第9話「暴かれる真実、砕かれる絆」

 真水の確保については、すぐに解決した。

 摺木統矢スルギトウヤはレイル・スルールと一緒に、小さな湧き水を発見したのだ。小高い岩山になっている方へと探索を広げての、唯一の成果とも言えた。そして、その湧き水は小さなせせらぎとなって低きに流れる。それを追っていけば、すぐに海が見えた。

 そして今、統矢は一人で海岸線を歩いている。


「……やばいな、こりゃやっぱり島か? 無人島なのか」


 口に出してはみたが、そこまで危機感はない。

 それは、自分が一人じゃないからだ。

 今は別行動しているが、レイルが一緒にいる。こういう時、孤立状態じゃないのはとても心強い。レイルはちょっと妙な少女だが、とてもいい奴にも思える。そして、ちょっと不思議な魅力があって、落ち着かない。

 そのことを考えれば、すぐに頭の中で千雪とれんふぁが浮かんで視線でとがめてきた。

 だが、今は非常時だと自分に言い聞かせる。


「それにしても、平和なもんだ。戦争なんか、自然には関係ないもんな」


 砂浜を歩きながら、上着のブレザーを脱いで肩に背負う。

 足元を洗うさざなみは、寄せては返すままに静かな波音をたてていた。

 まるでここは、人類を知らない楽園のようだ。

 非常時とはわかっていても、大自然しかないこの場所が統矢をおだやかな気持ちにさせてくれる。同時に危機感をも与えてくるのだ。

 そして、統矢の不安は現実として確定した。

 歩く先、向こうのみさきの方からレイルが歩いてくる。

 下着姿の彼女は、こっちに気付くなり手を振り駆け出した。

 統矢も僅かに歩調を強める。


「おーい、統矢っ! そっちは? ボクの方は駄目だ、こっちは全部、海!」

「おう、こっちもだ。つまり……ここは完全に四方を海に囲まれた島だってことだな」


 湧き水が小さな川となって流れ出る海から、左右に別れて海岸線を調べたのだ。

 陸地に続く場所がないまま合流すれば、それはこの土地が孤島だということになる。そしてそれは今、現実になったのだ。

 解放感からか全く恥じらいを見せないレイルは、平坦な細過ぎる肢体で駆け寄ってきた。


「つまり……統矢。ボクたち、無人島に二人きり、なんだな?」

「ああ」

「そっか」

「とりあえず、軍の捜索隊を待つしかない。一応、衛星とかを使ったイルミネートリンクで、俺の機体を追ってはいると思うから」

「……うん」

「ま、そうと決まれば焦ることはないさ。とりあえず、飯のことでも考えるくらいだ」


 統矢はそのまま砂浜に腰を下ろして、焼けた大地に寝転ぶ。

 日は高く昇って暖かで、砂がぽかぽかと温かい。

 寒からず、暑からず、そして適度に暖かい。

 おずおずとレイルも、統矢の隣に腰を降ろした。そして、ここが一夜を明かした洞窟の近くだと気付いたらしい。彼女の視線の先、少し沖に小さな金属の三角形が突き出ていた。海の中に突き立つ、それは飛行機の垂直尾翼だ。


「あっ、ここ……ボクが統矢と初めて会った場所?」

「ん? ああ、そうだな。お前、ここでのびてたんだ」

「あの時はありがと、統矢。機体は……まだ、いいかな」

「ありゃオシャカだな。しおが満ちてほぼ完全に水没しちまってる」

「……大丈夫なんだけどね、あれくらいじゃ」


 不意に笑って、レイルが見下ろしてくる。

 頭の後ろに両手を組んで、統矢は整い過ぎたレイルの表情を見上げた。

 最初は恥ずかしかったが、慣れとは恐ろしいものだ。

 もう、下着姿でうろつくレイルを見ても、そんなに動じない。

 ドキドキするが、いちいち注意して服を着せるのが馬鹿馬鹿しいようにも思えてくる。ここには二人しかいなくて、非常時だから協力しなければ生き残れない。それに、やましい気持ちはなにもない……同じ人類同盟じんるいどうめいの兵士、幼年兵ようねんへい同士だ。

 ただ、やっぱり落ち着かないのも事実だ。

 そんな統矢の気持ちを知ってか知らずか、レイルは身を乗り出してくる。

 白く小さな手が、統矢の胸に添えられた。


「ねえ、統矢」

「な、なんだよ」

「ボク、統矢みたいな人をずっと、探してたんだ。それが統矢だってわかって、統矢に会いたかった。わかる、かな?」

「……ちょっとガッカリしたろ? 極東のセラフ級殺しが、なんでもないただのガキだったんだからさ」

「ううん! そんなことない! それが統矢だって知った時、やっぱりなって思った。統矢はボクにとって、とても大切な人……尊敬してるんだ。それに」


 一度言葉を切ってから、じっとレイルは見詰めてくる。

 そして、彼女はとんでもないことを言い出した。


「それに、ボクは統矢のこと、愛してる。と、思う。気がする、感じるんだ」

「はぁ!? ……お前、ミーハーな奴だなあ。昨日会ったばかりだろうが」

「こっちでは……


 不意に怜悧れいりな笑みを浮かべてレイルは立ち上がる。

 彼女は波打ち際に立って統矢を振り向いた。

 細い手足がすらりと長くて、まるで硝子細工がらすざいくのように危うさが漂う。そのシルエットが統矢には、不思議な魅力に見えて目を逸した。

 だが、真っ直ぐ見詰めてくるレイルの眼差しを感じる。


「統矢、よく聞いて。ボクと一緒に来て欲しい……ボクと一緒に戦って欲しいんだ」

「おいおい、なに言ってるんだ? 所属が違うだろ。そういやお前、どこの国の部隊だ? アメリカかロシアか、ロシアだとしたら……東ロシアか?」

「地図上にはないよ、ボクの故国は。今は、まだ」

「はぁ? お前……」

「統矢、ボクを信じて。そして、知って欲しい……地球は今、狙われている。人類には敵がいるんだ。戦って退しりぞけるべき、恐ろしい敵が」


 統矢は身を起こして、頭の砂を振り落とす。

 レイルの言葉は統矢にとっては実感で、それを忘れたことはない。

 こうしている今も、パラレイドへの憎悪を忘れたりはしない。ただ、コントロールできるようになっただけだ。それは、黒髪の無表情な少女が教えてくれた自分の命綱のようなもの。その少女の想いが、自分を日常に結び留めてくれる。彼女を想うことさえ、許されるような気がした。

 だが、絶対に忘れない。

 自分の全てを奪い、全ての人から今も奪おうとしているパラレイドを。


「レイル、安心しろよ。俺は、絶対にパラレイドを倒してやる。それに、俺は一人じゃない。仲間もいるし……お前だってさ、レイル。共に戦う人類同盟の仲間だろう?」


 立ち上がって尻を払いつつ、統矢はレイルに歩み寄る。

 その時、レイルは何故か寂しげに笑った。

 彼女もまた、統矢に近付き手を伸べる。暖かな白い手は、統矢の頬に触れてきた。


「ボクは……人類同盟の兵士じゃない」

「あ、あれか! お前もあの、えっと……ウロボロスとかいう秘匿機関ひとくきかんの人間か」

「……違うよ。あの連中は、違う。戦う相手を間違えてる子供たちのことなんて」


 レイルは真っ直ぐ統矢の瞳を見詰める。

 彼女の瞳に今、呆然とする統矢の顔が映っていた。

 そして、次第に膨らむ疑念が一つの可能性を連れてくる。

 むしろ、そう考えた方が自然なのに……どうして思いつかなかったのだろう?

 以前、五百雀千雪イオジャクチユキも言っていた。

 セラフ級パラレイドに、人が乗っているような気がすると。


「まさか……レイル、お前っ!」

「ボクの名はレイル・スルール、階級は大尉。

「……どう、して……どうしてだっ! 何故!」

「落ち着いて聞いて、統矢!」

「落ち着けるかっ! ふざけやがって……お前は――っ!?」


 不意にレイルは、くちびるを重ねてきた。

 行き交う吐息と吐息が混ざり合い、統矢は目を見開いたまま黙る。

 僅か一瞬のくちづけで、突然怒りがめられた。

 そして、永遠にも思える刹那の瞬間が終わり、レイルが離れる。その桜色の薄い唇は、ゆっくりと言葉を選んできた。


「ごめん、統矢……黙らせたかった。そして、うなずいて欲しいんだ。お願いだよ、ボクの言うことを聞いて。ボクと来て欲しい、統矢……この星の明日のために」

「この星……地球のために?」

「人類が戦うべき敵がいる。そのために……ボクたちはキミたちと戦った。全ては、あの力……ボクと同じDUSTERダスター能力を持つ人間を見出すために」

「お前も、DUSTERの……ま、待て! 待ってくれ、レイル!」


 統矢は混乱した。

 そしてもう、疑う余地もない。

 レイルは統矢が撃墜して破壊した、あのセラフ級パラレイド……メタトロンのパイロットだ。そして、あの宇宙うみでの戦いを思い出す。激戦の中で感じた恐るべき感覚。相手もまた、自分と同じように無限の一瞬を使いこなすパイロットのように感じたのだ。

 DUSTER能力……死線を突破せし兵士の特殊超反応Dead UnderSide Trooper's Extra React

 死地から生還した者だけが覚醒する、戦士の力。

 集中力と緊張感を高めることで、常人を凌駕りょうがする判断力と反射神経を得ることができるのだ。統矢は何度も、敵がスローモーションになるなかで全ての可能性を瞬時に理解して機体を動かせた。それは、外から見ると異常なマニューバに見えた筈だ。

 そして、レイルも統矢と同じDUSTER能力者だという。


「統矢……ボクたちはDUSTER能力者を欲している。それも、なるべく多く。そして最終的には、今の人類に覚醒して欲しいんだ。本当に戦うべき相手との、未来の存亡と尊厳を賭けた決戦に」

「なに、言ってんだよ……お前、パラレイドなのかよ。お前は……レイル、お前はっ!」

「そう、ボクはキミたちがパラレイドと呼ぶ存在。見て、統矢」


 海を振り向き、レイルが手をかざす。

 そして、信じられない光景が統矢の網膜に焼き付いた。

 レイルがあげた手に反応するように……沖からなにかが浮かび上がってくる。それは、直線的なデザインの小さな戦闘機だ。レイルが乗ってきた偵察機である。

 だが、さらなる驚愕が統矢を襲う。

 それは、統矢の背後で地鳴りと共になにかが天へ舞い上がるのと同時だった。


「統矢……ボクのメタトロンを追い詰めたのは、統矢が初めてだよ。流石だね……あの統矢様だけはある。でも……ボクはまだ、負けてないよ? そしてもう、戦う必要はない。統矢、一緒に来て。一緒に戦ってくれたら、ボクは……キミに全てをあげられる。統矢様だって、それを望んでくれるよ」


 振り向く統矢は、森から浮上する二つの物体を見た。

 そして、レイルの背後では……飛行機が変形してゆく。機首や翼が折りたたまれ、垂直尾翼が引っ込んだ。まるで閉じこもるように、機体が大きなブロック状コアに固まった。

 その上下に飛んできたのは、上半身と下半身。

 その瞬間にはもう、統矢は森へ走り出していた。背中で合体音を聴く。それでも、混乱の中でやり場のない怒りが燃え上がる。それは、統矢を全速力で倒れた愛機へと走らせた。

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