第30話 CL 悲劇の先に


 王太子アランがにくにくしげに魔王をにらんでいる。

「魔王! 貴様、なぜここに!」


 魔王アキラはそれを無視して、

「俺が証言しよう。そこにいる冒険者セシルは俺の依頼を断った。したがって、俺と手を組んでもいなければ、東部州と西部州の革命もまったく関係ない!」


 すかさずライラが反発する。

「嘘よ! 魔王の言う事など信じられるものですか!」


 だがアキラはそれを鼻で笑った。

「なあ、先輩。あんた、まだこの世界がゲームの世界だと思ってんのか? いい年齢とししてバカじゃないのか? 生きている人々はキャラじゃねえんだぞ」


「高校生のガキが私に意見しないでよね! ……いい? ここは私のための世界。私が主役ヒロインなのよ!」


「はっ、先輩がヒロインだと? 笑わせんな!」


 アキラが右手を掲げると空中に巨大なスクリーンがいくつも現れた。


 そこには物乞いをしている幼い兄弟が、ガリガリにやせ細った男の姿が、そして、税金が払えずに差し押さえられている最中の商会の様子が映し出されている。


 また別のスクリーンには、奴隷の首輪をはめられる女性の姿、暴力にさらされている亜人種の子どもや娼館に引き渡されて泣き叫んでいる令嬢の姿が現れた。


「これはみんな、お前が引き起こしたことだ。こんなことをするヒロインがどこにいる? ……それに王国騎士団を東西の反乱を抑えるために派遣したみたいだが、逆効果だったな」

「なんですって!」


「当たり前だろ? 騎士団だってもとは地方の出身者が多い。中央から離れたことを幸いと、部隊ごと解放軍、いや今は彼らも俺の軍に入っているが、合流した奴らも多いぜ」


 アキラがそう言うと、スクリーンに解放軍らしき男たちと一緒に進軍している騎士たちの姿が映し出された。

 その光景に、その場にいた近衛騎士たちにも動揺が走る。


 アランが呆然とした表情で、

「ば、ばかな。国民が、騎士団が王家に逆らうというのか! 勇者である俺に逆らうというのか! ……貴様だな! 魔王め! 貴様が――」

と叫んでいる。


 その叫びを無視してアキラは続ける。

「東部州は、聖女の親が諸侯をまとめ上げて総督府を落としたぞ。……今は、すぐそこまで来ているさ」


 次に映し出されたのは、なんとグレイとメアリーの姿だった。そのそばには、かつて国王陛下との謁見の場にいた神官もいる。

「そして、ここ王都でも解放軍がほうしたぞ。あの声が聞こえないか?」


 城門の方から、人々の叫び声と、なにか重いものが叩きつけられるような鈍い音がいくつも聞こえてきた。


 アキラはその場の人々に聞こえるように一つの宣告をした。

「マナス王国は今日で終わりだ。……俺の支配下に入ってもらおう」

 そして、ライラに向かって、

「先輩も、同郷のよしみだ。お願いするんだったら、命だけは助けてやってもいいぜ」


「なめるんじゃないよ! ここでアンタを殺せば、みんなもきっと目を覚ますはず。勇者と聖女のもとで暮らすことを願うはずよ」


 アキラはやれやれとため息をついた。「交渉決裂だな……」


 そして右手を下に向けると、その足元の影の中から一本の剣が現れた。その剣を構えたアキラは、ようやくアランを正面から見つめる。

「ほら。さっさとやろうぜ。聖剣の勇者さんよ。……俺を倒せるものなら倒してみろ!」


 その時、城門が破られ、レジスタンスがときの声を上げて流れ込んでくる。近衛騎士たちがその侵入を防ごうと動き出し、美しかった城の前庭はたちまちに戦場となった。


 その中で、魔王アキラの前には聖剣を持ったアランが、ロナウドとセシルの前にはライラが、そして、ベアトリクスの前にはマグナスが互いに対峙していた。


 セシルがポーチからロナウドの剣を取り出した。

 それを手にしたロナウドがかすかによろめき、ギュッと足を踏ん張る。


 ライラが、その様子を見てニヤニヤと笑う。

「どうやら本調子じゃないようね。あなた、まともに戦えるのかしら? ふふふ」


 ロナウドは忌々いまいましげに、

「あの黒い茨は体内魔力を狂わせるんだろ。……だがな、じいちゃんの剣技は体内魔力だけじゃない、体内の気功を使う技もある」

と言い、静かに呼吸を整えた。

 ロナウドの身体の中から、魔力による身体強化とは別のどこか清らかで力強い闘気があふれだす。


 ライラがフンと鼻で笑い、思わず背筋がぞっとするようなあくどい笑みを浮かべた。

「ふふふ。そうこなくっちゃ。あなたの相手は彼にしてもらおうかしら。……最高の喜劇を見せてちょうだい」


 そう言いながら、ライラはその指の指輪にキスをした。はめられている宝玉に魔力を込められ、そこから赤黒い光がまっすぐに城に飛んでいく。


 正面の扉から飛び出してきたのは、黒い騎士服を着た男だった。


 その姿を見てセシルが驚きの表情を浮かべる。

「スチュアート!」


 しかし、スチュアートの様子はどこか変だ。顔に生気が無く目も虚ろだ。

 セシルの声に反応するでもなく、まっすぐにもの凄いスピードでロナウドに襲いかかっていった。


 剣と剣がぶつかり合い、衝撃がバシュッと広がる。ロナウドの表情が苦しげに歪んだ。

「セシル! 知り合いか!」

「弟よ! ……ライラ! あなた、スチュアートにいったい何を!」


 セシルがキッとライラをにらむが、ライラは杖を構えながら、

「ふふふ。知りたい? ……いやよ。教えてあげない」


 笑いながらライラが次々に魔法を放つ。それにセシルも魔法で応じて対消滅させていく。

 2人の間で次々に魔法と魔法がぶつかり合う。赤と青、緑と茶、黒と緑、光と光……。さまざまな色の魔法が飛び交い、ちょうど真ん中ではじけ飛ぶ。


 「ファイヤーランス」「アイスランス」

 「ウインドカッター」「ランドウォール」

 「ランドスピア」「トルネード」

 「エナジーボール」「サンダーボルト」


 ライラの目的はロナウドとスチュアートの戦いを邪魔させないためなのだろう。セシルの表情に焦りが見える。


 その間にもスチュアートとロナウドは激しく戦っていた。

 さほど強くないはずのスチュアートが、今ではロナウドと互角に打ち合っている。


「くっ! なんだこの変な気配は!」

 戸惑っているロナウドだが、生気のないスチュアートがしゃべり出した。


「……ここは。どこだ? 僕はどこにいる? なにをしている?」


 いったん距離を取ったロナウドが、

「なにを言ってるんだ! お前、自分がわからないのか?」

「そこにいるのは誰だ? いや、誰でもいいから……姉上を」

「ああいるぞ! ここにセシルがいる!」


 再びスチュアートがロナウドに切りかかった。鋭い上段からの切り下ろしを、ロナウドが横にかわす。スチュアートの剣が石をたたき割り、そのままピシッと直線上に亀裂が走って行く。


「姉上。……たのむ。姉上を助けてくれ」


 その時、離れたところで、王太子と戦っていた魔王アキラが信じられないものを見たように叫んだ。

 聖剣を自分の剣で受け止めながらも、

「あれは狂戦士の首飾り! このバカ女、何てものを!」


 言われてスチュアートを見ると、まがまがしい紫の宝石をはめ込んだ金色のネックレスが見える。


 セシルがすぐに、

「魔王は知ってるの? あれは何? どうしたらスチュアートを?」

と叫ぶが、アキラは返事をすることができなかった。


 知らないわけではない。アキラはあれがどういうものかよく知っているからこそ、答えられなかったのだ。


 ライラが狂ったように笑い出す。

「ふふふ。教えてあげましょうか? あれはね。魔王ベルセルクの遺産。つけたら最後、もう死ぬまでこの指輪の持ち主の言いなりになるのよ! 死ぬまで戦い続け、死んだら灰になる。まさに命が燃え尽きてね!」


 ロナウドが激高した。

「人の命をなんだと思っている! この悪魔め!」


 しかし、そこへスチュアートがスピードを上げて連続攻撃を仕掛けていく。

 まるで激しい嵐の中にいるような連続攻撃に、ロナウドが受けながしながらも少しずつ頬などに傷が増えていった。


「どうしようもないのか? 助けられないのか? くそっ」

「……ロナウド? 姉上の仲間の……。頼む! 僕を殺してくれ。このままだと僕は、姉上を殺すまで操られ続けるだろう。僕はもういやなんだ。……たのむ。あなたの手で僕を殺してくれ」


 いつしか、ライラは攻撃の手を止めてセシルがどうするのかを見ている。

 まるで喜劇を見るようにニコニコとしながら。

「邪魔はしないからやってごらんなさいよ」


 セシルはライラに注意を払いながらも、魔力球を飛ばした。


「オール・キュア」


 魔力球がスチュアートの頭上ではじけて光が降り注ぐ。光の粒がスチュアートの身体に吸収されていき、かすかに後光が射すように光った。

 ……しかし、スチュアートの様子に変化はない。再びロナウドに切りかかっていく。


 セシルが絶望に泣きそうな表情を浮かべた。

 その顔を見てライラがさも満足そうに笑っている。

「ふふふふ。そうよ! あんたのその顔がまた見たかったのよ!」


 ロナウドがスチュアートの剣を弾いた。わずかな隙を突いて腹をり飛ばして距離を取る。


「姉上。僕が間違っていた。ごめんよ。……ああ、ここはなんて寒いんだ。……だれか、助けてくれ……」


 意識が混濁していくスチュアートにセシルが名前を叫ぶ。「スチュアート!」


 ロナウドが剣を構えた。

「……セシル。わるい。俺にはこうするしか、あいつを苦しみから解放する方法がない」


 ロナウドがまっすぐに剣を上段に構えた。痛ましげに目の前のスチュアートを見ている。


 セシルが涙をこらえながら小さく、

「ロナウド。お願い。……スチュアートを、楽にしてあげて」

とつぶやいた。


 次の瞬間、ロナウドが一気にスチュアートの懐に入り込み、剣を振り下ろしていた。

 剣を取り落とし、肩口から斜めにバシュッと血を吹き出してゆっくりと崩れ落ちるスチュアート。不気味な首飾りがパチンとはじけ飛んだ。

 その全身から黒い霧が立ち上って消えていく。



 空を見上げたスチュアートが、

「お、おお。おおお! 光だ! 光が見える……」

とつぶやいた。その身体が端から色を失っていく。


 ロナウドがスチュアートを見下ろした。スチュアートが涙を流しながら、

「姉上を。どうか……ずっと……」

「ああ。任せろ」


 するとスチュアートの顔が満足げに微笑んだ。どんどん白く灰になっていくスチュアートは、最後にセシルの方を見た。

「あ、姉上。つらい思いを、……ご、め……」

 セシルは涙をこらえている。「スチュアート。いいの。いいのよ。……もう」


 不意に、風が巻き起こり、一気にスチュアートの身体がぼろぼろと崩れ落ちていった。巻き上げられた灰が散らばっていくときに、セシルとロナウドの耳に、

「ありがとう」

と最後の声が聞こえた。


 ああ。スチュアート……。


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