第5話 SU 国外追放

 ライラは転生者である。


 一人娘だったライラは、幼い頃からちやほやされて育った。中学高校では同級生との間に亀裂も生じたが、ラ両親がしつこく相手の家に抗議し、やがて孤高のお嬢さまのようになっていた。

 大学卒業後には伝手を利用してとある企業に勤めることができたが、ある日、駅のホームで誰かに突き飛ばされてしまった。

 宙に投げ出されたところで、まるでスライドが切り替わるように気がついたら赤子になっていたのである。


 大きくなってみると、ここが前世でまっていた乙女ゲーム「星降る夜に愛を誓う」、通称「ほしあい」の世界であることに気がついた。

 しかも幸運にも自分はヒロインである。


 残念ながらハーレムルートのないゲームだったが、平民のヒロインが王立学園で様々なタイプのイケメンと恋の駆け引きをしていくゲームで、特に王太子のスチルとボイスにれ込んでいた。


 もちろん、目指すは王太子ルートだ。

 このルートで邪魔をするのは、王太子の婚約者のセシリア・スタンフォード。婚約者を奪うのだから、本来は邪魔をするのは自分の方なわけだが、そこはゲームの世界。ご都合主義まんさいである。


 元の世界ではしがないOLだったけれど、こっちの世界のライラは文武の両方に才能を秘めた高スペックガール。さらにれんぼうの持ち主だ。


 信じてもいない神様に感謝しつつ、父親の商会の力を利用してどんよくに知識をたくわえるとともに、剣と魔法の修行も積んできた。

 父の商会長はライラの才能を知るや、学園で高位貴族とつながりを得られると喜んで教育をほどこしたのだが、時おりライラの不思議な発言に戸惑うこともあった。

 それもそうである。知識チートならまだしも、ブツブツと攻略ルートがどうのこうのと言っていたのだから。


 ともあれ難関の試験をくぐり抜けて学園への入学を果たしたライラは、早速、ゲームの記憶通りに王太子に接近した。

 初めて見た王太子はまさにゲームのなかでんだとおりの人物で、その周りの友人たちもイケメンばっかりだった。


 うっかりその友人たちのルートも途中まで進めてしまい、親密な友人のポジションに収まってしまった。

 そのため彼らの婚約者から嫌がらせを受けたが、まあこれは仕方がない。のは学園にいる間だけのことだからと、特に気にすることはなかった。


 唯一の誤算がセシリアである。


 王太子ルートのフラグが立つにつれて、かげひなたに嫌がらせを仕掛けてくるはずのセシリアが、一向にそのような気配を見せないのだ。


 一度は、婚約者のいる殿とのがたに対し恋人のようにってはならないと注意こそ受けたが、それ以降はまるでライラなどいないかのように近寄ってこなかった。


 王太子も優秀な人物だったが、どれだけ努力してもセシリアの学年1位を崩すことができなかった。

 そのことを内心で気にしていることを感じ取ったライラは、わざと自らの成績を下げ、上手く王太子を学年2位に、そして、自らは3位のポジションに付けることができた。


 セシリアが何も行動を起こさないことにジリジリしたライラは、一計を案じてひそかにセシリアのハンカチを盗み取った。

 とある日の放課後、まわりに誰もいないタイミングを見計らって階段から転げ落ちたのだ。さすがに痛かったものの、ゲームでは本当に突き落とされるわけで、ぼくだけでおわるとわかっていた。……そして、都合よくそこへ王太子たちが通りかかることも。


 おどろいた王太子たちによって、ライラはしつに運び込まれた。


 転落した原因を尋ねてくる王太子にわざと口をつぐみ、何か言いたくない事情があるとにおわせる。

 ライラの演技にまんまと引っかかった王太子は強引にでも聞き出そうとしたので、内心でほくそ笑みながらうっかりをよそおってセシリアのハンカチをベッドから落としたのだ。

 ハンカチにしゅうされた名前を見た王太子は、勝手に納得したようにうなずいたので、ライラは仕方ないというふうに、実はセシリアに突き落とされたとしれっとうそをついた。


 そして、今までにも(ほかの令嬢から)いじめられていて、このままだと殺されるかもと泣き崩れると、心配した王太子はますますライラのそばを離れなくなったのだ。



 まんまと卒業式の前日には、とうとう王太子から求婚されることに成功。これもゲームの通りだ。

 求婚されたその場で、卒業したらすぐに王太子主導によって婚約することが決まり、実家のグレイツ商会と取引のあるロベス・マルグリットはくしゃくの養女となることになった。


 そしてその翌日、最後のしょうがいであるセシリアの公開裁判が卒業記念とうかいり広げられたのだった。



 王太子と婚約することに実父は狂喜していたが、舞踏会の直後にライラはその父親に1つのお願いをしていた。


 ――あのむかつく女セシリアがみじめにいつくばってゆるしをう姿を見たいわ。

 どうせ国外追放になるから捕まえてれいにしてくれる?

 その後は、男どもにりょうじょくさせるもよし、しょうかんにおくってもいいから。


 とてもヒロインがするとも思えない胸くそ悪くなる依頼である。そして、実父は別の意味でもこれを快く引き受けた。……自らの奴隷にするつもりだったのだ。


 今、その悪魔の手がセシリアに迫ろうとしていた。




 ――日はすでに昇り、そろそろお昼が近づいてきた頃合い。

 マナス王国中央州の南部街道。北側にある王都から港湾都市に通じる街道である。馬車があるためか、思いのほかゆっくりと進んでいた。

 もう屋敷を出発してから3日になる。セシリアを乗せた馬車は、目的地までもう少しというところの森を進んでいた。


 えいの騎士は全部で10名。出港する船にセシリアを乗せるところを見届ける役目を命じられている。


 馬車の四方は鉄格子になっていて中が丸見えになっている。着替えのないセシリアは舞踏会のドレスのままだったが、騎士たちに乱暴されることなく無事にここまで来ることができたのは幸いだった。


きゅうけいだ!」

 隊長がそう命じると一行は馬を止め、それぞれが休憩に入った。その間に、隊長は一人でゆっくりと馬車に近づいてきてセシリアに話しかける。


「この先の港から船に乗ってもらうが、行き先がどこになるかはその船次第となる。……今のうちに幸運を祈っておきたまえ」


 突き放すような言い方だが、ここに来るまでに、彼が騎士たちに規律を守るよう命じているのを見ている。

 すでに自分の境遇を受け入れているセシリアにとっても、それはありがたいことだった。暴行されずにすむのだから。

 とはいえ国外追放となった者は、港に到着後、一番最初に国外に出港する船に乗せる決まり。……だから行ってみないとどの船に乗せられるのかわからない。


「そうですか。ここまで無事に連れてきてくれたことを感謝します」

 隊長はかすかに笑い、

「これも仕事だ。我らは出航を見届けたら戻る」

と告げて不意に空を見上げた。


 どこからともなく飛んできた黄色い小鳥が、近くの枝に止まって二人を見つめていた。


 その鳥を確認した隊長がうなずくと、

「君の行く先にさちがあらんことを祈る。――では」

とその場を離れていく。


 隊長が離れていった後、こうのすき間を通って先ほどの黄色い鳥が中に入ってくる。

 座り込んでいるセシリアの前に降り立つと、かわいらしく見上げてきた。


「……なぐさめてくれるの? でもね。もう何にもなくなっちゃった。家も、位も、船に乗せられて出航してしまえば、きっと……。どんな目に会わされるか」


 セシリアがそういうのも、ここまでくる途中、若い騎士が痛ましそうにる会話をしていたのを聞いてしまったのだ。


 出港までは騎士団の責任で見届けるが、その先はもはや王国民ではない。

 船に乗った時点でれいしょうに売られればまだマシな方だ。出港したらほどのことがないかぎり、船の中で荒くれ者の船乗りたちにさんざんりょうじょくされるだろうと。


 その話を聞いたとき、セシリアは恐怖に震えあがった。

 密室空間である船の中、周りは荒くれ者の船員ばかりだ。


 何の後ろ盾もなく国外追放になった身であれば、それこそりょうじょくされて、殺されて、ボロぞうきんのように海に捨てられても罪に問われることはない。

 いくら隊長がこうけつな人物だったとしても、船に乗ってしまってはどうなるかわからないのだ。




 疲れ切って気力の無くなった目をしながらちょうすると、小鳥がピピピピとさえずった。

 まるで元気を出せと言っているようだけれど、それが逆に空々そらぞらしく聞こえる。


 その鳴き声が合図になったように休憩が終わり再び馬車が動き出した。


 港湾都市に到着したのは昼すぎだった。交易いちが近くにあり多くの人々が行きかうなかを、馬車が進んでいく。


 隊長は、せめてものづかいとしておりの四方を黒い布でおおい中が見えないようにしてくれていた。

 とはいえ、うすい布しに街のけんそうに包まれたセシリアは、まるでだんとうだいにのぼる時を待つ罪人のように、じっと目を閉じていた。





 ――2時間後、隊長を先頭にした一行は真っ直ぐ港の一角を進んでいた。

 その前に身なりの良い男が立ちふさがる。すぐ後ろには5人のくっきょうな男たちがいた。


「隊長殿とみえる。……後ろが国外追放になった令嬢かい? いいぜ? 俺たちの船で運んでやるぜ?」


 見るとた笑みを浮かべている。目的はセシリアだろう。

 男はふところから一通の書状を取り出した。

「ほらよ。こういう物もあるんだぜ?」


 その書状を受け取った隊長は封印を見てまゆをしかめた。そこにはライラが養女となった先のマルグリット伯爵家のもんしょうがあった。

 封を切り手紙を開くと、セシリアの身柄をこの書状をもつグレイツ商会の者たちに預けよとあった。


 しばらく考えていた隊長はあごひげをなでつけながら思案する。その様子をふくと見た男は金貨の入った袋を隊長に渡そうとした。

「ああ、それにはおよばぬよ」


 笑ってきょする隊長は書状を返すと、だまって親指をくいっと動かし、後ろの馬車を見ろと合図する。

 男たちはニヤリと笑って馬車に近寄り、布をめくった。



「――な! い、いない! 令嬢はどこだ!」



「残念ながら一足おそかったな。罪人はすでに出航したよ」

「く!」


 男たちは隊長の言葉を最後まで聞かずにきびすを返してひとみの中へ走り込んでいった。

 隊長はき捨てるように「げす野郎どもが……」とつぶやくと、遠く海の方を振り返った。


 その視線の先には沖に浮かぶいっせきの外洋船があった。

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