第10話「孤島は哀しき激戦区」

 混乱の中を摺木統矢スルギトウヤは走る。

 森の中を駆け抜ければ、すぐに擱座かくざした97式【氷蓮ひょうれん】セカンド・リペアが見えた。愛機は今、昨日と変わらぬ姿で沈黙している。

 背後に迫るメカニカルな金属音を聴きながら、統矢は愛機によじ登った。

 外部ポートからの操作で、コクピットを解放。

 どうやら予備電源はまだ生きてるようだ。


「クソッ! なにがどうなってんだ……どうなっちまったってんだ、レイルッ!」


 チェック項目を全部スッ飛ばして、【氷蓮】へと火を入れる。

 だが、反応はない。

 再起動を試みるが、相棒の心臓たる常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターはなにも応えてくれない。

 そして、激震が統矢と【氷蓮】を襲う。

 近くに大質量のなにかが落下した音だ。

 統矢はあせるからこそ一度目を閉じ、ゆっくり息を吸って、そして吐き出す。

 目を見開いて、再び動力へと火を灯すべく叫んだ。


「動いてくれっ、【氷蓮】ッ! ここでまだ死ぬ訳には……それに、レイルがパラレイドってんなら! 俺は……でも、俺は! 選べぬ決断を選ぶために、お前が必要だ! 【氷蓮】ッ!」


 瞬間、微動びどうに震えて計器に光が灯り出す。

 密閉されたコクピットの中に、腹に響く重低音が鳴り響いた。徐々に高まるその音は、愛機に生命と魂が宿る鼓動だ。

 そして、操縦桿スティックを握れば左右のサブモニターが機能を取り戻す。

 正面のメインモニターも復活したが、統矢は絶句した。


「――ッ! お前は……レイル・スルールッ!」


 映った外の光景を覆う、無慈悲な熾天使してんし

 立ち上がろうとした【氷蓮】のコクピットへと、突きつけられた巨大な銃口。

 斜面に横たわる【氷蓮】をまたぐようにして、白い悪魔が見下ろしていた。全高18mの巨大な人型兵器……レイルの乗るセラフ級パラレイド、メタトロンだ。

 陽光をさえぎる影となって、手にしたライフルを向けてくる。

 そして、外部スピーカーから叫ばれた声を統矢は耳に拾った。


『統矢っ、今すぐ機体から降りて! ……お願いだよ』

「レイルッ! やっぱりお前は……答えろっ! 何故お前たちは、地球を襲う!」

『この星を……地球を守るためなんだ! 統矢が必要なんだよ、ボクたちは!』

「お前が必要なのは、DUSTERダスター能力だけだろ! なあ、なんなんだ? DUSTER能力って。そして、お前たちパラレイドはなんだ? 答えろ、レイル! さもなくば!」


 ゆっくりと【氷蓮】の上半身が持ち上がる。その右手が、巨大なライフルの銃身を鷲掴わしづかみにした。そのまま銃口を自分に向けさせながら、逆に押し当てるようにして身をもたげる。

 統矢は恐怖の中でも、冷静にレイルの隙をうかがっていた。

 そして、レイルに一分のすきもないことを察する。

 それでも諦めず、チャンスを待ちながらも気持ちは焦れた。焦りたかぶる想いが、危険な挑発を統矢に演じさせる。レイルの動揺だけが、掴んだ銃身から装甲越しに伝わった。


『やめて、統矢……ボクとメタトロンには勝てない。お願いだよ、すぐに降りて!』

「俺は……降りないっ! お前こそなんだ、もっとちゃんと説明しろ! 銃を突きつけて喋る言葉が、本当に相手に響くと思ってんのか!」

『……嫌だよ、ダメだ統矢! 統矢様に言われてるんだ……この時代の人類との接触は極力避けろって。でも、でもボク……会えて嬉しかった! だから』

「訳がわからねえって、話がわからねえって言ってるんだ!」


 その時だった。

 突如頭上を、轟音と共に巨大な影が通り過ぎた。

 無数のロケットモーターが火を噴く咆哮で、周囲の空気が沸騰したように震える。

 銃口を【氷蓮】に向けたまま、メタトロンがツインアイを光らせ上空を仰ぎ見た。Vの字の白いアンテナが、陽の光に鋭い輝きを反射させる。

 爆音は大きく弧を描いて、再度島の上空に戻ってきた。

 そして、ヘッドギアのレシーバーが喋ってるのを聴き、慌てて統矢は足元からそれを拾い上げる。頭部に装着すれば、聴き慣れた声が耳朶じだを打った。


『れんふぁ! 見つけたっ、あのバカ……それと、パラレイドがいる! セラフ級! あれがメタトロンとかいうヤツね!』

『ラスカちゃん、こっちでも確認したよ。統矢さんだ……よかった、無事だよぉ』

『よかないわよっ、来るッ! こんのぉ、デカブツゥゥゥゥゥッ! 言うこと、聞きなっ、さいよぉ!』


 メタトロンが【氷蓮】に向けていたライフルを持ち上げる。天をにらむ銃口から、苛烈かれつな光がほとばしった。小さなサイズからは想像もつかない、強力なビームの奔流ほんりゅうが天をく。

 そして、統矢は信じられないものを目撃する。

 二度三度と射撃を浴びせるメタトロンの火線を……白い巨躯きょくは身をよじって避けた。

 バレルロールで回避運動にぶ中、巨体の中央部に赤いパンツァー・モータロイドが埋まっているのが見えた。ラスカ・ランシングの乗る89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきだ。

 ラスカがアルレインと呼ぶ愛機は、【樹雷皇じゅらいおう】のコントロールユニットとして接続されている。そして、ラスカの操縦で驚くべきマニューバに踊っていた。


「すげえ……すげえよ、ラスカ。グラビティ・ケイジで防御せず、あれを避けるのか」


 統矢は改めて、後輩の自称天才少女に感嘆する。

 強力な加速力と機動力で、全長300mを超える【樹雷皇】は超高速で巡航する。グラビティ・ケイジと呼ばれる重力波のバリアは、空気抵抗さえ捻じ曲げ軽減させてしまうのだ。

 だが、その操縦は小回りや運動性とは無縁である。

 攻撃は全てグラビティ・ケイジで防御することを前提に運用されるのだ。

 だが、ラスカは恐らく初めて乗るであろう【樹雷皇】を簡単に振り回す。

 そして、統矢はレイルの声が露骨に焦りを滲ませるのを聴いた。


『この距離でかわした!? そんな図体でっ! ……また! どうして避けられるんだ、このボクの攻撃が! くっ、DUSTERの力がハッキリと出せない。敵の全てが掌握しょうあくできない!』


 低空を飛び交う【樹雷皇】に向けて、再度メタトロンがライフルを向ける。フォアグリップを握って両手で撃てば、精密射撃で再びビームが迸った。

 だが、空を切り裂く光条の全てが、ギリギリで【樹雷皇】をかすめて通り過ぎる。

 空には白い雲が円形状に幾つもの穴を穿うがたれ、やがて蒸発してゆく。

 耳元では忙しそうなラスカとれんふぁの声が響いていた。


『れんふぁ、推進系のコントロールを全部こっちに! 同時にマニュアルで制御するわ!』

『無理だよ、ラスカちゃん。そんなことしたら、この子が……【樹雷皇】が失速しちゃう』

『アンタは重力系のコントロールに専念して! あそこにあのバカが、統矢が見えるわ! このまま回収して離脱する。グラビティ・アンカーで引っ張り上げてやるんだから!』

『無茶だよぉ、ラスカちゃんっ』

『うっさいわね、れんふぁ! 昔、ブリテンの偉い人は言ったわ……不可能はそれを不可能と決めつけた時点で不可能となるのよ。ジョンブルにその選択は存在しないわっ!』

『そ、そなんだ……イギリスの偉い人って? って、ふぁっ!? ンンンッ!』

『そんなの……!』


 突然、【樹雷皇】の姿勢制御が不安定になった。

 そして、メタトロンが放つビームを避けながらも……不規則な機動で高度を下げてくる。突出したラスカの異常な操縦センスが、巨大な空飛ぶ武器庫を繊細に舞い踊らせていた。

 完全にメタトロンは【氷蓮】へと背中を向けて、縦横無尽に飛び回る【樹雷皇】に狙いを定める。だが、繰り出す射撃は全て虚空こくういた。

 チャンスの到来に統矢は、迷わず操縦桿を握り締める。


『クッ! どうして当たらない! 統矢が乗ってた時より、動きが鋭い! ……感応する雰囲気がないってことは、ただの人間! DUSTERの力に目覚めてない奴! なのにっ!』

「今だっ! レイル、もうやめろぉーっ!」


 一気に統矢は【氷蓮】を立ち上がらせる。

 振り向くメタトロンは、その頭部にある二門のバルカン砲を放ってきた。

 通常のPMRパメラが携行する火器を、遥かに凌駕する大口径の機関砲だ。あっという間に大地がめくれて吹き飛び、土砂が宙を舞う。今まで【氷蓮】が身を横たえていた斜面が、あっという間に崩れ去った。

 だが、転がるようにして統矢は、近場に突き立っていた【グラスヒール】を愛機に掴ませる。それを大地から引っこ抜けば、【氷蓮】は隻眼に光を走らせた。墜落時のダメージはあるものの、辛うじて機体は動く……動力炉も稼働に支障がなく、包帯のようなオレンジ色のスキンタービンも排熱を吸収して動き始めていた。

 統矢は油断なく身構え、三倍程大きなメタトロンに叫ぶ。


「今すぐそいつを降りろっ、レイル! さもなきゃ――」

『ボクと戦うの? 統矢っ! やめて……殺したくない! 撃たせないで!』

「なら、降りてこい! お前は悪い奴には見えない……人間同士で争ってる場合じゃないんだ!」

『そうだよ! 人類は一つになって戦わなきゃいけない。みんなでDUSTERの力に目覚めて、戦士として覚醒しなきゃいけないんだ!』


 話が通じない。

 そして、統矢にも決断ができない。

 昨夜、体温を分かち合って寒さをしのいだのは、普通の少女だった。どこか少年のような顔立ちに、薄い胸と細過ぎる腰と。そのシルエットをまだ、自分の肌が覚えている。

 なのに、目の前のセラフ級パラレイドから降りてこようとしない。

 互いに敵意を向けたまま、相手へ自分と来るように言うことしかできない。

 自分の意志は示して押し通そうとする中、相手の気持ちには応えられない。

 統矢が歯噛はがみする中、レシーバーの声は今も叫んでいた。


『あいつの動きが止まった!? ちょっと、統矢! なにを言ってるの? あれに、メタトロンに人が乗ってるってことなの!? ……でも、今は! れんふぁ、ライトコンテナ、全弾発射! 近接信管きんせつしんかんでぶちまけて! 続いてグラビティ・アンカー、射出っ!』

『了解っ! Rコンテナ全弾発射するねっ! それと、この子のハサミで、ええいーっ!』


 無数のミサイルが【樹雷皇】から打ち上がった。それは高高度でひるがえって、真っ逆さまに落ちてくる。その全てを頭部のバルカンで叩き落とすメタトロン。

 周囲に爆発の花が咲き誇り、ビリビリと【氷蓮】の装甲が衝撃に揺れた。

 刹那、太いワイヤーを伸ばしながら【樹雷皇】の下部から巨大なクローが射出される。それは、グラビティ・ケイジの範囲内で自由自在に飛び交う遠隔コントロールが可能な格闘武器だ。

 グラビティ・アンカーはメタトロンを掠め、統矢の【氷蓮】を挟み込んで空へ巻き上げる。その時にはもう、統矢は離脱へと増速する【樹雷皇】にぶら下がっていた。

 島で見上げるレイルのメタトロンが、あっという間に見えなくなった。

 レイルは、統矢と共に去る【樹雷皇】を撃たなかった。

 彼女は撃てなかったのではない……統矢だから撃たなかったのだ。

 そのことがハッキリとわかるのは、DUSTER能力ではなく……統矢にレイルとの一夜があって、そのぬくもりを互いが覚えているからだと今は思えてならなかった。

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