第12話 ET 再会
1ヶ月後。マナス王国東部州スタンフォード領。
中央部州にほど近い、先祖伝来の領地である。
林に朝もやが立ちこめていて、どこか幻想的な光景だ。
その林の小道を2頭の馬が走っていた。乗っているのはロナウドとセシルである。普段のケープ姿ではなく大きなマントを頭からすっぽりとかぶり、顔を隠している。
屋敷の門が見えてきた。馬足を少しずつゆるめて、手前で馬から下りる。
すぐに2人の守衛が警備小屋からやってきた。
林の奥の屋敷だ。普段はこんなに朝早くから訪れる者もいないのだろう。守衛は警戒しながら2人を見ている。
「誰だ。この屋敷に何のようだ?」
その声にセシルの口元がゆるむ。
「あら? コール。王都の屋敷から
そう言いながらフードを下ろすと、その顔を見た守衛は驚いて、
「セシリア様!」と飛び上がった。
2人ともあわてて駆け寄り、セシルの前で膝をつく。
「コール。今の私は貴族でもスタンフォード家の者でもないわ。……ただの冒険者のセシルよ。だから立ってちょうだい」
「いいえ! 我々にとってセシリア様は、どのようになられてもセシリア様です!」
「……では命じます。今後、私を貴族のように扱うことは許しません。さあ、立ちなさい」
「はっ! いえ、しかし……」
いいよどむコールに、セシルは、
「もしかして王都のお屋敷にいた人たちがここに来てるのかしら?」
「はい! 王都の方はスチュアート様が選ばれた使用人が入っており、旦那様にお仕えしていた者はほとんどこちらに付いてきております」
セシルはうれしそうに微笑むと、
「それでは、グレイ様とメアリー様に、セシルが来たとお伝えしてちょうだい」
「はっ! すぐに!」
走り去っていくコールを見ていると、ロナウドがぼそっと、
「そうしていると、本当に貴族だな」
と言う。
セシルはロナウドの胸をコツンと叩いて、
「馬鹿ね。こうでもしないとコールが言うことを聞いてくれないからよ」
「……ははは。でも慕われているのはわかったよ」
「はいはい。さ、行くわよ」
そういってセシルはロナウドを伴って門をくぐった。
◇◇◇◇
突然、玄関のドアが勢いよく開いて、セシルの父と母が飛び出してきた。2人とも夜着の上からガウンを羽織っただけの姿で、とても見られた姿じゃない。その後ろからは執事と侍女があわてて付いてきていた。
「セシリア! ああ! 大きくなって!」
「無事で良かったぞ! さすがは私たちの娘だ!」
「髪を切っちゃったの? ああ! でも今の髪型も素敵よ!」
「
2人とも言っていることは、だんだん支離滅裂になっていく。
抱きつかれてもみくちゃにされながら、セシルは笑って、
「ちょ、ちょっとまって! ね、落ち着いて! ほら、セバスもローラも止めてよ!」
と両親の背後で涙ぐんでいる執事と侍女に話しかける。
しかし、2人ともそれどころではないようだ。
「手紙だって届いているでしょ? ほら! ロナウドが笑ってるわよ」
たしかに精霊からの手紙は届いており、2人はセシルが生きていることは知っていた。しかし、それからやりとりはない。オルドレイクとの3人旅を続けていたセシルは、あちこち流浪していたからだ。
それはともかくロナウドの名前を聞いて、父のグレイがムッと表情を変えた。
キッとセシルの後ろにするどい視線がむけられる。
その向こうでは、引きつった笑顔のロナウドが右手を挙げていた。挨拶しようとしたが、射貫くような視線に、右手を力なくにぎにぎして降ろす。
「あ、あはは……。ども」
そこへメアリーが楽しそうに近づいていく。ぐるりとロナウドの周りをまわって、
「ふ~ん。ロナウドっていう名前なの。ほほお。なるほどなるほど」
「え、えっと」
するとグレイが顔をこわばらせながら、がしぃっとロナウドの肩に手を乗せた。
「うむ。まずはセシリアを守ってくれた礼を言おう。……よもや私の女神に手を出していないだろうね。え?」
ぐぐぐっとグレイの指がロナウドの肩にめり込んでいく。
「それはもちろんです」
「そうかそうか! それはよかった。君とは旨い酒が飲めそうだ。……これからも。わかってるね?」
「え、ええ!」
そこへセシルが割り込んできた。
「ちょっと。お父さま! ロナウドに変なことを吹き込んだら承知しないわよ!」
「ああ、セシリア! 大丈夫だよ。ほら、父さまとロナウド君はもう友だちだからね」
そう言いながらわざとらしく肩を組むグレイとロナウド。ロナウドの笑顔は引きつっている。
「そうだよ。セシル。俺たち仲良しになったんだ。ははは」
非常に白々しい。セシルがじとっとした目で見ていると、メアリーが苦笑いしながらセシルの肩を抱いて屋敷の中に入っていった。
肩を組んだ姿勢で見送っていたグレイとロナウドだったが、2人の姿が見えなくなると、途端にばっと離れる。
グレイはコホンと咳払いをすると、
「不本意ながら、歓迎しよう。不本意だがな。……さあ、中に入るがいい。いいか。不本意だが仕方がないんだからな」
不本意、不本意とつぶやくグレイを無視して、執事のセバスがロナウドを屋敷の中へ案内していった。
ロナウドは、
「いいのか? あのままで」
と言うと、セバスはにっこりと微笑んで、
「ご心配には及びません。……5年ぶりの再会でございますので、興奮されているのです」
「あ、そうなの」
「ロナウド様。お嬢様をありがとうございました。どうぞ今後もお力をお貸しくださいますよう、お願い申し上げます」
ロナウドは鼻のあたまをかきながら、
「いや。俺たちは同じパーティーの仲間だ。当たり前さ」
「……そうですか。お嬢様は素晴らしい仲間を見つけられたようでございますな」
セバスはニコニコと笑みを浮かべてロナウドを見つめていた。
◇◇◇◇
応接間に通されたセシルとロナウドは、着替えをすませた両親と向かい合って座っている。
「――セシル。あなたが追放されてから、この国は大変なことになってるわ。みんなあの
母から聞いた話も、すでに聞いてきた話と大差はなかった。
ただ反抗しようとした家もあったらしいが、異議申し立てをした時点で反乱と見做されて弾圧されたという。
そうした家の家族や家臣たちは殺されたり、奴隷にされたり、国外追放にされたりと色々なようで、傍若無人なやり方に貴族たちは自分たちがいつ狙われるか戦々恐々としているという。
母ははっきりとはいわないが、おそらく面従腹背の家もあるだろう。それにしても……。離散してしまった貴族家のことを考えると、よくぞグレイとメアリーは無事だと言わざるをえない。
さらに王国では人種差別が激化している。
もともと魔人種はほとんどいなかったが、ライラが目をつけたのは亜人種である。
――魔人種は、その存在が「悪」そのものよ。そして、亜人種もその魔人種に近いんだから、王国で生活をする以上は人間種に奉仕するべきよ。
たしかにこのような人種差別の考えは、昔からまったく無いというわけではなかった。
ライラのこの言葉のせいで、魔人種は見つかり次第に殺され、亜人種は集落ごと奴隷落ちするという亜人狩りが行われていた。
亜人狩りの手法は貴族家と同じである。難くせをつけて一気に襲う。
このため、亜人種の多くは国境を越えて他国へと亡命する者たちが続出し、現在、国内には奴隷のほかには、隠れ住んでいる人々ばかりとなっている。
もともと亜人種が多く住んでいた東部州だったが、それまでの歴史から、どの領主も保護の方針を取っており、その領主をさらに代々総督を務めるブランネル家が
さすがに総督の地位にある大貴族を、ライラであっても易々とは攻撃できないだろうと思いつつ、ブランネル家からもライラに贈り物をするなど良い関係を維持しようとしていた。
しかし、ブランネル家は真っ先に標的になって没落、離散し、ライラの義兄、フランシス・マルグリットが総督として着任。あとは新総督のもとで亜人狩りが断行されていったのだ。
明らかに義兄を総督につけるために、邪魔なブランネル家を始末したのである。
実はこのスタンフォード家領には、亜人の集落に加えて、魔人種である吸血族の集落がある。
なぜ両種族の集落があるのかといえば、あらゆる人種を平等に扱うのがスタンフォード家の家訓だったのだ。
その家訓は、もとは始祖である聖女マリアの遺言からはじまる。
――この国に住むいかなる人は、それがどんな種族であれ、すべて我らの子として慈しみなさい。
たとえスタンフォード家から離縁されようと、この遺言はセシルにとって大切な誇りともいうべき言葉だった。
しかしスチュアートは新総督のフランシスとともに、亜人奴隷を引き渡せとか、魔人種の集落を教えろといってくる。
これに対してグレイは、亜人種はすべてグレイの奴隷であり、連れて行かれては産業が行き詰まる。魔人種の集落はすでにもぬけの殻になっていると上手く誤魔化していた。
メアリーがため息をつく。
「王太子殿下は完全にあの小娘の言いなりになってるわ。……今となっては貴女が婚約破棄になったのは良かったと思えてくるわね。悔しいのはスチュアートもそうだってことよ」
セシルの心情は複雑だ。王太子アランは聡明な青年だったはずなのだ。
それなのに今は、ライラを止めるわけでもなく、ただ王国がライラに乗っ取られるのをみすみす見ているとは……。いや、気づいてすらいないのかもしれない。
「そして、つい先日、西部州総督のキプロシア家が没落。貴族籍
「……それは知ってるわ。私とロナウドで救出したから」
セシルの報告にメアリーは目を丸くしたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「そう。それは良かったわ! さすがは私の娘ね!」
その後、王国の建国祭に不気味な魔王の使いが現れたことを聞いた。
東部州のかなりの地域を魔王が支配したというのも、実際にここに来るまでに大きな防壁を確認している。
あの壁の向こうはどうなっているのか。状況は不明。
その地に住んでいた人々がどのように扱われているのか。そもそも皆殺しにされていることも覚悟しなければならない。
……いや、魔王が本格的に侵攻を始めれば、それは人類全体の危機となる。何しろ
「それで王城で神託の儀が執り行われて、聖女の神託があったそうよ」
「ええ。そこまでは聞いてるわ。ただ、聖女が誰かになると情報が
「ふふふふ。それはあの女の仕業ね。……神託があったのは貴女よ。セシリア」
「いいえ。その名は捨てたわ。私はもうセシルなの。だから聖女ではないわ」
「それはどうかしらね。……それでも、どっかの小娘は
母は笑っているが、セシルにとっては
「あの小娘はね。自分が聖女と認められなかったのは何かの間違いだと言い出したわ。勇者を見いだすのが聖女。そんなことを言ってね。王太子こそが神授の聖剣を抜ける勇者であり、その王太子を見いだした自分こそが聖女だって言い張ってるらしいわ」
え? なにそれ? もしかして神託を無視したの? 光の神の神託を?
思わず呆れたセシルだったが、母は、
「それで実際に王太子が挑戦したところ、聖剣が抜くことができてしまった。3代ぶりの抜剣者よ。……それもあって聖女をライラと見る人たちも多いようね」
……そういうことか。おそらくもう一方の神託を信じる人たちもいて、その結果、『手配書』なんて形式になったのだろう。
「母としては、魔王さえいなければ『手配書』なんて無視しててもいいと思う。それとも聖女として王国のために戦う? ……旗印となって反乱を起すという道もあるけど」
あっさりと反乱を選択肢にあげる母を見て、よほど今の王国のやり方が許せないのだとわかる。……それに、その言い方は水面下で不穏な動きがあるってことなのか。
それより問題は魔王だ。
ぼう大な魔物を創生して国々に攻め込み、連合軍を魔法で焼き尽くしたという
もしあの壁が、増え続ける魔物を囲む巨大な柵だとしたら……。ベルセルクの伝説を見る限りでは、充分にあり得る話だ。
ある日、一斉に壁が決壊し、魔物の大軍があふれ出す。王国だけではない。周りの国々も、なすすべもなく
それはここスタンフォード家領も、ロナウドと暮らしているローラン王国も例外ではない。
――そんなことは絶対にさせない。
でもそうなると、殿下が勇者? となるとあの女も? あの2人と一緒に戦うことになるのか……。ううん。ロナウドがいる。私にはロナウドがいる。きっと我慢できるわ。我慢してみせる。
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