第11話「帰還、再会、大災難」
レイル・スルールの乗るセラフ級パラレイド、メタトロンは……撃ってはこなかった。
音速の何倍もの速度で
ハワイの巨大な軍港に辿り着いた時、ようやく統矢は緊張から解放される。
眼下には作業員たちがトレーラーを寄せてきながら行き交い、見知った顔も見えた。
先程からヘッドギアのインカムでは、忙しく声が
『れんふぁ、統矢を降ろすわよ! こっちも接続を解除するから』
『うん。お疲れ様、ラスカちゃん。あの、す、凄かったね。この子を、あんな簡単に振り回して』
『なにが? 普通よ、普通。統矢が甘っちょろいの』
『統矢さんも、頑張ってたけどぉ』
『知らないわよ。でも、このデカブツは気に入ったわ! ……これなら、パラレイドを全部ブッ潰せる! ……それより、れんふぁ。アンタ、大丈夫なの?』
『ほえ?』
『アタシは辰馬と交代で【樹雷皇】に改型を繋いでるけど、アンタずっと寝ずに乗りっぱなしじゃない! ちょっと統矢、聴いてる? 感謝しないさよ、れんふぁが必死で寝ずに探してくれてたんだから』
グラビティ・アンカーで鷲掴みにしていた統矢の【氷蓮】を、【樹雷皇】は静かに地面へと降ろした。
重力制御の影響で、ほとんど衝撃を感じない。
外からハッチが開かれ、軍人たちが
力なく自分で這い出て、炎天下の空を統矢は見上げた。
すぐ近くには【樹雷皇】が浮いていて、そこからラスカの89式【
それをぼんやり見ていた瞬間……不意になにかが統矢にぶつかった。
もの凄い勢いで、だれかが抱きついてきたのだ。
長く黒い髪が舞う中で、統矢は寝かされた【氷蓮】の上に押し倒された。
思わずその名を呟けば、南国の暑さを忘れる。
「……
「はい」
「ど、どうしたんだよ。お前、おいおい」
「おかえりなさい、統矢君」
もぞもぞと統矢の上で身を起こして、それでも馬乗りになったまま五百雀千雪が見下ろしていた。相変わらず端正な顔に表情は乏しく、
吸い込まれそうな千雪の眼差しに、思わず統矢は言葉を失う。
周囲では、アメリカ海軍の兵士たちが忙しそうに働き始めた。誰もが少年少女を振り返って笑うが、その笑みは侮蔑や冷やかしが感じられない。
奇跡の生還を果たした
統矢が呆気に取られていると、おずおずと千雪は僅かに頬を染める。
「あの、統矢君。はしたなくて申し訳ないんですが、その」
「じゅ、十分はしたないけどな、今も。降りろよ、重い」
「重い、ですか? ……重いんですか」
「あ、いや! そういう意味じゃない、けど!」
「では……抱き締めても、いいですか? 本当に、よく無事で」
「え? あ、おいっ!」
完全にマウントポジションのまま腹に
だが、千雪は構わず統矢の頭を抱き住めてきた。
豊満な胸の膨らみに埋まりながら、統矢は周囲のほがらかな笑みを聴く。
気付けば、仲間の
ハワイには
また【氷蓮】を壊したから、怒られるな。
ぼんやりとそんなことを考えつつ、統矢は千雪の香りと体温に包まれていた。
自然と頬が
不意に千雪の声が
「……統矢君?」
「ん? なんだよ、もういいだろ? 離れろって、みんな見てるし」
「統矢君、なにがあったんですか? ……なにか、あったんですよね」
「へ? な、なんだよ、なにもないって! なにも言ってないし!」
「知らない人の匂いがします。……女の子の匂いが」
「おっ、お前は犬かっ!」
ゆっくり離れた千雪は、馬乗りのまま統矢を見下ろしてくる。
太陽の下で【氷蓮】の装甲が熱を帯び始めていたが……統矢は背筋が凍りつくような感覚に震えた。千雪はいつもの無機質な無表情を、完全にフラットにしてしまった。全てを切り裂くようなカミソリの視線が統矢に突き刺さった。
「統矢君……誰ですか? 昨晩、誰と一緒だったんでしょうか」
「違う、レイルとはそういうのじゃない! 俺たちは遭難してたんだ!」
「レイルさん、という方なんですね? ……それで?」
「いや、なにもない。してない! 大変だったんだ、サバイバルだぞ! 必死だった!」
「そ・れ・で……?」
「……ハ、ハイ……その、洞窟で……二人で、一夜を」
千雪は無言で拳を手に包み、バキボキと鳴らし出す。
彼女は空手に柔道、そして柔術の有段者だ。
生還した側から、統矢は死を覚悟した。
だが、そんな千雪を止めてくれる声。
「千雪さんっ、駄目ですよぉ。統矢さん、そういう人じゃないですからっ!」
「れんふぁ、さん? いえ、私は別に……で、でも」
「他の人の匂いって、わかるんですかあ?」
「私と統矢君の仲ですから」
おいおいどんな仲だよと思ったが、改めて考えてみると耳たぶが熱い。
次の瞬間、れんふぁまで統矢の上で屈んで頬を寄せてくる。ドキリとしたが、れんふぁは子犬みたいに鼻を鳴らしたあと……頬を朱に染め千雪を振り向いた。
「千雪さん! なんか、知らない人の匂いがします!」
「と、いう訳です。統矢君、覚悟してください」
「わーっ、待て! 二人共、おかしいぞ! おかしいだろ!」
だが、れんふぁははわわと真っ赤になって
逆に千雪は、暗い目元で視線を凍らせている。
死ぬ、間違いなく殴り殺される。
そう思ったが、れんふぁは
「でっ、でも千雪さん。統矢さんも大変だったのかも。それと、ほら、ええと、あの! 統矢さんはそういう人じゃないんです」
いいぞ、れんふぁ。ありがとう、れんふぁ!
だが、何故か涙目になってるれんふぁを見て、千雪はポンと彼女の頭を撫でた。
しかし、マウントポジションを
そして、制服姿のまま自分に跨る千雪の、布越しの体温が浸透してくる。
「千雪さんっ! 統矢さんは、統矢さんは……そういう度胸なんかない人です!」
「おいっ、れんふぁ!」
「……確かに、そうですね」
「お前も納得するな、千雪!」
「ち、違った……ええと、そ、そう! そうです、統矢さんには甲斐性なんかないんです!」
「れんふぁ……いっそ殺してくれ」
「それは知ってます、れんふぁさん」
「千雪、お前……」
「と、とにかく、統矢さんはやらしいけど、やましいことはない筈なんです! なにか情事があったんです! ……間違った、事情があったんです。多分、きっと、恐らく」
れんふぁは盛大に
一晩一緒だったレイルの匂いなんて、自分の着衣には感じられない。
だが、壊れそうなほどに細いレイルの輪郭を覚えているような気がした。
そうしていると、ようやく千雪が立ち上がる。彼女は統矢を解放すると、抱きつくれんふぁの頭を撫でつつ……静かに統矢へと手を伸べてくる。
「とりあえず、詳しくは後ほどということで」
「お、おう……なにもないからな、言っとくけど」
千雪の手を取り、統矢は立ち上がった。
それは、機体の下で
「戻ったか、摺木統矢! フン、悪運の強い男だ……そうでなくてはな。貴様は貴重な戦力だ、つまらんことで死んだら殺すぞ? まあいい、このあとすぐに人類同盟軍の対策会議がある。だが……その前に、更紗れんふぁ!」
見下ろせば、そこには
そして、れんふぁはギュムと千雪の手を握る。
身を寄せてくるれんふぁを支えて励ますように、千雪も肩を抱き寄せていた。
れんふぁは
「統矢さん、千雪さん。そして、皆さんも……お話しなければいけないことがあります。わたし、少しですが……記憶が戻りました。だから、正直に真実を話さなきゃって」
刹那はフンと鼻を鳴らした。フェンリル小隊のメンバーを集めて、部屋が用意してあると言い放つ。ついてこいと言わんばかりに歩き出す彼女を追って、統矢は【氷蓮】から飛び降りた。
すぐに作業員たちが、瑠璃と一緒に【氷蓮】をトレーラーに乗せ始めた。
統矢が振り向けば、千雪とれんふぁが手に手を取って降りてくる。
れんふぁはいつも、千雪にべったりだ。
千雪が一番親身で親切で、そして彼女の初めての友達、親友だからだ。
だが、れんふぁの口から語られる真実が教えてくれることになる。
彼女が言う、この時代での初めての友人……そして、それ以上の
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