第25話 TP2 捕囚
セシルの実弟スチュアートは、王都の屋敷の自室にてとある報告を聞き、呆然としていた。
「なんてことだ……」
そのそばにはスチュアートの執事長が立っている。
「いかがなさいますか?」
その報告は、マルグリット財務大臣が妃殿下の命として、勝手に王国騎士団を東部、西部の両州へ派遣したとのことだった。
さらに、その騎士団の活動のためにさらなる税を掛けるという。
「税は財務大臣の担当ではあるが、もはや無理だぞ。すでに商会からの税収が減りつつあるし、山賊の発生件数も増えている。……そのための騎士団の派遣だとしても。本末転倒だ」
このままでは王国は自壊してしまう。妃殿下の浪費を止めなければ……。できるか? そんなことが。
最近、スチュアートとライラの間には完全に溝ができている。いつのまにか王太子の補佐にも、スチュアートではなく、別の男――ライラの親戚であるグレイツ商会の関係者、がついているようだ。
だめだ。言えるわけがない。下手をしたらすべての罪をなすりつけられて、自分も殺されてしまうだろう。
今まで多くの貴族家がつぶされたように、今度は……。
その時、ふとスチュアートの脳裏に、カリステの街で見かけた姉の姿が思い浮かんだ。
獣王との戦いでの活躍。アランとライラがねじ曲げたはずの話だったが、実は姉とその仲間が獣王を追い詰めていたことをスチュアートは知っていた。
5年前に、自分が家から追放した姉。本来は家族である自分が守らなければならかったのだ。
あの時、なぜ自分があそこまで冷酷になれたのだろう。今になって思えば、あの時の自分は何かに酔っているような、何かに取り憑かれたように、妃殿下の言うとおりにしないといけないと思っていた。それが当然であり、それこそが正義なのだと信じていた。
しかし、今さらだ。すべては自分がやってしまった罪。もう戻ることのできない過去のこと。無かったことにはできない。犯してしまった罪は罪なのだ。
後に神託の聖女とわかったこととはいえ、実の姉を放逐した罪。重い罪はいずれ我が身に罰として降りかかってくるだろう。
「……次は私の番ということか」
スチュアートは静かにつぶやいた。
「妻と子どもを呼べ。すぐにだ」
執事長は短く返事をすると部屋を退出していった。
せめて妻と子だけは父のところへ。離縁してでもいい。なんとしても……。
◇◇◇◇
マナス王国の王城。謁見の間。
国王の前だというのに、ロナウドは檻の中で手足を縛られた状態でうずくまっていた。
あの黒い茨に巻き付かれてから、にぶい痛みと重い疲労感が身体にずっと残り続けていた。脂汗が流れている。
くそっ。体が重い。毒でも身体に回っているのか。
それとも呪いか――。
まわりで何かをしゃべっているようだが、ロナウドの頭には切れ切れにしか入ってこなかった。
「――から、神託だって何かの間違いよ。アランを見いだした私こそが聖女なのです!」
「そうです。ラ――と違ってセシリアは裏切ったのです。この目で見ましたよ」
セシリアと名前を聞いて、がばっと顔を上げた。
目の前でアランとライラが国王に向かって声高に主張している。
「我が国を裏切ったセシリアに鉄槌を!」
「そうですわ。王国民の心を一つにするために必要ですわ」
「父上。あの女を捕まえて、国民の前で
ロナウドの心の中で怒りがカッと燃え上がった。
なんだと……。セシルを磔にだと……。
絶対にさせない! セシルに指一本触れさせてたまるかぁ!
ロナウドは叫んだ。
「させないぞ! あいつは俺が守るんだ!」
ライラがさげすんだ笑みを浮かべながら、檻に近づいてきた。腕を組んで、上から縛られたロナウドを見下ろしている。
「へえ。どうやって守るのかしら? その檻の中で。……ふふふ。愚かな男」
「このエセ聖女め! 貴様が磔になればいい!」
その瞬間、ライラの笑顔がぴしっと固まった。
「ほう? 何て言ったのかしら? ええ? 今、何て言った! この虫けら風情が!」
逆上したライラがゲシゲシと檻をけりつづける。
「エセ聖女はあの女よ! ゲームだったら私がなるはずだった聖女を奪って。ふざけないで! 過ちは正すのよ! そのためには死んでもらうしかないのよ!」
ロナウドは思いのほか冷静にライラの狂態を見上げていた。
こいつ、狂ってやがる――。
どんなに顔が綺麗でも、着飾っていてもダメだ。絶対に受け付けない。
濁って、汚らしいあの目。……なにが聖女だ。
肩で息をしながら、ようやくライラが冷静さを取り戻した。
「はぁ。はぁ。……まあいいわ。あなたにはまだ役目があるもの。あの女をつり出すエサという役目がね。
安心してちょうだい。ちゃんと特等席に案内してあげる。目の前であの女を痛めつけて、痛めつけて、泣いても絶対に許してあげない。苦しみ抜いたうえで、――処刑してあげるわ。……ふふ。ふふふふ。ふふふふふふ」
ロナウドはこの狂ったように笑う女を見上げた。
この女なら実際にやるだろう。どんなに残酷なことだろうと。この狂気を宿した女なら、ためらうこともなく本当にやるだろう。
絶対に。この命に替えても彼女を守らねばならない。愛するセシルを、何があろうと、守り抜く!
――そのためにも脱出する方法を探すんだ。それが無理なら……。
そうロナウドが決意をした瞬間、ライラの魔法によってロナウドは意識を失った。
くずれ落ちたロナウドを見て、ライラが騎士たちに命令する。
「地下牢へ入れなさい。……いいこと? 絶対に死なせてはダメよ。死なせたら貴方たちを処刑するからね。五体満足のままであの女の前に連れ出してやるんだから」
騎士たちは緊張した面持ちで「はっ」と一斉に返事をした。
◇◇◇◇
そのころ、王国の西部州総督府では、戦火が夜の空を赤く照らしていた。
反乱である。
その様子を街の外の小高い丘から見ている男女がいた。魔王アキラとフリージアである。
元キプロシア家の宮殿だった総督府に、多くの民衆が流れ込んで行っている。
フリージアの表情が痛ましげに歪む。アキラがその華奢な肩を抱き寄せた。
「悪い。なるべく建物は壊すなって指示はしていたんだが……。さすがにあの女の息がかかっているところへの襲撃は、止められなかったみたいだ」
「いいえ。仕方がありませんわ。これほどまでの民衆の怒りです。止められるものでもないでしょう」
「……すまん」
「それに本来は、私も罰を受けるべきなのです。私の家が、王国からの指示で税を増やしたことも……。父のところに嘆願に来た地方領主も、……いたのですから」
つぶやくようなフリージアの自責の言葉が終わる前に、アキラがフリージアの肩をつかんで強引に向かい合せた。
「フリージア。お前のせいじゃない。それはあそこにいる連中が一番わかっているさ。……元キプロシア家家臣団に、迫害を受けていた亜人や魔人種たちが」
「ですが……」
「それでも自分の責任だというなら立ち上がればいい。王国に立ち向かえ」
目を伏せたフリージアは、もそもそと口を動かしている。
「――すか?」
よく聞き取れなかったアキラが耳を澄ませると、フリージアはがばっと顔を上げた。その目には、何かを決意したような強い意志が宿っている。
「一緒に来てくれますか? 私に力を貸してくださいますか?」
アキラは即座にうなずいた。
「……当たり前だ」
フリージアはうなずくと、右手を胸元に当てた。
「それならば、私は喜んで貴方のもとへ嫁ぎます。そのかわりに国民を――」「それは断る!」
強いアキラの言葉に、フリージアは戸惑いつつも悲しげな表情を浮かべた。
やはり自分の身一つでは国民を救うには足りないと思ったのだろう。
しかし、アキラはフリージアの肩に右手を置いた。
「力は貸す。だがな、そんな風にお前を縛りたくない。俺は――」
そう言うとゆっくりと右手を離して、人差し指をフリージアのおでこにあてた。
「おまえが好きなんだ。だからお前が俺に惚れるまで待っているさ」
アキラの言葉をフリージアはぽーっとした表情で聞いていた。アキラは気恥ずかしくなったのかコホンと咳払いをして、フリージアの手を取って歩き始める。
「さ、さあ、俺たちも行こう。どこかで争いを止めないと際限なく広がっちまう」
手を引かれながら、フリージアはうれしそうに、
「はい!」
と返事をしてついていった。
この日、マナス王国西部州は魔王の支配下に入ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます