくつもの買い物袋を提げて、それでもまだ市場を歩いていた。
「ええっと、ドワーフの蒸留酒3本に、ドライソーセージ、海産物の乾物に、エルフのハーブ、調味料……」
セシルが買った物を確認していると、すぐ脇のお店のおばちゃんから声をかけられた。
「おや? 異国の人かい?」
2人は足を止めて声の方を向いた。
どうやら森で採れた野菜を売っているブースのようだ。キノコや野草、煎じたら薬湯になるものや何かの根っこなどが並んでいる。
しまった。異種族のお店が珍しかったからって、調子に乗って買い込みすぎたか……。ちょっと目立ってしまったかもしれない。
少し警戒しながら、
「ええ。ローラン王国から来たのよ」
「遠くから、それもまだ鎖国中なのによく来られたわね」
「こう見えても冒険者だから。ほら、色々と手はあるのよ」
なんだか微妙に濁すように誤魔化すセシル。さすがというべきか、まるで主婦のようにおばちゃんと会話を続け、情報を引き出すつもりのようだ。
「魔王、様でいいのかしら? 支配の土地って聞いたからどんなものかなって思ったけど。なかなか
「でしょ? なにしろ今の魔王さまは種族間の差別を徹底的に嫌っていてね。そのお陰で私ら人間も普通に暮らすことができるし、こうして各種族の特産品が手に入るんだよ」
「そうみたいね。……ほら、調子に乗ってこんなに買っちゃった。この蒸留酒はドワーフのお店、こっちの調味料はエルフのお店だったわね」
「あはは。まあ楽しんでいってもらえれば幸いだわ」
「ここには元王国の人もいるの?」
「ええ。私だってそうよ。隣の店もそうだし、だいたいここに住んでる人間はほとんどが元王国民なのよ」
「へえ~」
「こんなこと言っていいのかわからないけど、最初はおどろいたったらありゃしないよ。何しろいきなり50メートルはあるランドドラゴンがいきなり村にやってきたからねえ」
50メートルのランドドラゴンと聞いて、セシルはビックリした。そんな巨大なドラゴンは、もし討伐依頼となればランクAの複数パーティーで挑むような災害レベルだ。
「よく無事だったわね」
そう言いつつも、このおばちゃんからは悲しげな様子がまったく見受けられない。襲撃となれば少なからず死傷者が出ているはずだ。それも村であれば知り合いが死んでいてもおかしくはないんだけど……。
おばちゃんは「ああ、そうか」と言いながら、
「実はね。死傷者はゼロなんだよ。……いや傷を負った人はいたけど、みんな魔王軍の人が治してくれたんだ」
と、ウインクして教えてくれた。
けれどその事実は驚きだ。ドラゴンの襲撃で死傷者ゼロだなんて普通はありえない話だ。
「スケルトンソルジャーに一人ずつ捕まえられてね。いきなり魔導具で離れた平地に転移させられてさ。……集められた私らの前に沢山のエルフがやってきてね。次々に回復魔法をかけてくれたわ。まあ、まったく状況がわからずに混乱してたけど」
そこへ隣で肉を売っている男が話しに入ってきた。
「俺はよ。林に逃げ込んだところで、いきなりスライムに飲みこまれてさ。もう駄目だと思ったんだ。気がついたらみんながいるから、あの世かと思ったぜ。……どうやらヒールスライムって奴が俺の怪我を治してくれたらしかったな」
反対側の女性も割り込んできて、
「そうそう。次の日には骸骨の魔法使いがやってきて、呪文を唱えたと思ったら地面からにょきにょきと石造りの建物が次々に生えていくのよ。どこでも好きなところに住めなんて言ってさ。……こっちはずっと混乱しっぱなしだったわね」
セシルがあわてて確認する。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、魔王のやりたいことって、……街づくり?」
すると最初のおばちゃんがうなずいて、
「正確には国をつくることね。差別がなくて、住みやすい国を作ろうとしてるのさ」
セシルとロナウドは顔を見合わせた。あまりにも過去の魔王ベルセルクとは違いすぎる。
確かにここに住んでいる人々の表情はどれも明るい。活気もあり、笑い声も聞こえる。
隣の店の男性が鼻の頭をかきながら言った。
「王国にいたときより全然いいぜ。税金も少ないし、彼女もできたし……」
よく見るとその向こうに明るい笑顔で品物を売っているネコ耳の女性の姿があった。
「もしも、あんたたちが少しでもこの国がいいと思ったら、ローラン王国でも広めてくれるかい? こないだ魔王軍の人が言っていたけど、そろそろ交易を開始するそうだから、あなたたちが噂を広めてくれるとうれしいわ」
おばちゃんの言葉に、セシルとロナウドはうなずいた。
その場を離れて宿へ戻ると、早速、買ってきた
ひと房を取り分けて口に入れる。口の中にバランス良い酸味と甘みの、瑞々しい果汁が広がった。すごい爽やかな味で、はっきり言っておいしい。
この果物が、この平和な魔王領が幻ではなく現実のものだと教えてくれているような気がする。
「みんな幸せそうね」
「そうだな」
「……ロナウド。どうやら私たちは勘違いしていたみたいね」
「ああ。魔王ベルセルクと同じように見ていたよ」
しばしの沈黙がただよった。この事実を知って、これからどうする? セシルにはその答えをまだ持ち合わせていない。
オレンジ色の果肉を食べながら、セシルは迷っていた。
この国の現状を父と母に報告してローラン王国に戻ろうか……。でも、もうちょっとここにいたい気もする。
その時、外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 獣王さまが負けたってよ!」
「なんだと!」「マナス王国め!」「また卑怯な手を使ったんだろう」「俺、志願兵に行ってくる!」
窓の外を見ると、あらゆる種族の人々が一箇所に集まって一様に憤慨し、しかも人間族の者までもが志願兵になると言っている。
「落ち着くべえ!」
そこへあのミノタウロスのアーノルドがやってきた。
「アーノルド様!」「獣王様は?」「おけがは?」
人々が詰め寄っていくと、アーノルドは手を挙げて、
「まあまあ。獣王様は大丈夫。治療魔法で怪我は全快したから問題ないべな」
それを聞いて安堵する人々。
「それに獣王様は負けたけど、喜んどるな。すっごく強い冒険者を見つけたっていってるづらよ」
人々は苦笑いだ。獣王が戦闘狂なことを知っているのだろう。
窓からのぞいていたロナウドとセシルは顔を隠して、耳だけを澄ませる。なにしろ、その「強い冒険者」って自分たちのことじゃないかって思うから。
「獣王様はあいかわらずですなぁ」「そういえば、アーノルド様の角は?」「なんでもないようで安心しましたよ」
外の会話を聞きながら、セシルは決心をした。ロナウドを見る。
「魔王に会いに行こう」
突然そんなことを言い出すセシルを、ロナウドは驚きの表情で見つめ返した。
「え? 魔王に?」
「うん。直接、会っていないから、まだ信用できないけど。魔王とは戦う必要が無いと思う」
「俺もそう思うが、それならなんで? 魔王軍に入るのか? 王国と戦う?」
「……ううん。違うわよ。ねえ、ロナウド。私は知りたいの魔王のことを」
「魔王を?」
怪訝そうな表情を見せるロナウドに、セシルはニッコリ微笑む。
「そう。前に話したでしょ。スタンフォード家の家訓。聖女様の残した言葉を。その言葉を体現している魔王の統治。……もしかして、今の魔王は聖女様の血筋に連なる者じゃないかしら?」
「……可能性は、なくはないかもしれないけど。そうだったらどうする?」
「ごめんね。わがまま言って。そうだとしたらお話を少ししてみたい。それが終わったらお父さまに報告して、あとはお父さまに任せて、私たちはローラン王国に帰ろうよ」
「マナス王国のことはいいのか?」
「ロナウド。神託を思い出して見てよ。――聖女セシリア・スタンフォードに任せるのです、でしょ?」
「ああ」
「これって必ずしも戦えってことじゃないでしょう」
「つまり、外交交渉の窓口だというのか? ……神様。もっとちゃんと言えよな」
「こらっ。ダメよ。神さまの言葉を私たちが勝手に勘違いしていたのよ。魔王のこともそうじゃないかしら。いにしえの魔王と今回の魔王と、同じく世界を滅ぼそうとするんじゃないかって」
「……まあ、この街を見るまでは、そう思うのも仕方ないだろうけど。じゃあ、何で魔王軍は王国を侵攻したんだ?」
「それはわからない。わかっているのは獣王が保護したと言っていることだけ。……それも魔王に確かめてみたいわね。侵攻の真意を」
ロナウドはしばらく考え込んでいたが、
「そっか。……だが今は戦時中だ。おいそれと会える相手じゃないぞ?」と指摘した。
「そうね。行ってみて駄目そうなら……」
「駄目そうなら?」
「潜入してみようか」
「魔王城に?」
「そう。魔王城に」
ロナウドがセシルの目をまじまじとのぞきこんだ。
「本気みたいだな」とため息をつくロナウド。
「わかった。……俺も行く」
「ふふふ。頼りにしてるわよ。相棒!」
そういってセシルは右の拳を突き出した。ロナウドはため息をつきながらも、拳と拳をコツンとぶつけ合った。
◇◇◇◇
そのころ、カリステの街に駐留しているマナス王国軍は軍議を行っていた。
ライラがパンと手を打って、会議を
「では王国軍はこのまま東部の防塁を攻撃する。ただし陽動だから、できるだけ敵の勢力を長く引きつけること。その間に、精鋭部隊が魔王城に潜入し魔王を撃破する」
列席しているマグナス将軍以下の騎士たちが黙ってうなずいた。
それを見届けたアランは満足そうに、
「では作戦開始だ。それぞれの役目を果たせ!」
「「「はっ!」」」
騎士たちはすぐさま立ち上がって部屋から飛び出していく。
あわただしくなった会議室の真ん中で、ライラはニヤリと笑みを浮かべていた。
いよいよ魔王城への潜入。おまけゲームのクライマックスだ。
多少のイレギュラーはあったけど、おおよそ順調といえるだろう。そして、ライラには抜け目なく王城より持ち出した、魔王ベルセルクの作ったアイテムもある。
……魔王だろうと動きを止めることのできる呪いの茨。絶対魔法防御を切り裂く呪いの黒剣も持ってきたし、脱出のための転移のガラス玉もある。これがあれば、崩壊する城からの帰還も余裕だ。
いくらあの女だってまさか魔王城までは来まい。今度こそ、邪魔が入ることないだろう。
「すべてが終わったら、いよいよ
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