第11話 SuP 神託の儀



 カオスのもたらした情報はマナス王国上層部をしんかんさせた。

 実はあの時、カオスと対面していた国王は、驚きのあまり失神していた。

 今ではすべてをアランに任せるといって、王妃とともに自室に引きこもりつづけている。




 大舞踏会から一週間後。

 王城では緊迫した会議が続けられていた。


 中央の大きなテーブルの上には書類が散乱しており、壁には王国全土の地図が張り出されている。東西に三等分する位置に州境を示す黄色のラインが引かれ、さらに東部州のおよそ半分のところには赤いラインが引かれていた。


 その地図が正面に見えるように、一番の上席にはアランが座り、その左にはライラとスチュアートが、そして右には王国最強の近衛騎士団団長のマグナス将軍が座っている。


 アランが壁の地図を見ながら、

「東部州のおおよそ半分が、魔王軍の侵攻を受けたわけか」

と確認すると、マグナス将軍が、

「ええ。あの赤いラインから向こうが奴らの支配地になっております」

と言う。


 アランは忌々いまいましげに地図をにらみつける。

「亜人種や魔人種が多く住む森林や山岳地帯か……。開発が進んではいなかったことは幸いといえるか、しかし同時に、あそこに眠っている資源をみすみす奪われたことになる」


 森林や山岳地帯だからこそ、そこにエルフやライカンスロープなどの亜人種が多く住んでいるのだ。彼らは自然を大事にする。そのために、開発がおくれていた地域である。


「それで防衛線はどうなっている? 奪還のめどは立っているのか?」

「現在はまだ防衛線を構築するために部隊の編成をしている最中です」


 そこへライラが口を出した。

「敵軍のうちわけはわかる? 亜人や魔人種はわかるけど他にはどう? ……たとえば魔物とか」


 本来は王太子妃は軍議に出席できる立場でもなければ発言権もないはずである。しかし、ライラにはそんなことは関係ない。当たり前のようにアランの隣に座り、平気で軍議に口を出している。


 マグナスが壁際に立っている騎士に指図をすると、その騎士が前に出てきて報告を始めた。

「はっ。確認されているのはランドドラゴンやヒュドラなどのドラゴン類。それからサイクロプスやトロールなどの巨人や半巨人。スケルトンソルジャーの死霊などです」


 ライラは眉をしかめながら、

「すさまじい戦力ね。それがまるで軍隊のように……」

と恐れおののく素振りを見せた。


 たしかにどれも一筋縄ではいかない魔物ばかりである。とすると、魔王が魔物を使って侵攻してくる状況は、伝説の魔王ベルセルクと同じといえる。やはり魔王ベルセルクの再来か――。

 その事実に思い至った人々は、一様に口をつぐんだ。


 少し沈黙が続いてから、アランがマグナスに尋ねる。

「そういえば、襲われた領地は今どうなっている?」

「どうやらあの赤いライン上に巨大な壁を構築しているらしいですな。まるで国境線を守る巨大な防塁のように」

「そのようなことが可能なのか。とんでもなく時間も労力もかかりそうだが……」


 アランの疑問も尤もだ。

「どうやら魔法を使っているようで、防塁が地面からにょきにょきと盛り上がるところが目撃されています」

「魔法だと? そのような魔法など聞いたことがないぞ」

「おそらく魔王の魔法かと。馬鹿げた魔力量もなければ、あのような芸当は到底できませんな」


 実際、その話を聞いたとき、マグナスがこっそり軍の魔法使い部隊にもやらせてみたのだが、結果は散々なものだった。


 そこへライラが再び口を差し挟んだ。

「もしそれが本当なら脅威ね。私たちだけで奪還できるのかしら」


 ライラがこうして危機感をあおっていることには理由がある。なんとしても神託の儀を行わせたいのだ。



 都合良く、義父のマルグリット財務大臣が、

「殿下。これは伝説にのっとり神託の儀を執り行ってはいかがですかな?」

「神託の儀か……」

 アランは、地図の一部をにらみつけるように見つめて考え込んだ。


 もし神託の儀で勇者が現れれば、たとえ魔王を倒したとしても王国内の権力に揺らぎを生じる可能性もある。うかつにうなずける話ではないのだろう。


 しかしライラにはその心配が無いことがわかっている。ゲームの通りならば聖剣を抜く勇者はアランなのだ。


「私も賛成するわ。大丈夫。勇者なんていくらでも取り込む方法はあるわよ」


 しぶっていたアランだが、ライラにそう言われるとその意見を検討する素振りを見せながら、あっさりと許可を出してしまう。


「そうだな。……よし! 神殿長を呼べ! 神託の儀を執り行うぞ!」


 ライラはほくそ笑む。

 うまくいったわ。これでいよいよ聖女にもなれるわけね。



 それから半日後。

 王城の奥にある王族専用の神殿に、アランとライラのみならず、特別に宰相ら王国の要人たちが集められた。


 要人たちが参列しているのもライラの采配だった。その意図ははっきりしている。自分が聖女の神託を受けるところを多くの人に見てもらうためだった。


 肝心の国王は、相変わらず引きこもっており、アランに丸投げしていてここにはいない。もはや彼らに何を言っても無駄だろうし、すでにお飾りの存在となっている。


 ――神託の儀。

 その儀式は、年の初めに光の神の祝福を受ける儀式として行われてきた。過去の記録によれば、実際に数度の神託が残されているが、普段は単なる年中行事の一つとして続いている。

 しかし今は状況が違う。王国、いや人類の危機に、救済をうのだ。


 着々と儀式の準備が整えられていくなかで、ライラは不謹慎にも胸の高まりを抑えることができなかった。


 改めて、乙女ゲームのおまけストーリーを思い返す。


 この時に主人公自分が「聖女」の称号を得て、ゆくゆくは魔王を倒し王国を栄光に導く。

 聖女の役目は、聖剣を抜くことができる勇者を見いだすこと。しかし、その勇者はすでにアランであるとわかっている。

 アランとライラ、パーティーには残り1枠あり、自由に選べることになっていた。しかし、対魔王戦と考えれば、最強の味方キャラであるマグナス将軍一択といえる。……スチュアートは残念ながら文官タイプなのだ。

 ラスボスの魔王だけでなく、四天王の攻略法も覚えているから問題はなにもない。


 ――ふふふ。まさかおまけゲームまで現実になるなんてね。


 ゲーム通りの展開に思わず笑いがこぼれそうになる。


「それでは神託の儀をはじめます」


 年配の神殿長がそう言うと、神官たちが定められたしきたりに則って、聖水を振りまきながら祭壇の周りを練り歩き、その中央で神殿長が神への祈りを捧げ始めた。

 人々が片膝をついてこうべを垂れる。


 祭壇に刻まれた魔方陣が輝きだし、室内にせいれんな空気が漂ってきた。


「――――光の神よ。どうか我らを救うためにことを垂れたまえ!」


 長い神殿長の祈りの言葉が終わったその時、突然、神殿の空気が重々しくなった。

 恒例の年頭の祈りではこのようなことはない。光の神が直接言葉を届けようとしている。


 ライラの胸も期待に高まっていく。


 来たわ! 来たわ来たわ! いよいよ……。



 やがて人々の心の中に直接、不思議な声が響きわたった。


 ――子供らよ。聖女セシリア・スタンフォードに任せるのです。



 ライラは、……え? と頭が真っ白になった。


 セシリア・スタンフォード? それってあの悪役令嬢? な、なんで?


 もうほとんど忘れてしまっていた女の名前。


 ……まさか生きているの?


 ライラは動揺を隠せない。同じように王太子アランも激しく動揺していた。

 それはそうである。自らが大勢の人々の前で断罪し、父王に言って国外追放にしてもらっていたのだ。それがまさかの聖女認定である。


 2人はすぐに現実を受け入れることができず、茫然としている。



 気がつくと周りの人々の視線が集中している。彼らもすっかり忘れていただろうに、名前を聞いて5年前のドタバタ劇を思い出したのだ。


 神託の儀を終えた神殿長が王太子に歩み寄る。その表情は晴れやかだ。それもそのはず、世俗のことに疎い神殿長は5年前のことなどほとんど知らないのだから。


「殿下。神託がおりましたぞ! 100年ぶりでしょうか! ……光の神は我らを見捨ててはいませんでした。早速探しましょう! いやスタンフォードといえば宰相補佐殿のゆかりの者ですかな?」


 スチュアートは苦虫をかみつぶしたような表情で黙ってうなづいた。


「……神殿長殿。さっそく王太子殿下とともに対応を協議します」

とだけ言うと、呆然としている王太子とライラをうながして、いったんその場を解散させた。

 好奇の視線にさらされながらも、ともかく今はヘタなことを言うわけにはいかないのだ。


 会議は休憩の後に再会することとなった。



 引きこもっている国王の部屋に関係者が集まる。

 会議を再開する前にセシリアの事を協議しておかねばならない。


 部屋の扉が閉まるや、ライラが両手を握りしめて、

「こ、こんなの何かの間違いよ! こんなことあるわけないわ!」

と叫んだ。


 何かがおかしい。だってゲームでは自分が聖女に認定されるはずだったのに。

 それがよりにもよってあの女が聖女なんて。


 アランはアランで、気まずさにどうしていいのかわからないでいた。


 5年前の断罪で、ライラの訴え通りに貴族籍剥奪、国外追放を具申したものの、国王はさして検討することもなく命令を出し、そこに乗じてスチュアートは父のグレイを失脚させて成り代わり、姉の追放に同意した。


 後からちらりとやり過ぎたかとも思ったが、すぐに終わったことだと簡単に済ませてしまっていた。

 セシリアはクリス商会の船に乗せられたことがわかっているが、その途上でクラーケンの襲撃で船から投げ出されたらしい。

 幸いにも船は生き残りとともに無事に近くの浜辺に漂着したのだが、セシリアは死んだと考えられていた。



 様子のおかしい王太子とその妻を見て、国王はため息をついて、

「セシリア・スタンフォードねぇ。ふぅん。どこかで聞き覚えがある気もするが、スチュアート君は知っているのかね?」

ときいた。


 耳を疑うような発言である。国王はすっかり忘れていたのだ。それまで王太子の婚約者でもあったのに。


 スチュアートは何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに口を閉じた。それはそうだ。言えるわけがない。まさか実の姉で、かつてのアランの婚約者だなどとは。


 王妃が唇に手を当てて、

「ん~。あなた。セシリアって前の宰相さんの娘だったわよ。ね。そうでしょ? さっそく呼んでもらえるかしら?」

とスチュアートに言うと、マグナス将軍は苦笑いしながら、

「それは無理でしょうな」

と言った。

 国王はいぶかしげに「何故だい?」と問い返すと、マグナスはやれやれと肩をすくめ、

「なにしろ5年前に国外追放になっていますからな」

と答えた。


 部屋にしばらく沈黙が漂う。


 やがて国王が、

「と、とにかく捜索隊を出すしかないね」


 しかし、それに異を唱えたのはマグナス将軍である。


「陛下。セシリア嬢は国外追放となっております。見つけたところで今のままでは迎え入れるわけにはいきません。それに根拠なく処分を取り消したのでは王国の決定が間違いだったと認めることになりますぞ」


 すかさずスチュアートもそれに賛同する。

「マグナス殿の言うとおりですが、……しかも神託の儀ですでに多くの者が知っております。なんらかの手を打たねば不味いでしょう。それに恩赦か特赦にしても、なんらかの理由がなくては……」


 名案が浮かばずにどんよりした空気が漂うなか、ライラは次第に怒りを募らせていた。


 ……あの女め。

 大人しく退場していればいいものを。私のなるはずだった聖女を横取りしやがって!


 こうなっては――。無理矢理にでもアランに聖剣を抜かせて勇者に仕立て上げるほかない。そうすれば、アランを見いだした私が聖女ということになる。


 ものすごい論理である。……いや執念というべきか。


 しかし結局、いい解決策もなく、国内外に手配書を配ることが決まったのみだった。あくまでセシリアを聖女と認めないライラによって、文面はひどいものに差し替えられたが。


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