第21話 PT2 2人きりの酒場


 その日の晩、セシルは宿の食堂でロナウドと2人きりで酒を飲んでいた。

 鎖国をしているせいだろうけど、旅人もあまりいないようで、今日は宿泊客がセシルとロナウドだけだった。


 すでに余分なランプも消されており、2人の周りだけが暗闇の中でぽっかりと浮かんでいるようだ。静かに時が流れている。


 目の前では、ロナウドが何かを考えながらナッツをポリポリと食べている。セシルより背は高いけど、こういう姿はなんだか可愛らしい。


 オルドレイクと別れてからの2年。ローラン王国のあの街を拠点に活動をしてきた2人。


 時には依頼によって、数日がかりで大森林の中を歩き回ったこともある。また時には、船に乗って砂漠の国に行ったこともあれば、陸路で険しい山岳地帯に行ったこともある。


 どれも討伐依頼や採取依頼だったが、今回はギルドの依頼ではなく、完全にセシル個人の都合にロナウドが付いてきてくれている。


 しかも今までのような単純な状況ではなく、因縁のある王国、それも大きな戦いに参加して、かつ今は魔王領にいるのだ。


 もともとは、かつての魔王ベルセルクと同じざんこくな魔王の出現と思っていて、そのさつりくの魔の手から両親を守り、かつロナウドとの冒険生活がこれからも脅かされることがないようにと王国に向かったのだった。


 さすがにもう追放処分は取り消されたし、もう家へ戻ることも可能かもしれない。けれど弟が当主となっているスタンフォード家に戻っても自分の居場所はないし、戻るつもりもなかった。


 すべてが終わったら、ロナウドとの冒険生活に戻る。セシルはそのつもりだった。距離は離れているけれど、父や母の元へ顔を見せに戻ることは、もういつでもできるのだ。


 ……と、横道に逸れた。


 この街に来てみれば、どの人々も幸せそうに暮らしている。それこそ人種や種族など関係なく。

 セシルの誇りとするいにしえの聖女の言葉。それを体現しているのは王国ではなく、むしろ魔王の方のようだ。


「ロナウド。ここまで来てくれてありがとうね」

 素直にそう言葉で伝えると、ロナウドがちょっと困ったように笑った。少し考え込む仕草をしている。


「……なあ、セシル。初めて出会った時のことを覚えているか?」


 ロナウドが少しはにかんでセシルを見ている。ランプに明かりのせいだろうか。いつもよりその表情は穏やかで優しげに見えた。

「ええ。もちろん。忘れるわけはないわ」


 目が覚めたら、知らない男性に抱え込まれていただもの。あれには驚いたけど。思い返すとちょっともったいなかったかな。……もうちょっとあのままでも良かったのに。


 ロナウドはグラスを手に、斜め上の天井を見上げて昔を思い出している。まるで紡ぎ出す言葉をその視線の先に探しているかのように。


「あの日の朝。俺は不思議な予感がしていた。……これから何かが起きるような。俺の人生を変えさせるような何かが起きるような、そんな気がして、朝から胸がドキドキしていた」


 その言葉を聞いたセシルの胸が、キュッと締め付けられる。



 ……ずるい。


 そんな、運命みたいなことを言われたら……、期待しちゃうじゃないの。


 ロケットペンダントの君から、あなたを奪いたくなっちゃうじゃないの。



 声が震えるのを気取られないように、

「なんでその女性ひとの所に行かないの?」

と言うと、ロナウドはお酒を一口飲んで、静かにグラスをテーブルに置いた。


 じっとセシルの顔を正面から見つめている。その目の奥に不思議な感情が渦巻いているような気がする。……いや、それは自分の方だろうか。ロナウドの瞳に映っているのはセシルの姿なのだから。


「その女性ひとには大きな運命があるらしいことはわかっていた。……じいちゃんも言っていたけど、生半可なことでは乗り越えられないような運命が、その女性ひとを待ち受けているだろうと」


 ロナウドがロケットペンダントの君のことを話すのは、これが初めてだ。セシルはじっとロナウドの話に耳を傾けている。


「もしその女性ひとを支えようと思ったら、その女性ひとのために生きようと思ったら、必ず力がいる。困難を切り開く力。……だけど俺は、森の奥に住んでた何の力もない狩人の四男さ。じいちゃんと旅をして多少は強くなったが、まだまだ力が足りない。つまるところ……」

「つまるところ?」

「俺には自信がない。……その女性ひとの運命に立ち向かって、力が足りない今のままなら俺は命を落とすかもしれない。俺自身は覚悟があるからいい。けれど、そうなったらその女性ひとの重荷になっちまうだろ」


 そっか。これがロナウドの悩みなんだ……。でもね。それは……、大きな勘違いよ。


「あなたって馬鹿ね」

「え?」

「私がそのロケットペンダントの君だったら、そんなことより早くそばに来てって思うわ。力が足りないとか関係ないわよ。……支えるのは何も戦う力だけじゃないのよ。それにロナウドは強いわ。悠長なことをしていたら間に合わなくなるでしょ」

「……セシル」


 驚いた表情のロナウドを見て、セシルはにこやかに微笑んだ。……ロナウドの顔を見て、胸がずきんと痛む。でも、それがロナウドのためなんだ。



「だから……」「セシル。ありがとう」

 だから――、いつでもその女性の所へ行っていいのよと言おうとして、ロナウドに遮られる。


 目尻に浮かびそうになっている涙を気づかれないように、ロナウドを見ると、ロナウドはどこか晴れ晴れとした顔で、そっとセシルを見ている。


「んもう。私ったら……」

 そう言いながらそっぽを向き、そっと目尻をこする。


 横顔をロナウドがじっと見ているのが感じられる。ロナウドは、

「今日はまだ整理がついていないけど、今度、セシルに聞いてもらいたい話がある。――だから、その時は聞いて欲しい」


 ああ、ついに決意したのね。……寂しいけど。でも、その時は私も一緒に……。


 セシルは締め付けられるような胸の苦しさを隠して、そっと微笑んでロナウドにうなずいた。


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