第22話 PT2 魔王城への潜入


 数日後、夜の魔王城。

 森の中を切り開いて外側に堀を巡らした大きな城である。堀の外側は綺麗に整えられた並木道になっている。けれども今は夜。木々の大きな葉っぱも、どこか不気味な雰囲気をただよわせている。


 一本の木の影に、セシルとロナウドが潜んでいる。身に付けた装備品こそいつもと同じだが、今日は忍者のように鼻と口を黒い布で隠している。魔王城までやってきた2人だったが、結局、潜入することにしたのだ。


「見回りは2時間に1度。……塔の見張りも少ないな」

 外壁の様子を見ていたロナウドが確認するようにつぶやいた。


「都合がいいわね」

「潜入されても大丈夫だという自信があるのかもしれない。油断は禁物だ」

「もっちろん! じゃあ、いくわよ」

 セシルが手のひらに魔力球を二つ載せると、スノーボードのような形の魔力板マギア・ボードに変形させた。


 そのマギア・ボードに乗った2人は、さあっと堀の水面に飛び出す。

 ツーとなめらかに水の上を飛びながらも、ロナウドは感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を探っている。


「罠はなさそうだな」

「じゃあこのまま城壁を飛び越えるわよ」

「オッケー!」

 弧を描いて城壁沿いに、そのままブワーッと斜めに駆け上がっていく。


 風を切り裂きセシルのケープがはためいた。プラチナブロンドの髪が風になびき、月の光を浴びてキラキラと輝いている。


 ふと視線に気がついて横を見ると、ロナウドが瞬きもせずにセシルを見つめていた。


 あれ? ロナウドの様子が変だ。


 セシルはいぶかしげに、

「どうしたの?」

「い、いや。なんでもない」

「そう? ……変なロナウド。落っこちるわよ?」


 ボードから漏れた魔力がキラキラと光のかけらとなって尾を引く。

 そのまま2人は、さあっと城壁を飛び越えると、クルクルッと回転して内側の中庭に降り立った。



◇◇◇◇

 ボードから降りた2人は、そのまま壁際を慎重に移動して裏口から潜入することに成功する。


 ところどころで巡回の兵士に遭遇したが、無事に隠れおおせ、いつしか2人は城の深部に近づいていた。

 迷路のように複雑な廊下に、ダンジョンのようにかろうじてマッピングはしているものの、少し心許ない。それでも進むしかない2人が音も立てずに石造りの廊下を進んでいると、突然、早鐘の音が大きく鳴り響いた。

 どこからともなく誰かの声が聞こえてくる。


 ――――侵入者発見! 侵入者発見! 手の空いている者は正面入り口に急行しろ! 繰り返す。手の空いている者は正面入り口に急行せよ!


「どうやらあれも魔導具のようね」

 呑気に言うセシルに、ロナウドが緊張感をみなぎらせていた。


「みつかったみたいだな。急ごうぜ」

 あわてて奥へ走ろうとするロナウドを、再びセシルが止める。


「落ちついて。正面入り口ってことは私たちじゃないわよ」

「む? じゃあ、いったい誰が?」

「わからないけど慎重に行きましょう」


 2人はセシルの「暗黒ダークネス」の魔法を身にまとい、廊下の暗がりに入っていった。


 幸運なことに武具庫らしき倉庫を見つけ、なかで魔王軍の鎧を身につける。

 兵士に成りすまして進むつもりなのだ。


 廊下に出て再び奥へと歩いて行くと、突然、開けた場所に出た。

 そこは練兵場のようだ。天井のある大きな部屋になっていて、あちこちにかがり火がともされている。



「お前たち、何やっている!」

 突然、声をかけられあわてて振り返ると、そこにいたのはあの獣王だった。


 ま、まずいわ。……よりによって、こいつに見つかるなんて。


 兜の中で冷や汗を流している2人に気がつかないまま、獣王が近づいてくる。

 緊張が高まる2人。……ここまでか。潜入は完全に失敗のようだ。


「何だ。緊張しているのか? もしかして……」


 探るような獣王の視線に緊張が高まる2人。――しかし、獣王は急に笑い出した。


「がはははは! お前ら新兵だな?」


 獣王は2人の肩に大きな手を乗せた。


「俺さまが獣王ブルーゴだ。俺はよ。堅苦しいのは嫌いだ! もっと気楽に接してくれや!」


 無言でうなずく2人に獣王は顔を寄せてきた。まるでひそひそ話をするように、

「警報が鳴っただろ? ……なんでもマナス王国のアランって奴とライラって奴が入ってきたらしいんだ」


 驚いて獣王の顔を見上げる2人に、獣王は再び笑い出した。


「がはははは! そう心配するな。先日の戦いでちょっとやりあったが、ありゃあ雑魚だ。……あんなのより強い奴がいたんだぜ」


 そして、獣王は励ますように2人の背中をばんと叩いた。


「俺が今から撃退に行くから、お前らは心配する必要は無いぜ。それより、この奥の武器庫で、その練習用の槍を戦闘用の槍に取り替えておけ!」


 歩き去っていく獣王を見送った2人は、ほうっと息をついた。


「び、びびったな」

「そうね。ここまでかと思ったわ」

「……この奥の武器庫って言っていたな」

「そこでちょっと休憩しましょうか」

「だな。このままだとどこかでボロを出しそうだ」


 意見が一致した2人は、獣王が指をさした方角にある扉に入っていった。


 武器が並んでいる一番奥に行き、鎧の兜を取り外したセシルはふぅぅっと大きく息を吐いた。そして、そばの木箱に腰を下ろす。

 向かい側には同じく兜を脱いだロナウドが別の木箱に座っていた。


「獣王は誤魔化せたみたいだけど、兵士のかっこうも危険だな」

「尋ねられても答えられないしね」


「それにどうやら完全に迷子になったみたいだな」

「マッピングする余裕もなかったわね」


「おまけに王国軍が来やがったから、絶賛警戒中になっている」

「明るい話は一つもないわね」


 最初は魔王を見るために潜入したのだったが、状況は警報が発令されてから大きく変化してしまった。

 やってくる兵士たちから身を隠すために脇道に入ったりしているうちに、現在地がわからなくなってしまっている。


 ……このままでは脱出すら厳しいわね。どうする?


 すでにある意味では袋小路に追い詰められたようなものだった。


「さっきの練兵場だって天井があったし……」


 どの部屋も窓がろくにない。あっても通り抜けられるような大きさではなかった。ここも明かり取りの小さな窓が高いところに一つあるきりだ。

 通り抜けられる大きさの窓さえあれば、セシルの飛行魔法で脱出はできるのだが……。


 とはいえ、この武器庫にいてもいずれ見つかってしまう。早急に手立てを考える必要がある。


 倉庫内のほこりが窓からの月光に照らされ、まるでスポットライトのようにロナウドを照らしている。

 ゆっくりと光のなかをただようほこりを見つめながら、セシルは考え込んでしまった。


 ……困ったわね。

 そう思いつつため息をついたセシルの目に、ロナウドの腰掛けている木箱が眼に入った。

 表面には内容物を示す焼きごてで「防疫済」「貨物#”%156」「雑貨」と印が押されている。


 あの箱……。

 結構大きいわね。私とロナウドも中には入れそうだわ。

 もしかして身を隠すにはちょうどいいのかも……。


「それ、いいわね」

「え? どれ?」

「その木箱よ」


 ロナウドは立ち上がってじろじろと木箱を見る。「もしかして……」

 頬をひくつかせながらロナウドが振り向いた。セシルはうなずく。


「私たちが隠れるにはちょうどよくない?」


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