第32話 EP 小さな礼拝堂
まずは、あれからの事を話そう。
この国は魔王の統治下に入った。けれども魔王は、基本的にある程度の自治を認めるとして、統治院を設置した。王国を新たに12の州に分け、各地域の代表と解放軍の主な人々、――元王国貴族も含め、が統治院の議員となっている。
初代の議長には父グレイ・スタンフォードが就任。即座に、様々な法律を次々に制定し、魔王の力も借りて、混乱していた旧王国内を安定させた。これから本格的な自治法などの法律の制定に着手するらしい。
アランとライラ、そして、旧王国の国王夫妻や、マルグリット大臣やグレイツ商会など、ライラの関係者たちは捕まえられて、特別裁判に掛けられた。
魔王はライラと同郷だったらしく、顔をしかめながらも自分は裁判も処刑にも関わらない。旧王国の法律で裁き、自分には結果だけを伝えるようにと言っていたらしい。
そして、裁判が開かれた。その判決により、国王夫妻と王太子は断頭台にて処刑。ライラを含めたそれ以外の人々は火刑に処された。
ライラの死を聞いたセシルは、こみ上げてくる複雑な感情をどうにも表現できなかった。
ただ「わかったわ」とだけ言って、王都の屋敷にある小さな礼拝堂にしばらく籠もっていた。
王国の人々を苦しめ多くの悲劇を生んだのだから、その死は当然ではあるが、それでもセシルには彼女らの死を喜ぶ気持ちにはなれなかった。
ロナウドも一緒に礼拝堂に入ったものの、セシルのように祈ることはせずに、ただ黙って祈り続けるセシルの背中を見守っていた。
――ライラの処刑から
今日、セシルはスタンフォード家領にある小さな修道院に来ている。
セシルは、白いドレスを身にまとい、侍女にメイクをしてもらっているところだ。
そこへノックの音がして、白い儀礼用の騎士服に身を包んだロナウドが入ってくる。
「こら。ロナウド。まだお化粧中よ」
「すまん。どうしてもセシルの顔が見たくて」
「ばかねぇ。これからもずっと一緒なのに」
侍女が、細い筆で眉を丁寧に描き終え「できました」と言った。
お礼を言ったセシルが、ロナウドに振り向く。
「ふふふ。なにその衣装。似合わないわね」
途端にガクッと崩れそうになったロナウドが、
「お前なぁ。よりによってそういうことを言うか? それもこれから結婚式だっていうのに」
と文句をいうと、セシルがくすくす笑った。
「だってさ。いつもの方がカッコいいって」
その言葉に、ロナウドは苦笑いを浮かべた。
「そっか。……でも、セシルは似合ってるよ。なに着ても綺麗だけどな」
「まあね。それは認める」
「……お前なぁ」
「うそうそ。冗談だって!」
そんな話をしていると、今度はセシルの両親がやってきた。
部屋の中にロナウドがいるのを見て、グレイのこめかみに青筋が浮き上がり、母メアリーは「あらあら」と言いながら涼やかに笑った。
「じゃ、じゃあ、そろそろ時間だから控え室に戻るぜ」
あわててロナウドがグレイの脇を通り過ぎて出て行った。
その背中を見て、セシルがまたおかしそうに笑う。
ああ、幸せだ。こうしてロナウドと結婚式だなんて。
ロケットペンダントの君に遠慮して、嫉妬して、我慢していた時のことが遠い昔のように思える。
……まさか私だったなんてね。
5年も互いに思い合い、
随分と遠回りをしてきたものだ。
式の準備が整い、セシルは、父と母と一緒に控え室を出た。
案内にしたがって、父と並んでこじんまりとした礼拝堂に入っていく。
祭壇には神を示す円盤のシンボルが輝き、檀の下の赤い
列席者は父と母をのぞいて、わずかに2人。スチュアートの妻と子だけだった。
父に導かれながら、ゆっくりと歩いてロナウドのそばに行く。並んで正面を向き、父はそのまま参列者の席に行き、母の隣に立った。
昔からスタンフォード家に仕える神官が、おごそかに祝詞を述べ、決められたとおりに式が進んでいく。
いよいよ誓いのキスになった。
ベール越しにロナウドがまっすぐにセシルを見ている。ロナウドの手がゆっくりと伸びてきて、ベールが持ち上げられていく。
その向こうには、どこか緊張した面持ちのロナウドの顔があった。けれどもセシルの目には、まるで後光が射しているようにロナウドが輝いて見える。
愛する男。自分の運命の人。――これからも共に歩んでいく相手。
澄んだ瞳がセシルを見つめている。いつもより深い色を
――愛してる。愛してるよ。……セシル、愛してる。
ふとロナウドの心の声が聞こえた気がした。
それと同時にロナウドがそっとセシルの
セシルの目にはロナウドしか見えない。2人だけの世界にいるような感覚。その中で、愛おしさがつのっていく。
そっと目を閉じたセシルの唇に、ロナウドの唇が重なった。
重なる唇に、ぬくもりに、喜びが湧き上がってくる。心が愛に満たされ、通じ合って、男と女という区別もなく、ただそこには愛だけがあるような不思議な感動に包まれた。
身体が、心が、ただひたすらに満ち足りた感情に包まれる。
「おお!」
その時、神官が場違いな驚きの声を挙げた。思わず唇を離して神官を見る二人だったが、すぐに不思議な光景に目を見張った。
祭壇のシンボルから、キラキラと光の粒が降りてきて、2人の目の前に集まっていく。
「こ、これは?」
次第に強くなっていく光が、やがて一本の剣となった。
ぽかんと口を開けているロナウドが、
「まさかこれ……、聖剣?」
セシルも呆然としていたけれど、その光の剣はすっとロナウドの前に浮かんでいる。……まるで自分を取れというように。
おそるおそるロナウドがその剣を持つと、すっと光は収まっていった。そこにはシンプルな
「聖剣はあなたを選びました。勇者ロナウド。……あなたはその剣をどうしますか?」
とたずねる。
ハッとしたロナウドは、その場に
「俺の――私の剣はあなたに捧げる。セシルを守るために俺はこの剣を振るうことを誓う」
セシルは捧げられた聖剣を取らなかった。
「わかりました。あなたの誓いを受けます。……でもね。私の騎士になることは認めないからね」
「ええ?」
予想外だったのだろう。膝をついたままで、ロナウドがぽかんとした表情でセシルを見上げた。
その顔を、セシルは、両手で挟んでグイッと引き寄せてかがみ込んだ。
「私の騎士じゃなくて、私の夫として私を守りなさい。私はあなたの妻としてあなたを守るから。死が2人を分かつまで、私たちは一緒に歩き続けるのよ。――これはその誓いのキス!」
ぎゅっと今度はセシルからロナウドにキスをした。
コホンと
「誓いのキスが交わされ、婚姻は成りました。光の神のご加護が
参列者が一斉に拍手をした。
その拍手の中でロナウドが聖剣を手に立ち上がり、二人一緒に振り返った。
父と母、スチュアートの妻と子ども。そして――。
セシルの目には、ステンドグラスから差し込む光の中に、拍手をしているスチュアートの姿が見えた。
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