第3話「世界樹の神皇」

 人類同盟じんるいどうめい加盟国の、ほぼ全ての空軍と海軍を結集させた大艦隊……対流圏迎撃艦隊ストラトスフリート。その旗艦フラッグシップである超弩級双胴空中空母ちょうどきゅうそうどうくうちゅうくうぼラングレーに、摺木統矢スルギトウヤはいた。着艦後すぐ、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさ刑部志郎提督オサカベシロウていとくとブリッジへ行ってしまった。

 統矢に、飛行甲板を占拠する仮設ドックへ向かうよう言い残して。

 それで今、彼は薄暗い中でひんやりとした冷気に包まれていた。


「……なにを、造ってるんだ? デカいな」


 仮設ドックの中は冷却されているのか、とても寒い。吐く息を白く煙らせながら、統矢は暗がりの中を歩く。あちこちで照明がともり、その周囲では作業用のトーチがまたたいている。 だが、なにを造っているのかは、見えない。

 統矢の目の前には、白亜に輝く巨大な構造物が鎮座している。

 全体像が見えないのは、周囲が暗いのと、無数に足場やキャットウォークが組まれて入り組んでいるためだ。だが、その中ではっきりと見えるものに、統矢は思わず声をあげる。


「あっ! お、俺の【氷蓮ひょうれん】だ! 勝手に持ち出してきて、なにを……!」


 高い天井のクレーンが、見慣れた機体をゆっくりと運んでいた。

 それは、ワイヤーで固定された統矢の97式【氷蓮】セカンド・リペアだ。僅かなライトの明かりに、紫炎色フレアパープルにオレンジのスキンタービンを巻かれた姿が移動してゆく。動力部が動いていないので、物言わぬ巨人は両腕両脚をぶら下げたまま、背中から吊るされていた。

 急いで統矢は、壁に沿って続く通路を走る。

 すれ違う技官たちが、この場にそぐわぬブレザー姿の男子高校生を振り返った。

 【氷蓮】は、丁度ドックの中央辺りまで来て、ゆっくり降ろされる。

 その一角だけが強い明かりで照らされ、より一層奇妙な構造を浮かび上がらせていた。


「……【氷蓮】を、乗せるのか? なんだこれ……戦艦、じゃない。こいつは、なんだ!?」


 安全確認を行う作業員たちの声と共に、【氷蓮】が降ろされる。

 吊るされたままの【氷蓮】は、外からのオートでゆっくりとあるべき場所に収まる。そう、収まった……まるでそこに【氷蓮】を収めるのが当然のように、白い巨体の一部がジョイントになっていた。

 さながら、フルカウルのレーサーバイクにまたがるような状態だ。

 【氷蓮】はうつ伏せに身を沈めるようにして、ほぼ完全に埋まってしまう。

 それを見て呆気にとられていた統矢を、背後で聴き慣れた声が呼んだ。


「御苦労であるな、摺木統矢! よく来てくれた、早速この機体についてレクチャーする。時間がないのである、脳味噌のうみそに叩き込むのでついてきたまえ!」


 振り向くとそこには、眼鏡をかけた小さな男の子が立っていた。サイズの合っていない白衣はヨレヨレで、それを構わず引きずって近付いてくる。

 海軍PMR戦術実験小隊かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい、通称フェンリル小隊の技術顧問……八十島彌助特務二尉ヤソジマヤスケとくむにいだ。

 パンツァー・モータロイドの権威としても有名だが、実際に会う人間は面食らうだろう。秘匿機関ひとくきかんウロボロスのメンバーでもあり、刹那と同様にその姿は十に満たない子供なのだ。

 だが、彌助は幼い顔立ちに似合わぬ笑みで唇を歪める。

 統矢はあらためて、【氷蓮】を飲み込んでしまった巨体を見下ろす。


「これが……機体だって? こいつがか?」

「そう! これぞ、我々人類の切り札……全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい。人類同盟ではユグドラシル・システムと呼んでいる。コードネームは……【樹雷皇じゅらいおう】」

「【樹雷皇】……?」

「現時点で、今回の人類が建造可能な最強の機動兵器だ。こんな巨体になってしまったがね。おおそうだ、彼女にも挨拶してきたまえ。そら、そこの八番ケーブルだ」


 彌助は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、顎で近場をしゃくる。その先には、頭上を行き交う無数のケーブルの一つから、小さなゴンドラがぶら下がっていた。どうやらあれに乗れば、先程【氷蓮】を搭載した場所へ行けるらしい。

 しかし、彼女とは?

 その問いに彌助は答えてくれない。

 遠くで「八十島特務二尉! こっちを見ていただけますか!」と声があがる。

 すぐに彌助は、小さな体で転がるように駆けていってしまった。

 その小さな背中を見送り、やれやれと統矢はゴンドラに乗る。

 宙へと滑り出した揺れの中で、彼は改めて仮設ドックの中を見渡した。四方から機械音が火花を歌って、新品の素材特有の無機質な臭いが漂っている。見下ろせば、アチコチに赤いコーションマーキングがうっすらと見て取れた。

 薄闇の中、近付く純白の【樹雷皇】は、全く全貌が見えない。

 ゴンドラが【氷蓮】の横で停止すると、統矢は初めて人類の切り札に降り立つ。


「それにしても、でかいな……まさか、これを俺が【氷蓮】で動かすのか?」


 改めて周囲を見渡すと、感嘆の溜息が零れる。

 中央に載せられた【氷蓮】は、さながらコントロールユニットだ。そして、その紫の機体を挟むように、左右には巨大なブースターと一体化したコンテナが並んでいる。どうやら垂直発射セルのようで、中身はこの大きさだと大陸間弾道弾ICBMだろうか?

 眺めて見上げるだけで、首が痛くなってくる。

 だが、統矢が巡らせる視線は最後に、開けっ放しになってるハッチを見つけた。

 それは丁度、【氷蓮】がバイクにまたがってるとすれば、燃料タンクに当たる部分にある。【氷蓮】のコクピットの真下に、明かりが漏れ出るハッチから歌声が聴こえていた。

 聞き覚えのある声音に、統矢は手近なはしごを登ってハッチに近付く。

 中を覗き込むと、思いがけない再会が待っていた。


「……れんふぁ。更紗サラサれんふぁ! お前っ、どうしてここに!?」

「あたらしいー、かぜがーふーいてー♪ わらったーぁりー、ないーたりー、うたってみーたーりー♪ ……ほえ? とっ、ととと、統矢さん!?」

「あ、いや、驚かせてすまん。歌、続けてくれ」

「い、いえ……それは、いいんです。そのぉ」


 ハッチの下には、更紗れんふぁがいた。

 彼女は、360度オールビューのモニタに囲まれた球形コクピットで、座席を囲む三面キーボードを叩いていた。作業しながら歌っていた彼女は、統矢を見上げて顔を真赤にする。

 間違いない、以前の廃都東京はいととうきょうの戦いで傷付き戦線離脱した、仲間のれんふぁだ。

 その表情はもう、統矢には幼馴染の少女に重ならない。

 全く同じ作り、ミリ単位で酷似していても……れんふぁは統矢にとって新たな仲間、共に戦う生きた人間だ。思い出になってしまった更紗りんなではないし、そのわりでもない。

 例え遺伝子レベルでりんなと繋がりが示唆しさされていても、れんふぁはれんふぁだった。


「あ、えと……今、この子の調整をしてました。わたしがいないと、この子は動けないので。でも、統矢さんが来てくれるなんて」

「俺も、れんふぁがいるなんて聞いてなかったさ。……それより、お前」

「あ、はい! こ、この子ですね……以前、【シンデレラ】の起動実験を行ったじゃないですか。その時からもう、造ってたらしくて。でも、結局【シンデレラ】の解析が上手く進まなくて」

「いや、そんなことより――」

「そ、そうですね! そんなことは今はいいですよね! えと、千雪さんは、皆さんは元気ですか? わたし、会いたいな……千雪さん、改型参号機かいがたさんごうきが壊れて落ち込んでるかもしれないし。統矢さんっ! 千雪さんのこと、よろしくお願いしますね! 慰めて、あげて、ください。……二人は、お似合いなんですから」

「え、あ、うーん。それはまあ、わからないけど。で、お前さ……」


 統矢はハッチの下を覗き込みつつ、目をらす。

 自然と頬が熱くて、赤面している自覚があったが止められない。

 摺木統矢とて男の子、酷く鈍いが思春期の男子高校生なのだ。


「れんふぁ……なんでまた、その服? 服じゃないよな、それもう……その格好」

「あっ! あ、あわわ、ここここ、これは……見ないでくださいっ!」


 れんふぁは、以前【シンデレラ】のデータを取った時と同様、水着のようなスーツを着ていた。否、水着よりも露出度が際どい、。かろうじて局部や胸の膨らみを隠しつつ、まるで全身を縛るようにれんふぁを紐が取り巻いている。

 白い肌にまるで呪いのあざのように、黒く細い生地が走っている。

 時々電気的な光が明滅するのは、恐らくなんらかのデータを収集しているのだろう。以前同様、スレンダーなれんふぁのスタイルを浮かび上がらせる紐スーツは、緑の光が走る中でほのかに光っていた。


「じっ、実は、この子……【樹雷皇】には、【シンデレラ】の技術が使われてて」

「ああ、それでか」

「ただ、八十島彌助特務二尉は、言ってました。【シンデレラ】の解析には時間がかかるって。だから……この子は、

「……マジかよ」

「【シンデレラ】の持つ無数のオーバーテクノロジーと、通常の常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターでは不可能な圧倒的高出力……それをそのまま飲み込む形で、この子は建造されたんです」


 つまり、【樹雷皇】の中には【シンデレラ】が入ってるのだ。ただ、動力部としてエネルギーを絞り出すために。そうすることでしか、今の人類は【シンデレラ】を使うことができない。解析し、同じ物を作るには時間がかかるらしいのだ。

 それでも、統矢は思い出す。

 まるで、地球人類に教材として与えられたかのような、技術の進歩をうながすかのような【シンデレラ】のことを。教訓に満ちた童話のような存在から、トリコロールの謎のPMRは【シンデレラ】と呼ばれていたのだ。

 しかし、今の人類には【シンデレラ】から学ぶ時間すら惜しい。

 あるものはあるままに使う、なりふり構っていられないのだ。

 そんなことを考えてると、もじもじとれんふぁが赤い顔を逸らす。


「あの……統矢さん。ちょっと……降りてきて、くれますか?」

「ん? ああ」

「そして……ハッチ、閉めてください」


 統矢は、通常のPMRよりは広いコクピットへとゆっくり降りる。頭上でハッチを閉めれば、れんふぁと二人きりだ。まだ完全に完成していないのか、【樹雷皇】の本体側のコクピットはよく見れば乱雑に散らかっている。そこかしこにケーブルやコードが剥き出しだ。完全な球形の密閉空間で、すぐ目の前にいるれんふぁが、恐るべき殺戮兵器を統べる女神のよう。

 統矢は自然と、膝をそろえて座るれんふぁをまたいで覆うような格好になってしまった。

 顔と顔とが近くて、うるんだ瞳でれんふぁが見上げてくる。

 何故か統矢は、ふくれっ面で唇を尖らせる五百雀千雪イオジャクチユキの姿が脳裏を過ぎった。


「統矢さん、あの……わたし、統矢さんに告白することがあるんです」

「こっ、告白ぅ!?」

「はい……このことは、皆さんに言わなきゃいけないこと、です、けど。でも……一番最初に、統矢さんと千雪さんに知って欲しいんです」

「お、おう……えっと、まあ、なんだ」

「今、ハッチを閉じると同時にコクピット内を完全に外から切り離しました。盗聴の恐れはありません。……ずっと、言いたかった。告白しないと、わたし……胸が潰れてしまいそうです」


 小ぶりな形良い胸に手を当て、れんふぁがうつむく。

 しかし、彼女は意を決したように統矢を見上げて、ゆっくりと喋り出した。


「わたし、あの時……東京で【シンデレラ】に乗って暴走しちゃった時。少し、ほんの少しだけ……

「それって!」

「はい……名前以外にもいくつか、思い出したことが、あって……ん、ぁう!」

「お、おい、れんふぁ!」


 れんふぁは苦しげに眉根を寄せて、頭を片手で抑える。

 恐らく、取り戻した記憶でさえ、引き出す時に痛みを伴うのだろう。

 統矢は見ていられなくて、自然と手を伸べれんふぁに触れた。そのままサラサラと柔らかな髪を撫でて、れんふぁの頭を胸に抱く。


「無理に喋らなくても、いい。それって多分……辛い記憶かもしれないんだろ?」

「……うん」

「話せるようになったらでいいさ」

「でも……千雪さんには、知って欲しい。私がこの場所にいるのは、千雪さんのおかげだから。そして、統矢さん……伝えなきゃ、いけないの。統矢さんは、統矢さんこそがわたしの――」


 その時だった。

 不意に周囲のモニタが外の風景に切り替わる。

 仮設ドックの音を拾うスピーカーが、耳障りなアラートを叫びだした。

 緊急事態を告げる放送に、外を行き交う技官たちが慌ただしくなる。

 統矢の胸に甘えていたれんふぁは、ビクリと身を震わせた。


「敵が、来たの? 統矢さん」

「ああ。こいつは、【樹雷皇】は」

「基本的には完成しているけど、細かな艤装ぎそうがまだ……現状で、六割くらい」

「なら、【氷蓮】で出る!」

「待って、統矢さん。敵は、メタトロンは天から……宇宙から来るの。飛べないPMRじゃ戦えない。……やっぱり、この子の力が必要なんだと思う。そして、この子を動かすかぎのわたしも」


 統矢から離れて、れんふぁは無理に笑ってみせた。

 その弱々しい笑みが、統矢の胸を締め付ける。

 人類が建造した狂気の徒花あだばな、パラレイドを駆逐殲滅するための戦略級兵器……れんふぁの生体データで駆動せし、終焉しゅうえんの世界をほのお浄戒じょうかいする堕天神ルシファー

 れんふぁが封鎖を解除したので、コクピット内を怒号と絶叫が包む。

 セラフ級パラレイド、メタトロンの襲来を知り、統矢は頭上のハッチを開け放つや飛び出す。這い出て見上げれば、すぐ目の前に【氷蓮】が待ち受けているのだった。

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