第12話「未来を、暴け!」
今、
その喧騒を遠ざけるように、この部屋は防音設備が整っていた。
恐らく、機密度の高い会議等に使用される部屋なのだろう。
統矢はとりあえず、広過ぎる部屋に並ぶ机の椅子に座った。
これから秘密を打ち明け、失われた記憶を開示する少女は……
「大丈夫です、れんふぁさん。私がついています。なにがあっても、れんふぁさんを守ります」
「千雪さん。でも、わたし……ううん、それでも話さなきゃ。わたしが勇気を出さなきゃ」
不意に頬へ冷たい感触が触れたのは、そんな時だった。
「うおっ!? な、なんだ、
「ういっす! 統矢殿、売店から冷たいものを買ってきたッス! ささ、れんふぁ殿も千雪殿も!」
新顔メンバーの
その背後では、難しい顔をしたラスカ・ランシングが両手に袋菓子を抱えている。彼女は統矢の隣にどっかと座ると、机の上にそれらを広げて一つだけ開封した。
呆気にとられつつ端正な横顔を見ていると、ラスカはジロリと統矢を
「なによ、食べる? 分けてやってもいいわよ。そうね……アンタにはこれがいいわ」
「いや別に、っとっと、おう。サ、サンキュ」
「アンタ、いい? ちゃんと受け止めてやんなさいよ?」
「な、なにがだよ」
「はぁ!? アンタねえ、男でしょ? ……れんふぁ、辛そうじゃん。アタシだってそれぐらいわかるわ。ああもっ、どうして
なにを怒ってるのか知らないが、ラスカはモガーっとスナック菓子を食べ続ける。
そして、
最後に
誰もが注目するれんふぁの隣で、刹那が全員を振り返る。
「これから話されることは、第一級の
それだけ言うと、刹那は隅っこの椅子にどっかと座って、脚を組んで腕組み黙る。
統矢が見渡せば、窓の外では海兵隊と思しき部隊が出撃準備に追われていた。マキシア・インダストリアル製の重装型パンツァー・モータロイド、TYPE-07M【ゴブリン】が並んでいる。全機、
室内へと視線を戻せば、辰馬は机の上にしどけなく座って飲み物を飲んでいる。そんな彼を挟んで、行儀良く座る桔梗と、ツナギ姿の瑠璃。皆、緊張感を滲ませて一点を見詰めていた。
そして、視線を受け止め立ち尽くしていた少女が、喋り出す。
彼女が握る親友の手が、しっかり握り返しているのが統矢には見えた。
「えと、その……皆さん、今日はすみません。わたし、以前の戦いで……
千雪と手を結んだまま、もう片方の手でれんふぁは薄い胸を抑える。そうして大きく息を吸って、長く吐き出して……そして決意を瞳に灯して前を向いた。
沈黙が満ちた室内には、ラスカが新しい菓子を開封する音だけがバリバリと響く。
そして、重苦しい空気が静かに震えた。
「わたしの名は、更紗れんふぁ……国籍は日本。でも、皆さんの知ってる日本ではありません。わたしは……西暦2208年の日本から来ました」
絶句。
誰もなにも言わなかった。
言えなかった。
西暦2208年……それは、今から百年以上も未来の話だ。そして、人類の歴史はまだ、時の流れに逆らう
だが、統矢の中でなにかが
それをもしかして、自分は経験しているのではないか?
あの日……れんふぁの乗る【シンデレラ】が、
ようやく声を発したのは、沙菊だった。
「な、なんとぉーっ! じゃ、じゃあれんふぁ殿は、もしかして未来人、も、もがが? ふが、ふががーっ!」
「うっさいわよ、沙菊! 黙ってこれ食べなさい! ほら、これも!」
「ふぐ、ふぐぐぐ、ふがっ!」
「話、続けて。れんふぁ……話せるとこまででいいから。ヤなことは言わなくていいわ」
ラスカの声が妙に優しい。あの
僅かに空気が
それでれんふぁも、千雪に
「おどろかせてごめんなさい。わたしはあの【シンデレラ】で、この西暦2098年に来ました。【シンデレラ】はわたしの時代の最新鋭PMR……そして、あの世界の最後のPMR」
「最後の……? それは? あ、ああ、スマン! 話を続けてくれ!」
「いえ、いいんです、統矢さん。【シンデレラ】を最後に、わたしの世界でパンツァー・モータロイドは造られていません。代わって登場した兵器を、皆さんはもうご存知の筈です」
一拍の間を置いて、れんふぁはハッキリと告げた。
統矢が暗い情念を燃やす、最も憎む人類の天敵の名を。
「この時間軸でパラレイドと呼ばれる存在……それは全て、西暦2208年の
――人類を守るための剣。
確かにれんふぁはそう言った。
統矢は、
その謎にもれんふぁは、震える声で切り込んでゆく。
まるで、自分の胸を
「わたしたちの地球は、大きな戦いを経験しました。とても不幸な出会い、
「いっ、異星人ですって! ちょっと、どういうことなのよ、れんふぁ!」
「はいはーい、今度はラスカ殿が黙る番ッス! はいこれ、チョコバー! クッキーもあるッスよ。はいコーラ飲んでー、チョコ食べてー、またコーラ飲んでー!」
「ぷはっ、ふう……って、落ち着いてる場合じゃないわ! ……まだ、先があるのね」
沙菊の涙ぐましい努力で、ラスカが落ち着きを取り戻す。
そこから先はもう、れんふぁの語る話は異次元の世界のようだった。しかし、それが彼女の住む時代、未来の地球だということに
れんふぁは語る。
未来の地球人類が遭遇した異星人と、両者の間で戦われた恐るべき戦争を。
「わたしの世界では人類同盟ではなく、新地球帝國が生まれました。そして、22世紀が始まってまもなく……人類は初の宇宙戦争に突入しました。
じっとれんふぁは、統矢を見詰めてきた。
そして、意を決したように最後の謎を解き明かす。
「軍部の一部が、徹底抗戦を訴えたんです。彼らは、わたしの世界で戦争中に生まれ始めていた、
「ば、馬鹿なっ!」
「過去に
れんふぁは、はっきりと告げる。
本当の敵、真実の未来、そして……数奇な彼女の運命を。
「その人の名は、摺木統矢大佐。わたしの
「なっ――!?」
「そうです、統矢さん。わたしは、無限の可能性に分岐する未来の一つ、異星人との戦争を経験した23世紀の……あなたの
統矢は、鈍器で殴られたような衝撃に思わずめまいを感じた。
だが、それ以上はれんふぁは話さなかった。
もう、話せなかった。
辰馬が机を飛び降りたのは、そんな時だった。
「うし、まあそういう訳か。だがな、れんふぁ。俺ぁ……知ってたぜ?」
「えっ? あ、あの……辰馬、先輩」
「俺はお前が何者なのか、ずっと前から知っていた。みんなもそうだろ!」
そう言って辰馬は、れんふぁを背で
「教えてやろうか? れんふぁ。お前さんはなあ……俺の仲間で、俺たちの戦友だ。どうだ? 当たってるだろ?」
「辰馬先輩……あ、あの、わたし」
「未来なんざ興味はねえ、
辰馬の言葉に、皆が大きく
統矢は、
そして、れんふぁがどうしてりんなに似ているのかも、ようやくわかった。
彼女は涙を拭きながら最後に声を絞り出す。
「今の言葉……ひいおばあちゃんに、りんなおばあちゃんに聴かせたかった。五百雀教官にも。千雪さん、わたしは……未来のわたしの世界でも、千雪さんに支えられてました。五百雀教官は、わたしを【シンデレラ】で逃してくれたんです。歴史を歪めるあの人を、ひいおじいちゃんを追いかけるために」
「それで……れんふぁさんは」
「皆さん、ひいおじいちゃんを止めてください……そのためにも、わたしを皆さんの仲間として戦わせてください」
誰もが異論を挟まなかった。
そして、衝撃で動揺を隠せないまま、統矢はようやく確かなものを探り当てる。りんなの
だから、混乱の中で統矢は立ち上がる。
無理に笑って喋る声は震えてうわずった。
それでも、ぎこちなくれんふぁへと笑いかける。
「仲間として戦わせてください、だって? ……当たり前だっ! れんふぁ、俺が俺を……お前のひいじいちゃんを止めて見せる。約束はできない、でも
統矢の尽きることを知らない憎しみが、全て自分へと跳ね返る。その中で彼は、ようやく敵の名を知った。人類の天敵パラレイド……それを指揮しているのは、摺木統矢大佐。それが
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