山川悟「事例でわかる物語マーケティング」

山川悟「事例でわかる物語マーケティング」(日本能率協会マネジメントセンター)を読み終える。マーケティングに物語論を導入する手法である。定量的ではなく定性的な分析となる。そういう意味ではポストモダンのマーケティング手法である。


ここでいう物語は純文学のようなものではなく、娯楽作品を想定している。本著中の表現でいくと、「越境」→「危機」→「成長」→「勝利」という図式を持つ作品群である。起承転結みたいなものであるが、それよりもエンタメ志向で具体的である。おそらくハリウッドのメソッドを参考にしているのだろう。


越境:自分もしくは世界のアンバランスを正常化するため、新たな世界、新たな状況に越境する。


危機:しかし主人公は越境先の世界で敵対者に叩きのめされ、どん底を味わう。


成長:そんなとき図らずも協力者となるパートナーと巡り合う。協力者と出会うことで主人公は成長していく。


勝利:成長した主人公は敵対者に立ち向かい、最終的に勝利を収める。この勝利で世界は正常化される。


……といった風である。極端な例を言うと、「穴に落ちた主人公がそこから這い上がるまで」が物語と要約できるだろうか。本書に載っている訳ではないが、ハリウッドでは二行ログラインといって、面白い話は二~三行で要約できるとしている。


主人公だけの分析に留まらず、敵対者や協力者の分析も行われる。その際、ユングの原型(アーキタイプ)が援用されることとなる。


事例としてはサントリーの緑茶飲料「伊右衛門」などを挙げている。本木雅弘演じる頑固一徹な職人と、かれを支える妻として宮沢りえが登場する内容となっている。伊右衛門はサントリーの緑茶部門の売上げの救世主となったとのことで、ここにも物語性が認められる。


物語形式だと親しみやすい、(文脈に沿って)理解しやすい。(文脈として)記憶しやすいというメリットが挙げられる。たとえばブログの記事など消費者サイドが書くものについても、物語性があった方が望ましいようである(※商品を買ったことでライフスタイルがどう変わったか等)。独自のキャラクターを付与して、そのキャラにまつわる物語を創造することなども行われている。


なお、ロシアのプロップの昔話に関する分析を紹介しているが、プロップが分析したのはロシアの昔話の内、魔法昔話に限られる。その点、全ての昔話に適用可能という訳ではないので注意が必要である。


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これとは異なる物語マーケティングが大塚英志「物語消費論改」(アスキー新書)に記されている。80年代に流行った「ビックリマンチョコ」を事例としたもの。ビックリマンチョコは1個30円のチョコレートであるが、シールが添付されていて、そのシールにはビックリマンの神話体系とでもいえる壮大な世界の断片が記載されている。シールはランダムで770枚以上に及ぶ。子供たちはこのシールを目当てにしてビックリマンの世界を楽しんでいたというもの。後にコミック化、アニメ化もされている。


ポストモダンの言説だが、まず最初に<大きな物語>を設定して世界観を形づくる。そしてその断片をチラ見せしていくことで、消費者側が情報にアクセス、物語を紡いでいくというもの。


ビックリマンもシール目当てで、チョコレートを子供たちが捨ててしまったこと(ロッテは食品メーカーであり、食品流通のルートに載せられていた)や射幸心を煽るということで問題視されて、ブームはやがて下火になったとされている。


開発者は元々ロッテの法務部門に勤めていたが、開発部門に異動、ビックリマンの世界を生み出したとされる。子供の頃から仏教説話に親しんでいたとのこと。

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