第6話 SU 生きていく覚悟
セシリアはクリス商会の船の客室にいた。
広めの客室で大きなベッドと小さな窓があり、その窓辺にはここまでついてきたあの小鳥がいる。
夕闇が迫る時刻で、部屋には魔導具のランプがぼんやりと光っていた。
ドアに頼りないカギをかけてビクビクしながら様子をうかがっていたが、どうやら昼間から襲われることはなさそうだ。
しかし、2人でも寝られそうなサイズのベッドを直視することができずに窓辺のイスに座り、遠ざかっていく王国をじっと見つめていた。
斜陽の郷愁を誘うような光のなか、離れていく故国。
もう二度と戻ることはできない。……二度と目にすることはできない。
――さようなら。お父さま。お母さま。そして、マナス王国。
ゆっくりと揺れる船に、広大な海を自分がさまよっているような気がする。
孤独で胸が押しつぶされそうだ。
窓の外では空が次第に暗くなっていく。
その後に来るのは夜。その
突然ノックの音がして、セシリアは
「失礼」という穏やかな声に黙っているわけにもいかず、恐る恐るドアを開けるとそこには船長が立っていた。
中に入ってきた船長はセシリアにイスを勧める。
「どうやら無事に出港できたようですな。セシリア様」
そう言って笑顔を見せる船長に、
「……私はこの先どうなるのでしょうか? このベッド。やはりそういうことなのですね?」
と警戒しながらたずねると、船長があわてて首を横に振った。
「とんでもない! 我らクリス商会は貴女のお母さまに大恩がございます。そのメアリー様から、セシリア様を無事に出国させて安全な町へお連れするように命じられております。
……ここまでくればもう安全です。メアリー様からご依頼の荷物を預かっておりますので、すぐにでも持ってこさせましょう」
その言葉のとおり、二人の船員がトランクを持ってきた。
「メアリー様から御指示のあった荷物です。食事の時間になりましたらまたご連絡しますので、それまでどうぞごゆっくり」
船長たちが出て行った後、セシリアはドアのそばまで行って耳をそばだてた。
ドアの向こうから船長の声が聞こえる。
「――いいか! ここのお嬢さまは大事なお客さまだ。
「ヤー!」
本当にここは安全なのだろうか?
いまだに半信半疑のセシリアだったが、トランクを開けるとそこには庶民の女性が着るような木綿の服などが入っていた。
思わず目頭が熱くなる。……ああ、母がまだ私を守ってくれていたのね。
小鳥がトランクの
「え? なにこのポーチは?」
中を開けると、そこには亜空間への入り口が開いている。空間魔法を利用した保管用の魔導具で、いにしえの聖女が持っていたという伝説の品だ。
恐る恐る手を入れると、不思議と中に収納されているものが頭に浮かんできた。宝杖クレアーレ、『諸国探訪記』、たくさんの宝石に、少しばかりの食料と水……。
気がつくとセシリアは『諸国探訪記』を取り出していた。古びた日記のようだが、これはいったい?
ポーチの口を閉じて本を開くと、表紙裏に所持者のサインが書いてあった。
ライナード? ……勇者ライナードの日記?
驚いていると、本のすき間から一通の手紙がはらりと出てきた。その差出人の文字を見て胸が一杯になる。そこには、メアリー・スタンフォードと書いてあった。
「お母さま……」
そっと文字を指先で
――愛する娘、セシリアへ
あなたの処遇に悲しみを覚えずにはいられません。ですが、まずは無事に貴女を救うのが先決です。
クリス商会は、かつて私の祖父の代から支援している商会です。とはいえ、表だって貴女を援助させるわけにはいきませんので、貴女を安全な町へ連れて行くことのみお願いしてあります。
港まで貴女を運んだ騎士隊長も、その船の船長も私の知る人物です。今は、安心して彼らに任せなさい。
それからそばに黄色い小鳥がいるでしょう。……私が契約している光の精霊の小鳥です。行き先は私も知りませんが、落ち着いたら手紙をその鳥に渡しなさい。
精霊から小さなポーチバッグを渡されたことと思います。魔法のポーチですが、中に入っている物が貴女のこれからに役立つでしょう。私の実家に代々伝わる品々、始祖である勇者ライナード様と聖女マリア様の遺品です。
どうやらグレイと私は領地に隠居することになるようです。手の届かないところに貴女がいってしまう。しかも守ってあげられないことに胸が痛みます。だけど、生きなさい。強く、強く。どんなことになろうと、私たちは貴女を愛しています。
貴女の行く先に光の神の加護がありますように。
――――――
――――
――
涙がぽたりぽたりと手紙にこぼれ落ちる。
「お母さま……。私のために……」
その肩に光の精霊の小鳥がとまる。まるで慰めるようにセシリアの顔をのぞき込んでいた。
「あなたも私を見守ってくれていたのね。ありがとう」
セシリアはようやく
「そうね。これからは強く生きていかないと。お父さまとお母さまに心配をかけないように」
そう言ったセシリアはトランクからナイフを取り出し、自らの髪を無造作に肩口で切った。
ふぁさと舞い散る髪を見て両の
もう嘆くのは終わり。
何があっても、たとえどんな理不尽な目にあっても、……絶対に最後まで生き抜く。
自分を信じてくれた父や母に胸を張れるように。
「セシリアはもういない。今、この瞬間から私はセシル。ただのセシルよ!」
顔を上げたセシルの目には強い意志が宿っていた。
しかしその日の夜。海を進む船の周りに不気味な影が近づいていたのだった。
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