第5話「蒼き星へ落ちて、墜ちて」

 白亜の巨体が漆黒の宇宙を突き抜ける。

 音の速さを幾重にも超えて、【樹雷皇じゅらいおう】がセラフ級パラレイドのメタトロンから遠ざかった。

 接敵遭遇エンカウントは一瞬、そして次の瞬間には相対距離がどんどん離れてゆく。

 摺木統矢スルギトウヤ咄嗟とっさ操縦桿スティックを倒して、巨大な機体をひるがえした。


「チィ、動きが鈍い……デカいから! れんふぁ、制御系のナーヴを全部俺に回してくれ! 重い!」

『は、はいっ!』


 全身のアポジモーターを明滅させながら、【樹雷皇】がゆっくりと旋回する。

 巨体にありったけのブースターを乗せてるだけあって、加速力は化け物じみた暴力的なものだ。反面、全くと言っていい程に小回りが効かない。その理由が、300mを超える巨体だけではないことに統矢は気付いていた。

 更紗サラサれんふぁが補正してくれて、統矢の預かるパラメータが増える。


「俺が、まだこいつを……【樹雷皇】を掌握できていない。クッ、イメージしろ! こいつは……こいつは今、俺の全身、肉体そのものなんだ!」


 軍人は愚か、素人しろうとに近い女子供でも扱いやすいよう、わざわざ人の姿を模して造られたのがパンツァー・モータロイド、PMRパメラだ。その操縦の多くは、Gx感応流素ジンキ・ファンクションによって仲立なかだちされる。操縦桿に内包された絶対元素Gxぜったいげんそジンキの化合物が、特殊な精神感応力で操縦者の意識と意思とを拾うのだ。

 PMRは簡単な訓練で、イメージする通りに自身の肉体のように扱える。

 これこそが、パラレイドとの戦争で急速に普及した理由でも合った。

 だが、今の統矢は【樹雷皇】を半ば持て余していた。

 その巨大な機体は人の姿ではないし、統矢のイメージが上手く結びつかない。

 それでも、統矢は旋回と制動を念じる。

 次の瞬間、機体を衝撃が襲った。


『メタトロン、発砲! ビームが……グラビティ・ケイジ、全開っ!』

「ダメージは!」

『大丈夫だよ、全部打ち消した、けど。凄い……歪曲率わいきょくりつがもう少し低かったら、撃ち抜かれてる。あの大きさで、【樹雷皇】の主砲と同程度の熱量があるみたい』


 二度、三度と振動がコクピットを揺るがす。

 メタトロンは両手で構えたライフルから、苛烈な光を放ってきた。暗い宇宙を煌々と照らして、大きく旋回する【樹雷皇】をビームの奔流が襲う。

 展開されたグラビティ・ケイジが、重力場で捻じ曲げて、弾く。

 ダメージこそ貫通しないものの、減速中の統矢は手も足も出ない。

 火力は同等だが、小回りと運動性だけは向こうにあった。

 だが、短い時間で統矢は徐々に、己の神経を機体へと張り巡らせてゆく。97式【氷蓮ひょうれん】を乗せた巨大な兵装を、己の血肉のように知覚してゆく。


「れんふぁ! ライトコンテナ一番二番、発射! 続いてレフトコンテナ、七番から十番!」

『了解っ、R一番二番、マイクロミサイル発射。Lも、マーカー・スレイブランチャーを射出……ターゲットマーカーの設定はわたしがするね』

「頼むっ! ……よし、馴染なじんできたぜ。今度はっ、こっちの番だっ!」


 ごう! と、真空の宇宙に【樹雷皇】が吠える。

 ありったけのスラスターから光の尾を引いて、さながら彗星ミーティアごとく巨大な機体が馳せる。その上部に並んだ二つの兵装コンテナから、垂直に飛翔体が発射された。

 メタトロンへと向かって加速する【樹雷皇】を、巨大なミサイルの弾頭が追い越す。

 すかさずビームの光が、その片方を撃墜、爆散させた。

 だが、もう一発がメタトロンへ肉薄して無数に枝分かれする。

 マイクロミサイルは、射出された本体から無数の小さな弾頭がばらまかれる殲滅兵器だ。あっという間にメタトロンを、乱れ咲く爆発の大輪が包む。

 その中へと、統矢は迷わず【樹雷皇】を突っ込ませる。

 爆炎の中で、れんふぁの声がメタトロンを捉えていた。


『マーカー、オンッ! が、がんばれっ、スレイブランチャーたちっ!』


 巨大なコンピュータールームにも似たコクピットの中から、れんふぁの声が銃神じゅうしん下僕スレイブを従える。事前に射出されていたマーカー・スレイブランチャーが、れんふぁの設定したマーカーに従い動き出した。それは、獲物を追い詰める猟犬ハウンドのように無数に群がる。

 マーカー・スレイブランチャーは、それ自体が推力を持つ浮遊砲台である。

 れんふぁの手動演算で互いをカバーし合いながら、マーカーに従い敵の死角へ飛ぶのだ。

 四機のマーカー・スレイブランチャーが、メタトロンを上下左右から襲う。

 三次元的な包囲の中心へと、60mm機関砲の四重奏カルテットが鳴り響いた。

 だが、包囲殲滅の渦中にあるメタトロンの横をすり抜け飛んで、統矢は絶句する。


「今のを、避けるかよっ! クソッ!」


 メタトロンは、そのすらりとしたトリコロールの機体を、よじって、ひねりしならせて……。四機のマーカー・スレイブランチャーが吐き出す鉛のつぶて、同時攻撃を完全に回避したのだ。

 まるで宇宙の海を泳ぐようなしなやかさで、それぞれにライフルを向ける。

 一つ、また一つとマーカー・スレイブランチャーが叩き落され爆発した。

 最後にメタトロンは、振り向く間を惜しむように左のわきへとライフルを通して、背後の敵意をも撃ち抜く。勿論、メタトロンにダメージは全くない。

 再び統矢は、先程より短い半径でターンした。

 同時に先程より強いGが、殺しきれずにコクピットの統矢をゆがませる。


「なにか攻撃オプションは……グラビティ・アンカー? 使ってみるさ!」

『ま、待って、統矢さん! メタトロンが……高度を落としていくよ。これ……大気圏に突入してるっ!』

「行かせるかよぉ!」


 バレルロールで回転しながら、統矢の思惟を拾って【樹雷皇】がぶ。

 メタトロンから放たれるビームを回避し、回避し切れぬ一撃をグラビティ・ケイジが受け止める。その対消滅ついしょうめつ反応が肉眼で見える程に、強力なビームの続いた。

 そして、徐々にメタトロンの機影が空気との摩擦で炎をまとう。

 迷わず統矢も、大気圏へと再突入を選んだ。


『進入角、誤差修正……統矢さん、このままだと太平洋の真ん中あたりに落ちます、けど』

「くっ、レーダー系が全部アウトだ! なにも見えない!」

『電離層の中で全てが乱反射してるの。目標ロスト……でも、近くにいる。グラビティ・ケイジ全開、機体冷却……うん、安定してるよ。この子、凄い。……いい子だね、【樹雷皇】』


 不思議とれんふぁの声は落ち着いていた。

 再突入でビリビリと震える機体の中、何層もの装甲に隔てられた二人のコクピット。いつもお馴染みの風景に包まれた統矢と違って、れんふぁは360度フルスクリーンの中で補佐をしてくれている。統矢が操縦を誤れば、爆散する機体は彼女を飲み込み蒸発させるだろう。

 統矢は【氷蓮】を分離させることができるが、彼女にあるのは脱出ポッドのみだ。

 コクピットがまるまる射出される機構だが、それが動く余裕があるかはわからない。

 【氷蓮】がレーシングバイクにまたがるように身を伏せる、その下にあるれんふぁのコクピットは……さらにその下に、動力部となっている【シンデレラ】と共にあるのだから。何重もの装甲に覆われた【シンデレラ】に直撃を受ければ、爆沈は免れない。

 再突入の時間は、そんなことを考える統矢には長く感じた。

 不思議とメタトロンも攻撃をしかけてこない。

 恐らく、あのセラフ級パラレイドでも、大気圏突入時は攻撃オプションを持っていないのだ。


「……お前もそう呼ぶんだな、れんふぁ。この子、ってさ」

『え? あ、うん……きっとね、統矢さん。この子……【樹雷皇】だって怖いんだよ? お腹の中には【シンデレラ】っていう、よくわからない動力部が入ってるし。どの武装も運用実績のない未知の新兵器で、ついさっき【氷蓮】と合体したばかりだし』

「そういうの、あるのか? ……千雪チアキも、同じようなこと言うんだよな、よく」

『うん。千雪さんのそういうとこ、わたしも好きかなあ。千雪さんは優しいから』

「そうかあ?」

『そうだよぅ』


 緊張感のない会話が、統矢の加熱する闘志を冷ましてゆく。

 冷静さを取り戻しつつ、軽く機体をチェックして残りの兵装を把握する。ミサイルは勿論、誘導兵器の類もメタトロンには通用しない。当たれば必殺の大型対艦ミサイルも残ってるが、当ててとせるとは思えなかった。

 やはり、パラレイドに対する基本的な戦術ドクトリンは変わらない。

 白兵戦、格闘戦で直接打撃を与え、物理的にその活動を停止させる。

 そのことを再確認した統矢の耳に、れんふぁが小さく叫ぶ。


『大気圏突破だよっ! 太平洋上空、高度一万七千!』

「奴は、メタトロンは!」

『反応ロスト……まって、凄い近くに――』


 瞬間、爆発に【樹雷皇】が揺れる。

 攻撃に備えてグラビティ・ケイジを解除した、その間隙を襲う振動。

 戦慄に思わず、コクピットの中で統矢は振り返る。

 悲鳴にも似たれんふぁの声が響き渡った。


『Lコンテナ大破、誘爆しちゃう……メタトロン、直上! 【樹雷皇】の上に、乗ってるよ! 統矢さんっ!』

「くっ、振り落としてる暇はない! 電磁投射砲レールガンは? 射角が取れない? ならっ! れんふぁ、Lコンテナパージ! Rコンテナ十番発射、続いてRコンテナもパージだ!」

『Rコンテナ十番? 統矢さん、それは』

「バランスを取るためだ、兵装コンテナをパージする! ぼやぼやしてると背中で誘爆するぞ! ……れんふぁ、お前一人でも飛ばせるよな? 【氷蓮】を切り離せ!」

『統矢さん!』


 続いて衝撃が痺れるように伝わってくる。

 【樹雷皇】に乗り上げ立ち上がったメタトロンが、その手に巨大な光のジャベリンを持っているのが見えた。モニターの隅に浮かぶウィンドウでそれを確認して、統矢は補助用のパネルに指を走らせる。

 最大で半径10kmもの広さをカバーする、グラビティ・ケイジ。重力場による鉄壁の守りに加えて、【樹雷皇】はありったけの装甲で覆われた空飛ぶ要塞だ。しかし、その背に乗ってきた敵への攻撃オプションは少ない。小回りの効くマーカー・スレイブランチャーを出しても、すぐに撃ち落とされてしまうだろう。

 そうしている間にも、【樹雷皇】は爆発を背負いながら高度を落としていた。


『Rコンテナ十番、【グラスヒール】射出しました。統矢さん、気をつけて』

「サンキュな、れんふぁ……【樹雷皇】のコントロールを譲渡、アームド・オフ!」

『アイハブ! 【氷蓮】を切り離します!』


 軽い衝撃と共に、【氷蓮】が立ち上がるや風に乗る。

 風圧で引剥されそうになる中、統矢は慎重な操縦で【樹雷皇】の装甲面を走り出した。その頭上で、アンチビーム用クロークに包まれた【グラスヒール】が、射出弾頭の中から落ちてくる。

 それを掴んで疾駆する先で、メタトロンが振り返った。

 既に左右の兵装コンテナをパージした、そこは空飛ぶ蒼穹そうきゅう闘技場コロッセオ

 互いの生死を賭けた戦いの中で、メタトロンは再び光の槍を振り上げた。


「それ以上【樹雷皇】を、れんふぁを……やらせるかよっ!」


 対ビーム用クロークを装着する間も惜しんで、統矢の叫びが【氷蓮】を走らせる。不安定な足場の中で、二倍以上もの大きさのメタトロンへとぶつかってゆく。

 改めて見ると、メタトロンの姿はまさしく、白い熾天使セラフ……そして人類にとっての悪魔だ。胴体は青と赤で塗られて、黄色がアクセントになっている。手にする槍の穂先には、朱色の光が刃を形成していた。

 身を浴びせるようにして抜刀し、【氷蓮】が斬りかかる。

 揉み合うようにして、二機は鍔迫つばぜう中で感じる違和感。


「なんだ? この感触……ッ!? ま、まさか、なんだよこれ!」


 統矢は驚きを口にしながらも、巨大な【グラスヒール】を振り上げる。単分子結晶たんぶんしけっしょうの大剣は、ビームを刀身で弾きながら、メタトロンの繰り出す槍をさばいていなす。

 不思議な感触があって、敵の太刀筋が手に取るようにわかる。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力コンセントレーションが、知覚して反応する。

 

 メタトロンもまた、押されて下がる中で……統矢の攻撃全てに反応してきた。


「とにかくっ! 【樹雷皇】から引き剥がす!」


 メタトロンが下がってできた空間へと、統矢は愛機を押し出した。

 そして、全身のスラスターを爆発させるように加速する。青白い光を背負って、【氷蓮】はメタトロンの下半身へとタックルを敢行した。そのまま押し出して、足元の感触が喪失する。

 れんふぁの叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 グラビティ・ケイジが展開されれば、その範囲内で【氷蓮】は浮いていられるし、メタトロンだけを放り出すことも可能だ。その気になれば【樹雷皇】は、同時に無数のPMRを空中に浮かべることができる。だが、【樹雷皇】は損傷が激しいのか、黒煙を巻き上げながら飛び去っていった。

 そして、統矢はメタトロンの中に内包された殺意を見た。

 そう、見た……装甲越しに見えたのは、確かな人の息遣いきづかいだった。

 そのまま二機は、青い空と海との狭間はざまを落ちていった。

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