第8話「孤島の統矢と、統矢様と」
それは、夢が常にそうであるように、とりとめもない状況だ。理由も意味もなく、統矢は
そして、歩く先がぼんやりと光っていた。
そして、光の中で見知った顔が振り返る。
『お前は……れんふぁ。
微笑む更紗れんふぁは、裸だった。
スレンダーな細身の
逆光の中で、そのシルエットに統矢は目を細めた。
『統矢さん』
『れんふぁ、お前……なにしてんだよ、なんか着ろよ』
『ふふ、統矢さんだって……裸じゃないですかあ』
言われて気付いたが、統矢も全裸だ。
それで慌てて内股気味に前を隠したが、れんふぁは笑っている。
そして、優しげな笑みで近付いてくる。
『ちょ、ちょっと待て! れんふぁ!』
『……わたし、大好きです。この世界で、初めて親しくしてくれた人』
『いや、俺はそんな……お前、似てるからさ……その』
『愛し合いたい、です。記憶が戻ったわたしも、今までみたいに……仲良くしてくれますか? わたしの抱える真実が、過酷な未来でも』
れんふぁはもう、統矢の眼前に迫っていた。
思わず生唾を飲み下して、ゴクリと統矢は喉を鳴らす。
だが、れんふぁは統矢の横を通り過ぎた。
振り向けば、そこにもう一人の少女が両手を広げている。
長く伸びた黒い髪の、痩身ながらも豊満で肉付きのいい女の子だ。
『
そこには、れんふぁを抱きとめる五百雀千雪の姿があった。
彼女は豊かな胸の上でれんふぁを抱き締め、統矢を濡れた視線で見詰めてくる。
裸体と裸体とが肌を重ねていた。
酷く幻想的な光景に、現実感がどんどん夢を飾ってゆく。
『千雪さん、大好き……わたしの、こっちでの初めての友達。ううん……友達以上の人』
『れんふぁさん、私も好きですよ? さあ、愛し合いましょう』
『でも、統矢さんが見てます』
『大丈夫です、統矢君も一緒ですから。三人で、ほら』
千雪が、れんふぁが、手を伸べてくる。
互いの細い腰を抱き寄せながら、もう片方の手を統矢へと差し伸べていた。
なんだか頭がぼーっとして、統矢は吸い寄せられるように歩く。
千雪は、多分統矢のことが好きだ。
それに気付けたのは、つい最近だ。
そして、同時に……自分も千雪が好きなんだと気付かされた。
その時にはもう、れんふぁはりんなの生き写しではなくなっていた。思い出の少女が心の底で永遠になった今、れんふぁはいつも統矢を支えて見守ってくれる。千雪と一緒に、寄り添いながられんふぁは統矢の力になってくれているのだ。
だが、一歩、また一歩と二人に近付く統矢の腕を、背後から誰かが抱き留めた。
『駄目だ、統矢! キミはそっちに行ってはいけない』
『お前は……レイル・スルール』
『地球を守るために、キミのような人間が……
『お前も……DUSTER能力者? いや、待てよ。お前は――』
『ボクは、ボクたちは……キミのような人間のために来たんだ。そして、地球のために戦っている。地球を守らなきゃいけないんだ……恐るべき侵略者の魔の手から』
『それは、そう、だけどさ……ええと、パラレイドは……ああ、パラレイドは俺が
どうしてだろうか? レイル・スルールは物悲しい顔で中性的な美貌を
意識が徐々に現実の世界に覚醒する中で、統矢は問い続ける。
だが、夢の中の三人は誰も、なにも答えてはくれなかった。
そして、目覚め……ゆっくりと瞼を開くと、目の前には煙をあげて燃え尽きた焚き火の跡があった。そして、外では小鳥がさえずり朝日が差し込んでいる。
どうやら夜を越して、天気は回復したようだった。
「ん……寝ちまったのか、って……ほああああっ!? え、あ、おおう……レイル、大尉、殿」
洞窟の壁にもたれて眠っていた統矢の、剥き出しの胸に頬を寄せて眠る少女。それは、穏やかな寝息を響かせるレイルだった。
彼女は時々言葉にならない寝言をムニャムニャと呟いている。
その、酷く細い
だから、あんな夢を見たのだろうか?
慌てて統矢は自分を見下ろし、唯一身につけてる下着の中の健全な反応に溜息を零す。ちょっと大人しくして欲しいが、見た夢の生々しさを現実のレイルが上回っている。夢を上書きするような
「いや、これはやばい……千雪、すまん。れんふぁ、千雪をなだめてくれよ……下手をすれば、俺は千雪に殴り殺される」
「ん……ふふ、そんな……いえ、ボクは」
「おい、レイル、大尉……? 寝言、なのか?」
「光栄、です……ボクは、これからも……統矢、様。ボクの命、は……統矢様に……んっ、ふあ、あ? ボクは」
「あ、えと、あの、おはようございます? レイル大尉」
「ん、んっ……ふう。おはよう、統矢様……ううん、統矢」
なんだ? なにがどうなっっているんだ?
突然、寝言でレイルは自分の名を呼んだ。
親しみと尊敬を込めて、統矢様と呼んだのだ。
なにがなんだかわからなくて、統矢は途方にくれる。だが、しっかりと統矢に抱きついたレイルは、まだ半分
そして、再び統矢の胸にもたれて眠ろうとする。
慌てて統矢は、
「おい! 二度寝するな、ちょっと起きてくれ! ……その、俺も男で、お前は女で、やっぱ……まずいんだよ、こういうの」
「ふぇ? ああ、ボクは別に……」
「よくない!」
「よく、ない? そう……いけないんだ。いけないこと、するんだ……」
「しない! ほら、起きろって!」
二度三度と揺さぶると、ようやくレイルは眠そうな目を指で擦る。
そうして何度か瞬きして、統矢をぼんやり見上げるや……瞬時にボッ! と真っ赤になった。耳まで赤くなって、彼女は二人が温め合う毛布の中から飛び出す。
全く無駄な肉のない
「とっ、とと、統矢! どうして! ボッ、ボボ、ボクになにをしたっ!」
「なにもしてない! あと、隠せ! そんな格好で俺の前に立つな!」
「あ……ふええっ! み、見るなぁ!」
慌ててレイルは背を向けると、両手で己を隠すように抱きしめる。そうして肩越しに振り向く彼女は、少し涙目になっていた。
だが、そこに嫌悪感は見て取れない。
ただ、
「……ここは西暦2098年だから、そうだな。統矢、キミは16歳だ」
「あ、ああ。そうだけど……お前なあ、統矢様ってのやめろよな。気持ち悪いからさ」
「なっ、なぜそれを!」
「寝言で言ってたぞ? 俺、そんな偉い人間じゃねえよ」
「……統矢様は地球のために、日夜戦ってる。とても立派な方だ」
「本人を前に言うかあ? やめろって、尻がむずがゆくなる。それに、ほら……お前だってそれは一緒だろう。このご時世、偵察機のパイロットなんて命懸けだぜ?」
レイルは黙って考え込むように視線を外し、再度統矢を
訳がわからない……理解がおよばない。
だが、心当たりはある。
やはり統矢は、外国のパイロットたちにも有名なエース……なのかもしれない。
だからって、統矢様は願い下げだが。
「……統矢。ボクは今年で18歳になる。階級も歳もボクが上だ。だから……統矢って呼ぶ。統矢様は、その、ええと……忘れて、ください、ハイ……」
「わーったよ、それで? 大尉殿、とりあえずその貧相な躰を隠してくれ。ほらよ」
「キミ、失敬だな! ……ボクだって、もっとこう、もう少し……胸とか、欲しいけど」
「はいはい、わかったわかった」
統矢が立ち上がって毛布を投げると、それをレイルはすっぽり被って首から下を隠す。
統矢の青い劣情で集まった血液は、再び体内を循環するために解散してくれた。それでなんとか、統矢はパンツ一丁の姿を見苦しくない程度にすることができた。
レイルは外を見て晴天を確認し、フムと唸る。
「とりあえず統矢、今日は忙しくなる。あと、ボクのことはレイルでいい。……ちょっと、呼んでみて。サン、ハイ」
「……レイル」
「よろしい。じゃあ、まずは飲水の確保だ。真水を探そう。なければ作らなきゃいけないし。それと、今夜の
「サバイバルキットの中に一週間分の食料と飲水が」
「未開封のまま温存して。なにがあるかわからないから。それに手を付けるのは、本当の非常時だけ。今はこの島で、あるものを使って生き延びよう」
「島? やっぱ島なのか、ここ。……ああ、お前は偵察機に乗ってきたんだもんな。上から見りゃわかるか、それは」
「ま、まあ、そういう、感じ……」
少しバツが悪そうに、レイルは
だが、統矢も危機感を新たにして行動を開始した。乾いた服を着ながら、当面の事態に供えるために考えをまとめる。
ここはどうやら島で、もしかしたら無人島かもしれない。
レイルが言ったように、保存の効く水や食料は節約するべきだ。
そして、改めて島を調べなければいけない。
救助の見込みがあるのか、本当に無人島なのか……そして、ここには自分の愛機である97式【
「よし、とりあえず行動開始だな!」
「ああ。それと……うん、そうだな。ボクと統矢、二人しかいまのところいないんだし。考えてみたら、いちいち面倒な上に馬鹿馬鹿しい」
「お、おいっ! レイル!」
レイルは毛布を脱ぎ捨てると、素っ気ないグレーの下着姿で歩き出す。彼女は朝日の中で大きく伸びをして、振り返ると笑った。
「一緒に寝たし、二人しかいない。それに、統矢ならいいよ。ボク、統矢のことはずっと好きだから。今のキミでもそれは一緒。……そう、一緒に地球を守る仲だからさ」
「俺は、困る。そんな格好でウロウロされると」
「さて、じゃあ
「こら、無視するなよ! あと、なあ! 肌をむき出しにして自然の中をうろつくなんて、危ないんだからな! ちょっと待てよ、おいレイル!」
「ちょっとした休暇だと思うことにする。ずっと戦いばかりだったから。ねっ、統矢」
悔しいが、無邪気に笑うレイルは、綺麗だ。かわいい。だから困る……
努めて考えないようにして、統矢はレイルのあとに続いて外に出るのだった。
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