追放されたのに、今さら聖女なんてお断りです!

夜野うさぎ

第1話 OP 入り江

 世の中には理不尽なことが多すぎる。

 けれど私は信じたい。まっすぐに一生懸命に生きていれば幸せになれるって――。



 真夏の夜の入り江。


 空には星々が輝き、あたりには打ち寄せる波の音が響いている。

 熱帯の夜特有のあつさも、そよぐ海風にいくぶんかやわらいでいる。

 少し離れた小高い丘では、男女2人の冒険者が木の後ろから入り江の様子をうかがっていた。


 いくつもの天幕が並んでいて、どこかの調査隊の前線基地のようにも見えるがそうではない。掲げられたドクロの旗、時おり見える荒くれ者の姿。……ここは海賊基地だ。それもかなり規模の大きな。


「ロナウド?」

「ああ。わかってるさ。セシル。……60人ほどってところか」

「それに、どうやらお仕事から戻ってきたみたいよ」


 セシルの指摘に、ロナウドと呼ばれた男が沖合を見た。

 つややかな漆黒の髪がゆるやかな海風になびき、きりっとした眉の下で瞳がまるで星のように輝いている。その澄んだ瞳には近づいてくる海賊船が写っていた。


「どうやられいがいたようだな」


 船の甲板には、1人の女性が入れられているおりが見える。残念ながらここからでは容姿まで確認できないが、個人用の檻ということは特別な奴隷なのかもしれない。

 沖合の船を見て、留守番をしていた海賊たちが歓声を上げながら浜辺に集まっていった。


「……セシル」「わかってるって」

 2人は互いに目配せをして分かれて林に入っていった。



 木々の間をセシルは、音を立てないように静かに歩いている。

 夜とはいえどもお気に入りの白い魔法のケープは目立ってしまうが、今は闇魔法「暗黒ダークネス」で周りを覆っているから大丈夫だろう。


 どうやら海賊たちは、かなり興奮しているようだ。


「おお! すっげえ上玉だ!」

「馬鹿野郎。お前ら手を出すんじゃねえぞ!」

「ちぇ! お頭、俺たちにもおこぼれくれよ」

「馬鹿野郎。こいつは商品だ。お前らに預けたら壊しちまうだろうが!」

「そんなことを言って、また1人だけ楽しむつもりなんだろ?」

「お宝はたんまりあるから、そっちで我慢しろ。きちんと商談がまとまったら娼館を借り切ってやるから」

「さすがはお頭だ! そりゃいいぜ!」


 檻から出された女性がセシルの目の前を連れて行かれる。10代後半、セシルより3、4才くらい年下のようだ。……あの髪、あの顔。血の気の失せた表情ではあるものの、どこかで会ったことがあるような気がする。

 でもそんなわけはないか。あの国・・・の知り合いがこんなところにいるはずがない。


「さあ、お仕置きの時間よ」


 手にしている宝杖クレア―レに魔力を込めると、先端の青い宝玉がかすかに光る。腰のポーチのフタを開けると、そこから沢山の小さな魔力球が飛び出して、セシルの周囲に浮かんだ。

 ケープにい込まれた銀色の糸にうっすらと光が走り、足元に白い魔方陣が現れる。バシュンッと空に打ち上がったセシルは、そのまま風魔法を帯びて空に浮かんでいた。

 周りに漂う魔力球は、1つ1つが濃密な魔力のかたまりだ。普段から余分な魔力を利用して作り、ストックしている。

 これこそ、セシル独自の魔法術、魔力球方陣魔法スフィアラ・パンノ・マギアだ。


「詠唱は……、適当でいいかな。ど派手に行こう! 燃え上がれ。――フレイム・キャノン! 打ちのめせ。クリスタル・ダスト!」


 魔力球がぐるぐると動いて2つの魔方陣を夜空に描き出される。

 その片方から巨大な火球がゴウッと飛んでいった。天幕に着弾した火球はすぐさま炎の竜巻となって周囲の天幕を巻き込んでいく。

 海賊が次々に飛び出してきたところを、もう一つの巨大な魔方陣から放たれた、鋭い氷の弾丸が降りそそいでいく。


「な、なん……。ぐわあ!」


 セシルはもんの声を上げる海賊たちを尻目に、一番大きな天幕めがけてスーッと降下していく。

 何人かの海賊がセシルめがけて矢を放とうとするが、今度はそこへロナウドが突っ込んでいく。剣の閃光が走るたびに血しぶきが舞った。


 一方、着地したセシルはそのまま天幕の中に飛び込んだ。


「ほう。外が騒がしいと思ったら、こいつのお友だちか? こりゃあ一緒に楽しめ――おぶわぁ!」

 最後まで聞くことなく、セシルが魔力球を弾丸のように放つと、親分は天幕を突き抜けて吹っ飛んでいく。


 女性の顔を近くで見たセシルは、思わず表情をこわばらせた。


 この子。やっぱり――、

「フリージア?」


 女性が驚いてセシルの顔を見上げる。

「え? なぜ私の名前を……。そのお顔は! ま、まさかセシリア様?」

「……人違いよ。私はセシル。セシリアじゃないわ」



 セシルがフリージアを連れて広場に戻ると、ちょうど最後の海賊をロナウドが切り捨てたところだった。


「ひっ!」

 せいさんな光景にフリージアが腰を抜かす。


 それも当然だ。海風があるとはいえ、あたりには血の臭いが立ちこめている。彼女のスカートに染みがじわじわと広がっているのは指摘しない方がいいだろう。


 血のりをぬぐったロナウドが振り向いて、

「海賊の親分は?」

「あ! 吹っ飛ばしちゃった!」

「おいおい。それじゃ逃げちゃうじゃないか」

「わかってる! すぐ探してくるよ!」


 セシルはクレアーレで地面をトンッと突いた。足元に魔方陣が表れ、渦巻く風に身を任せながら空へと浮き上がっていく。


 呆れ顔のロナウドに上からテヘッと笑いかけ、行ってくる――と言いかけたときに、突然、近くで何かが爆発した。巨大な火球が飛んできて、セシルの魔法結界に当たったのだ。


「きゃあぁ!」


 さすがに直撃を受けたセシルは砂浜に落下した。


 ロナウドがセシルを守るように飛びだして、火球が飛んできた方を向いて剣を構えた。

 木々を押しのけながらやってきたのは、ランドドラゴンに騎乗した海賊の親分だ。

 血走った目で三人をにらみつけ、

「貴様ら……、楽に死ねると思うなよ」


 そう言うと、ランドドラゴンの口が赤く光った。


「ブレスだわ!」


 セシルはそう叫ぶとフリージアを抱えて横に飛びずさっった。ロナウドは反対側だ。

 2手に別れたその間を、炎のブレスが通り過ぎていく。


 そのままセシルは、フリージアを抱えたままで空に飛び上がる。

「ひ、ひえぇぇぇ!」

「大丈夫。このまま離れるわよ!」


 自由自在に空を駆けるセシルを追いかけるように、ブレスが幾度も放たれる。しかし、セシルは余裕の表情でそれをかわし続けている。


「いやあぁぁぁ。死ぬうぅぅぅ!」

「ロナウド! さっさとやっちゃって!」



 ロナウドはランドドラゴンの前に半身になって立ち、小さく「了解」とつぶやいた。

 海賊の親分がドラゴンに「踏みつぶしてしまえ!」と命じると、ドラゴンはロナウドに向き直って突撃していった。


「さてと俺のお姫様の命令だ。……じいちゃん直伝、ドラゴン斬り!」


 ロナウドが一瞬でドラゴンのそばを駆け抜ける。「終わりだ」


 目の光を失ったランドドラゴンの身体に、光の線がピシッと走って胴体が輪切りになって慣性のままに転がっていく。


「ば、馬鹿なあぁぁ!」

 親分はゴロゴロと転がりながら、そのまま鉄の檻に入っていった。


 ガシャン。


「はい。捕獲完了!」

 セシルが鍵を掛けて手をぱんぱんと打ち鳴らした。「そのまま眠りなさい。強制スリープ!」

 その途端、親分は電池が切れたようにガクッと崩れ落ちた。



◇◇◇◇

 砂浜で、3人がたき火を囲んでいる。

 焼きドラゴンの串をあぶりながら、ロナウドとセシルはフリージアの話を聞いていた。


「私はフリージア・キプロシア。……マナス王国西部州の総督の娘です」


 マナス王国といえば、このローラン王国から海を西に渡ったところにある大国である。

 その西部州総督といえば王国の3分の1を実質支配している立場だ。……なぜ総督の娘であるフリージアが奴隷なんかになっているのか。


 フリージアは両手でコップを持ち、じぃっと揺れる炎を見ている。やがてぽつりぽつりと語りはじめた。


「突然、キプロシア家の宮殿が王国軍の急襲を受けました――」


 そして、なすすべもなくキプロシア家の騎士団は壊滅。フリージアも捕らえられ、指揮を執っていた王太子アランとその妃ライラの前に連れて行かれた。そこではすでに、父リッケルトがアランに剣を突きつけられていた。


 ライラがリッケルトを糾弾する。

 小麦と塩の流通量を故意に制限している。とある商会を隠れみのにして違法な麻薬を流通させている、等々――。


 まったく覚えのない父リッケルトは王国に異議申し立てをすると叫んだ。


 しかしライラは冷たく笑うと、すでに総督解任、背信行為により処刑が確定していると告げた。

 フリージアはその場で奴隷の首輪をはめられて運び出されたために、その後のことはわからない。しかし、馬車の中で聞くところによると、その場で父や母、兄弟たちは殺されてしまったそうだ。


 泣き崩れるフリージアだったが、後任の総督としてライラの義兄バラス・マルグリットが就任したと聞き、キプロシア家の滅亡がバラスを総督にするための陰謀だったと教えられた。

 あまりの非道。許せないと思ったが、すでに奴隷として国外追放となることが決定していたフリージアにはなすすべもなかった。


「商品として丁寧に扱われ、暴行されることもなかったのですが……」

 そうして、国外への輸送中に海賊の襲撃を受けたらしい。とすれば、ちょうどセシルたちが依頼でやってきたのは、フリージアにとって幸いだったといえるだろう。


 コップを持ったセシルの手が怒りで白くなっている。

 がばっと立ち上がったセシルはフリージアの前に行くと、首にはめられたれいぞくの首輪に触る。


「な、なにを……」

と言いかけているのを無視して、セシルは指先から針のように細くした魔力を首輪に流し込んでいく。

 突然、ガチャンと音がして首輪が2つに割れた。

「え? なんで? これって」

 フリージアは驚いて、砂浜に落ちた首輪を見ている。


「許せない。絶対に許せない。……だからぶっ壊してあげたわ」


 フリージアはまだ驚いている。

 それもそうだ。隷属の首輪はそれに対応する特殊な鍵でしか取り外すことができないのだ。こんなにあっさりと破壊できたなんて今まで聞いたことがない。


 しかし、セシルは平然と自分の席に戻る。

「帰ったら知り合いの修道院に連れて行くから、やりたいことが見つかるまではゆっくりするといいわ」

「修道院……。そうですね」

「たくさん孤児がいるから悲しんでいる暇なんかないわよ。……まあ、本当は一緒にいてあげられるといいんだけど、依頼で危険なところへいくことも多いからねぇ。あ、でも、身分がないと危ないから冒険者には登録してもらうわ」

「はい。わかりました」


 素直に返事をするフリージアに、セシルは何かを思いついたように微笑みかけた。

「もしロナウドがセクハラしたら遠慮なくいってちょうだい」

「俺はそんなことしない!」

「はいはい。わかってますよ。ロケットペンダントの君がいるんでしょ?」

「……まあな」


 2人のやりとりを、フリージアが不思議そうな目で見た。親密そうな二人ではあるけれど……。

 けれどもフリージアが二人に何かを問いかけることはなかった。


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