片岡力『「仮面ライダー響鬼」の事情 ドキュメント ヒーローはどう<設定>されたのか』
片岡力『「仮面ライダー響鬼」の事情 ドキュメント ヒーローはどう<設定>されたのか』(五月書房)
「仮面ライダー響鬼」はテレビ朝日系で2005年1月30日から2006年1月22日まで放送された特撮ヒーロー番組(全48話)。本書では2004年2月下旬の新番組企画スタートから第1・2話の準備稿・改定稿が上がるまでの約10ヶ月、文芸チームでどのようなディスカッションが行なわれ、新ヒーローが形作られていったか、文芸チームに所属した著者の視点で叙述されている。
通常、一般の視聴者にとっては完成品である実際に放映された番組が全てだ。制作の舞台裏が詳細に公開されることはまずなく、雑誌やムック本の関係者インタビューや各種資料などで垣間見える程度だ。
本書は主に文芸面でどのような作業が行なわれていたのか明らかにしたもの(※ただし、東映でも一般的なやり方ではないとのこと)。一口に「文芸」といっても会社によって職掌の範囲は様々であり、響鬼の文芸チームでは新番組のコンセプト立案から各種設定の策定、プロット案の提出、年度を通じた構想など「シリーズ構成」と被る機能も果たしている。
新番組の叩き台となる様々なアイデアが(そのまま採用には至らずとも)どういう意図を持って出されたか、その一連の流れ、思索の過程が公開されている点に特徴があり、インタビュー集とはまた異なる魅力がある。ボツ案の提出意図まで詳述されていて、類書は無いかもしれない。
……という訳で、特撮ファンにとっては貴重な証言集でもあるのだけど、個人的にはそれ以上の意義があった。僕の目には著者の片岡氏は優秀・有能なデータマンとして映るのだ。
「データマン」は和製英語で、
データマン
〔和 data+man〕
作家や週刊誌の編集者などの依頼に応じて資料・情報を集める人。(大辞林 第三版)
データ‐マン
〔(和)data+man〕
週刊誌の編集などで、アンカーが執筆する前に取材し、資料を集めて原稿の材料を提供する記者。(デジタル大辞泉)
とある。フィクションの場合、ネタを探すだけでなくプロット案提出もあり得る。
データマンと書くと「データマンではない」と言われるかもしれない。謂わばヒューマン・データベースで、プロデューサーの求めに応じて(採用されるか否かは別として)叩き台となりうる有意有用な回答を即座に引き出せる人材なのだ。
『「仮面ライダー響鬼」の事情』(以下「響鬼の事情」と略)を読んで驚かされるのが、新番組の企画スタートから放送開始までわずか一年ほどしかないことだ。通常なら数年かけるところをわずか一年あまりでやってしまう圧縮されたプロセスで、レスポンスの良さと精度の高さを両立させないと仕事として成り立たない。
ドラマとしての響鬼のコンセプトは「ジュブナイル×バディもの」だろう。この核となるコンセプトが提示、採用されて以降、初めは叩き台に過ぎなかったプロット案がグンと魅力を増していく。
著者の強みとして「NHK少年シリーズ」や「NHK連続人形劇」が引き出しにあることが挙げられる。ウルトラシリーズ第一期のファンであった世代は成長するにつれて第二期シリーズの作風が合わなくなっていった。センス・オブ・ワンダーへの飢餓感を埋めたのが「NHK少年シリーズ」だったとのこと。
特撮系ライターである著者の詳細なプロフィールは公開されていない。文化人類学や民俗学の知見がさり気なく織り込まれていて、おそらく大学では人文科学系の学問を専攻したのではないかと推測できるが、それだけに留まらず、映画、スポーツ、自然科学など幅広いジャンルからアイデアを拾ってきている。
本書では極力客観的な視点で描くよう努めているけれど、持論への固執も若干感じさせる(無論、そうするだけの理論武装はしている訳だが)。途中から大石真司が文芸チームに参加する(※「クウガ」「響鬼」では脚本家としてクレジット)。大石氏自身、特撮番組のヒューマン・データベース、生き字引的な存在でもあるが、設定考証を上手く「トボケる」ことで閉塞感を打開、「番組全体のパッケージ感」が強まっていく。これ以降は大石氏に主導権が移った様に見える。
結局、著者は途中(※1・2話の準備稿・改定稿とマスコミ向けの撮影会まで)で「響鬼」文芸チームから外されてしまうのだけど、番組中盤でのプロデューサー降板とそれに伴う文芸チームの一新からは距離を置くことができ、本書の執筆にあたっては結果的に良かったとも思える。
読み終えての個人的な感想だが、これまで自分の中でバラバラにしか存在しなかった関心事の幾つかが「データマン」というキーワードで紐付けされ、それまで単体では(何のためにその知識はあるのか自分でも分からず)無意味に思えたことが一気に意味を持ってきた様に感じる(※別に悟りを開いた訳ではないし、一銭にもならない)。
インターネットの発達で個々人の頭脳を離れて巨大なデータベースが外部記憶として確立された(※信憑性の問題があるため、図書館で文献・資料を探すことも従来通り意義がある)。だが、やはり自分の中にデータベースが確立されていなければ外部記憶も十分に使いこなすことができない。
そして「一度忘れることで記憶を断片化、無駄な情報を除去した上で再読・再視聴して記憶を強化・再構築するプロセス」が肝要ではないかと考えはじめた。そういう意味で読みはじめる前は全く予期していなかったのだけど(まさか、本来はキッズ向けの特撮番組を取り上げた本でこれまでぼんやりと考えていたことが一つにまとまるとは)、特別な一冊となった。
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