第12話「未来を、暴け!」

 摺木統矢スルギトウヤたち、日本皇国海軍PMR戦術実験小隊にほんこうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい……通称、フェンリル小隊に用意されたのは簡素なミーティングルームだ。廊下では忙しく、多国籍な兵士たちが行き交う。

 今、人類同盟じんるいどうめいの海軍拠点であるハワイは臨戦態勢で騒がしい。

 その喧騒を遠ざけるように、この部屋は防音設備が整っていた。

 恐らく、機密度の高い会議等に使用される部屋なのだろう。

 統矢はとりあえず、広過ぎる部屋に並ぶ机の椅子に座った。

 これから秘密を打ち明け、失われた記憶を開示する少女は……更紗さらされんふぁは、うつむき震えていた。その横では、そっと肩を抱く五百雀千雪イオジャクチユキが手を握っている。


「大丈夫です、れんふぁさん。私がついています。なにがあっても、れんふぁさんを守ります」

「千雪さん。でも、わたし……ううん、それでも話さなきゃ。わたしが勇気を出さなきゃ」


 見目麗みめうるわしく耽美たんびな少女たちの友情に、統矢は黙って目を細める。

 不意に頬へ冷たい感触が触れたのは、そんな時だった。


「うおっ!? な、なんだ、沙菊サギクかよ。脅かすなって」

「ういっす! 統矢殿、売店から冷たいものを買ってきたッス! ささ、れんふぁ殿も千雪殿も!」


 新顔メンバーの渡良瀬沙菊ワタラセサギクが、いつもと変わらぬ笑顔で飲み物を配り出した。

 その背後では、難しい顔をしたラスカ・ランシングが両手に袋菓子を抱えている。彼女は統矢の隣にどっかと座ると、机の上にそれらを広げて一つだけ開封した。

 呆気にとられつつ端正な横顔を見ていると、ラスカはジロリと統矢をすがめてくる。


「なによ、食べる? 分けてやってもいいわよ。そうね……アンタにはこれがいいわ」

「いや別に、っとっと、おう。サ、サンキュ」

「アンタ、いい? ちゃんと受け止めてやんなさいよ?」

「な、なにがだよ」

「はぁ!? アンタねえ、男でしょ? ……れんふぁ、辛そうじゃん。アタシだってそれぐらいわかるわ。ああもっ、どうして米国人ヤンキーの味付けってこうなのかしら! ほんっ、とにっ! チープな味! ほら、統矢も食べなさいよ。美味しいわ、もう! 止まらないじゃないの!」


 なにを怒ってるのか知らないが、ラスカはモガーっとスナック菓子を食べ続ける。頬張ほおばってもぎゅもぎゅと咀嚼そしゃくしながら、コーラで流し込む。そして、赤い舌で綺麗な指をめながら、黙って彼女はれんふぁを見詰めていた。

 そして、五百雀辰馬イオジャクタツマ御巫桔梗ミカナギキキョウと共にやってくる。

 最後に佐伯瑠璃サエキラピス御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさが加わり、部屋のドアが閉められた。

 誰もが注目するれんふぁの隣で、刹那が全員を振り返る。


「これから話されることは、第一級の特務機密とくむきみつとする。漏洩ろうえいは許さん! そして、目を背けることもだ。この部屋は外界から遮断され、盗聴の心配はない。議事録も残さん、心にきざめ! 貴様らの敵がなにか、この戦いがなんなのか……思い知るがいい」


 それだけ言うと、刹那は隅っこの椅子にどっかと座って、脚を組んで腕組み黙る。

 統矢が見渡せば、窓の外では海兵隊と思しき部隊が出撃準備に追われていた。マキシア・インダストリアル製の重装型パンツァー・モータロイド、TYPE-07M【ゴブリン】が並んでいる。全機、強襲用きょうしゅうようのアサルト・プリセットで装備を統一している。

 室内へと視線を戻せば、辰馬は机の上にしどけなく座って飲み物を飲んでいる。そんな彼を挟んで、行儀良く座る桔梗と、ツナギ姿の瑠璃。皆、緊張感を滲ませて一点を見詰めていた。

 そして、視線を受け止め立ち尽くしていた少女が、喋り出す。

 彼女が握る親友の手が、しっかり握り返しているのが統矢には見えた。


「えと、その……皆さん、今日はすみません。わたし、以前の戦いで……廃都東京はいととうきょうの戦いで、少しだけ記憶を取り戻しました。そのことをこれから、話します」


 千雪と手を結んだまま、もう片方の手でれんふぁは薄い胸を抑える。そうして大きく息を吸って、長く吐き出して……そして決意を瞳に灯して前を向いた。

 沈黙が満ちた室内には、ラスカが新しい菓子を開封する音だけがバリバリと響く。

 そして、重苦しい空気が静かに震えた。


「わたしの名は、更紗れんふぁ……国籍は日本。でも、皆さんの知ってる日本ではありません。わたしは……西2208


 絶句。

 誰もなにも言わなかった。

 言えなかった。

 荒唐無稽こうとうむけいを通り越して、あまりにも突飛とっぴな言葉だった。

 西暦2208年……それは、今から百年以上も未来の話だ。そして、人類の歴史はまだ、時の流れに逆らうすべを知らない。この世にときを超越する存在など、確認されていないのだ。

 だが、統矢の中でなにかがささやく。

 それをもしかして、自分は経験しているのではないか?

 あの日……れんふぁの乗る【シンデレラ】が、次元転移ディストーション・リープの光に包まれた時に。一緒に巻き込まれて、打ち捨てられた東京へと瞬間移動したのだ。わずか一晩を一緒に過ごした三人がいた場所……それは、

 ようやく声を発したのは、沙菊だった。


「な、なんとぉーっ! じゃ、じゃあれんふぁ殿は、もしかして未来人、も、もがが? ふが、ふががーっ!」

「うっさいわよ、沙菊! 黙ってこれ食べなさい! ほら、これも!」

「ふぐ、ふぐぐぐ、ふがっ!」

「話、続けて。れんふぁ……話せるとこまででいいから。ヤなことは言わなくていいわ」


 ラスカの声が妙に優しい。あの爆弾娘ピンキーボムが、こんな表情をするのかと統矢は驚く。だが、統矢の視線に気付いたラスカは、舌をベー! と出していつもの小憎こにくらしさを叩きつけてくる。

 僅かに空気が弛緩しかんして、部屋の雰囲気が和らいだ。

 それでれんふぁも、千雪にうながされて話を続ける。


「おどろかせてごめんなさい。わたしはあの【シンデレラ】で、この西暦2098年に来ました。【シンデレラ】はわたしの時代の最新鋭PMR……そして、あの世界の最後のPMR」

「最後の……? それは? あ、ああ、スマン! 話を続けてくれ!」

「いえ、いいんです、統矢さん。【シンデレラ】を最後に、わたしの世界でパンツァー・モータロイドは造られていません。代わって登場した兵器を、皆さんはもうご存知の筈です」


 一拍の間を置いて、れんふぁはハッキリと告げた。

 統矢が暗い情念を燃やす、最も憎む人類の天敵の名を。


「この時間軸でパラレイドと呼ばれる存在……それは全て、西暦2208年の新地球帝國しんちきゅうていこくが運用する機動兵器です。完全に統率の取れた無人自律兵器群と、一騎当千の強力な人型機動兵器。それらは、長い戦いの中でPMRから生まれてPMRを淘汰とうたした、人類を守るための剣」


 ――人類を守るための剣。

 確かにれんふぁはそう言った。

 統矢は、すでに理解が及ばず混乱の中で自問自答した。そして、あの孤島での一夜を思い出す。セラフ級パラレイドには、以前に千雪が言っていたように人が乗っていた。レイル・スルールはメタトロンのパイロットであり、統矢と変わらぬ同年代の人間だった。

 その謎にもれんふぁは、震える声で切り込んでゆく。

 まるで、自分の胸をえぐり出し、血と肉とを振りまくような痛みを統矢は感じた。


「わたしたちの地球は、大きな戦いを経験しました。とても不幸な出会い、些細ささいちがいから……わたしたち地球人類は、

「いっ、異星人ですって! ちょっと、どういうことなのよ、れんふぁ!」

「はいはーい、今度はラスカ殿が黙る番ッス! はいこれ、チョコバー! クッキーもあるッスよ。はいコーラ飲んでー、チョコ食べてー、またコーラ飲んでー!」

「ぷはっ、ふう……って、落ち着いてる場合じゃないわ! ……まだ、先があるのね」


 沙菊の涙ぐましい努力で、ラスカが落ち着きを取り戻す。

 そこから先はもう、れんふぁの語る話は異次元の世界のようだった。しかし、それが彼女の住む時代、未来の地球だということに嘘偽うそいつわりは感じられない。何故なら、彼女は単体で次元転移し、重力制御すら可能にする【シンデレラ】に乗って来たのだから。

 れんふぁは語る。

 未来の地球人類が遭遇した異星人と、両者の間で戦われた恐るべき戦争を。


「わたしの世界では人類同盟ではなく、新地球帝國が生まれました。そして、22世紀が始まってまもなく……人類は初の宇宙戦争に突入しました。巡察軍じゅんさつぐんと名乗る異星人との百年戦争は、苛烈かれつを極めました。そして、互いに疲弊した中での終戦、和平を迎えたのです。でも」


 じっとれんふぁは、統矢を見詰めてきた。

 そして、意を決したように最後の謎を解き明かす。


「軍部の一部が、徹底抗戦を訴えたんです。彼らは、わたしの世界で戦争中に生まれ始めていた、DUSTERダスター能力者が勝利の鍵だと考えました。激戦の連続で、わたしたちの世界にもDUSTER能力者が少なからず存在していました。そして、彼らは選択しました。過去の地球へとおもむき、自ら天敵となって死闘を演出……その中でDUSTER能力者を無理矢理に覚醒させることを」

「ば、馬鹿なっ!」

「過去にさかのぼって、全人類を戦争状態の中でDUSTER能力者に目覚めさせれば、それらを率いて未来に戻れば……異星人に勝てると彼らは思い込んだんです。その者たちを率いて、過去への干渉を開始したのが……新地球帝國残党軍司令官――」


 れんふぁは、はっきりと告げる。

 本当の敵、真実の未来、そして……数奇な彼女の運命を。


「その人の名は、。わたしの曽祖父そうそふです」

「なっ――!?」

「そうです、統矢さん。わたしは、無限の可能性に分岐する未来の一つ、異星人との戦争を経験した23世紀の……あなたの曾孫ひまごなんです」


 統矢は、鈍器で殴られたような衝撃に思わずめまいを感じた。

 だが、それ以上はれんふぁは話さなかった。

 もう、話せなかった。

 星屑ほしくずに満ちた大きな瞳から、光の筋が伝う。流星の涙が止まらない彼女を、そっと千雪は自分の胸に抱き締めた。

 辰馬が机を飛び降りたのは、そんな時だった。


「うし、まあそういう訳か。だがな、れんふぁ。俺ぁ……知ってたぜ?」

「えっ? あ、あの……辰馬、先輩」

「俺はお前が何者なのか、ずっと前から知っていた。みんなもそうだろ!」


 そう言って辰馬は、れんふぁを背でかばうように皆を振り返った。彼はいつもの颯爽さっそうとした、それでいてしまらない笑みで一同を見渡す。


「教えてやろうか? れんふぁ。お前さんはなあ……俺の仲間で、俺たちの戦友だ。どうだ? 当たってるだろ?」

「辰馬先輩……あ、あの、わたし」

「未来なんざ興味はねえ、さだかじゃねえし知りたくもねえ。けどな、れんふぁ。今じゃお前は立派な戦技教導部せんぎきょうどうぶ、フェンリル小隊の一員だ」


 辰馬の言葉に、皆が大きくうなずいた。

 統矢は、茫然自失ぼうぜんじしつの中で驚きを隠せない。未来の自分は、地球を守って異星人と戦い……破れてなお、戦おうとしている。そのための切り札として、DUSTER能力を持つ戦士を育てるため、過去の地球を永久戦争エンドレスウォーへと突き落としたのだ。

 そして、れんふぁがどうしてりんなに似ているのかも、ようやくわかった。

 彼女は涙を拭きながら最後に声を絞り出す。


「今の言葉……ひいおばあちゃんに、りんなおばあちゃんに聴かせたかった。五百雀教官にも。千雪さん、わたしは……未来のわたしの世界でも、千雪さんに支えられてました。五百雀教官は、わたしを【シンデレラ】で逃してくれたんです。歴史を歪めるあの人を、ひいおじいちゃんを追いかけるために」

「それで……れんふぁさんは」

「皆さん、ひいおじいちゃんを止めてください……そのためにも、わたしを皆さんの仲間として戦わせてください」


 誰もが異論を挟まなかった。

 そして、衝撃で動揺を隠せないまま、統矢はようやく確かなものを探り当てる。りんなのかたき、恐るべきパラレイド……それをこの地に招いたのは、摺木統矢……未来の自分。その事実を疑うには、あまりにれんふぁはりんなに似過ぎていた。

 だから、混乱の中で統矢は立ち上がる。

 無理に笑って喋る声は震えてうわずった。

 それでも、ぎこちなくれんふぁへと笑いかける。


「仲間として戦わせてください、だって? ……当たり前だっ! れんふぁ、俺が俺を……お前のひいじいちゃんを止めて見せる。約束はできない、でもちかう! 一緒に戦う、これからもずっと!」


 統矢の尽きることを知らない憎しみが、全て自分へと跳ね返る。その中で彼は、ようやく敵の名を知った。人類の天敵パラレイド……それを指揮しているのは、摺木統矢大佐。それがはるか未来、百年先から今をむしばみ、未来を奪い続ける敵の名なのだった。

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