第4話「破壊の中から羽撃いて」
仮設ドックの中の空気が、サイレンの音で戦慄に凍る。
その名は、【
統矢が
「なんだこりゃ……これが全部? 主砲、
それは一言で言うと、
細く長い、天翔ける魔剣の刃だ。
巨体の大半を占めるのは、長大に過ぎる超々長射程の集束荷電粒子砲、その砲身だ。その根本に申し訳程度に前進翼があり、上面には兵装コンテナと索敵様レドーム、戦艦で言えば
統矢が
『統矢さん、いいですか? 作業員の退避、終わったみたいです』
「れんふぁか。ああ……いいさ! やってみせる!」
『えっと、じゃあ……全
微動に震える中で、統矢は次々とサブモニターを流れる文字列を読み取ってゆく。それは、全長300mを超える空飛ぶ武器庫だ。火器管制や出力調整は、【樹雷皇】の側で
だが、驚きに武者震いが込み上げても、
――やれる、やりきる、やり通す。
この力があれば、あらゆるパラレイドを
数や質を問わず、セラフ級さえ単体で
統矢の中の危険な闘志が、
そんな時、れんふぁとは違う回線から声が飛び込んでくる。
『摺木統矢! 既に敵は地球の衛星軌道上へ
「……月に衛星軌道、そして地球か。手堅く
『多くは言わん。徹底的に潰せ。【樹雷皇】、使いこなしてみせろ!』
「言われるまでもない! れんふぁ、出るぞ!」
『待て、すぐにラングレーの高度を……仮設ドックの開放に、急いでもあと15分はかかる。その間に――あっ、こら! なにを、す、る……
不意に、回線の向こう側が慌ただしくなった。
無線機を取り上げられる
代わって響くのは、酷く落ち着いた穏やかな声音だった。
『どうも、お疲れさん。摺木
「ああ、さっきの……別に、どうでもいいですけど」
『現在【樹雷皇】は、人類同盟所属の
「だから、仮設ドックを開けないと外に出られないってんだろ?」
『ぴんぽーん、正解』
この非常時で、背後で喚く刹那の声に、行き交う下士官の叫びが入り交じった。だが、慌ただしい緊張感の中で、不思議と志郎の声が鼓膜に浸透してくる。
決して声を荒らげず、ゆっくり余裕をもって放たれる、言葉。
それは何故か、
不思議な
『それでねえ、あ、ちょっと待ってね。刹那ちゃん、ラングレーの艦長に……うん、うんうん。そう、それなんだけど。ちょっと艦橋まで走ってもらえる? お願いねん』
「あ、あの、刑部提督」
『ああ、ごめんごめん。時間がないから端的に説明するよ。このラングレーは、人類同盟が保有する最大の飛行艦艇な訳。双胴型で、片方の
「それで」
『今から、左舷側の気嚢を爆破、Gxガスを吹き飛ばすから。で、飛行甲板はほぼ垂直にずり落ちるから……そのまま仮設ドックごと空中に放り出されることになる』
「! ……あとは、わかる。それ、いいのかよ」
『アメリカは怒るだろうねえ。船乗りとしても胸が痛むよ。でもね』
「でも?」
『地球という巨大な宇宙船が爆沈、沈没することに比べれば……まあ、始末書くらい僕が書くから、それは平気。大丈夫だよん?』
「だよん、って……」
『じゃ、そゆことでよろしく。ポポポポーンとやっつけちゃって
それだけ言って、通信は切れた。
だが、悪くない。
統矢は最終チェックを追えて、【氷蓮】ごと【樹雷皇】の全てを掌握する。
同時に、外の爆発音を拾って仮設ドックごと巨艦が激しく揺れた。
徐々に【樹雷皇】が、固定用の拘束アームを外される中で傾いてゆく。
「軽く言ってくれる! ……全く、海軍の士官学校じゃ
『はい! 現在の傾斜はマイナス40度。仮設ドック、崩壊しつつ滑り落ちてます。ラングレー内に激しい衝撃音。火災と、あと艦載機が固定具から外れて……うわあ、大惨事』
「下は? ここ、高度15,000mだろ」
『今は太平洋上空、下に島や船舶の反応はないよ。っとっと、あわわっ!』
「どうした、れんふぁ!」
『コーヒー、こぼしちゃった。うう……濡れちゃいました。えと、艦の傾斜が60度を突破……仮設ドック、完全に落下姿勢だよ。
「グラビティ・ケイジ……ああ、【シンデレラ】が使ってたあのバリアか」
同時に、一瞬だけの無重力が統矢を包む。
巨大な空母が完全に90度傾くと、仮設ドックが宙へと放り出された。
統矢の胸で、ふわりとネクタイが浮かび上がる。
そして……世界樹の神皇が、覚醒した。
『グラビティ・ケイジ展開、主機フルドライブ! 全ロケットモーター、点火……ブーストッ!』
「……
コクピットからは全く見えず、前面のモニタは【氷蓮】の視界しか伝えてこない。薄暗い中で崩落する仮設ドックの闇が、徐々に空の青さに引き裂かれていった。
肉眼で確認できるほどに、強力な暗い光を放つ
【樹雷皇】を包む強大な重力場が、内側から仮設ドックを木っ端微塵に砕く。
同時に、全推力が
不思議と、加速のGが全く感じられない。
そのことをれんふぁに聞いたら、どうやら【氷蓮】を含むコクピット周辺にも、重力制御が働いているようだ。高度な異次元の慣性制御で、巨大な兵器に乗っているという感覚がない。
『【樹雷皇】、第一宇宙速度突破、成層圏離脱……統矢さん、平気ですか?』
「平気もなにも……全然感じないぞ? なあ、ちょっと……もうちょっと、機体の振動や衝撃をコクピットに、【氷蓮】に反映できないか? ……敵を肌で感じ
『ま、待ってね……結構簡単にできると思う。あ、ほら! 統矢さん! 地球が』
メインモニターに漆黒の
そして、その隅に小さなウィンドウが浮かんだ。
だが、全ての生命を内包して
そうこうしていると、【氷蓮】のコクピットが普段のような揺れを取り戻す。座席の下に動力を感じ、風斬り
同時に、統矢を乗せた【氷蓮】もまた、異形の巨大兵器群に埋まって人の姿を脱ぎ捨てた。統矢とれんふぁの手で今、虚空の宇宙に最強の殲滅兵器が吼え荒ぶ。
『統矢君、どう? あんまり反映させすぎると、Gでペチャンコになっちゃうと思う。統矢君も、わたしも』
「ああ、大丈夫だ。これくらいでないと……ッ! なにか光った!」
『前方、爆発光! 多分、セラフ級パラレイド……メタトロン。イルミネートリンク……はわわ、戦略衛星が次々と破壊されてる』
「チィ! れんふぁ、ここから狙えるか!」
『地球の丸みが……あ、大丈夫。射線、通るよ。集束荷電粒子砲、スタンバイ。
統矢の瞳が見詰める先で、
それは、人類同盟が打ち上げた天からの
「れんふぁ、ビームでも多少は照準が……地球の重力とかの影響は」
『大丈夫だよ、統矢さん。200mの砲身の、その先の先までずっと、グラビティ・ケイジの見えない砲身が補正してくれるから』
「……なんか、すげえな」
『えへへ、ありがと……照れちゃうな。なんか……凄く、嬉しい。わたし、やっと役に立ててる、気がする』
「いや、お前を褒めた訳じゃ……ま、いいか。頼む、れんふぁ!」
『うんっ! ライフリング回転開始、口径を絞って……バレル安定。チャンバー内圧力臨界……【氷蓮】と統矢さんの目が焼けちゃうから、バイザー補正するね』
「頼む! ……見えてるぜ、パラレイド。ここから……俺たちがっ! 人類が、思い知らせてやる! これが……俺たち人類の、力っ! だぁぁぁぁっ!」
音速の十倍以上のスピードで、【樹雷皇】が宇宙を切り裂く。
その長く先端まで伸びた砲身から、
統矢の照準で、精密な射撃を目的に口径を絞った集束荷電粒子砲が、メギドの火にも似た光条を解き放つ。熱と光の奔流を吐き出しながら、【樹雷皇】は真っ直ぐパラレイドへ……セラフ級、メタトロンへと吸い込まれた。
あっという間に距離を食い潰した巨体の中で、統矢は見た。
ビームの照射を終えた【樹雷皇】が、レーダーの反応を映すモニターの上で光点と擦れ違う。僅か一秒もない
その刹那、統矢は見た。
統矢にだけは、見えた。
破壊した衛星を踏み台に飛び上がって、強力な砲撃を避けた白い影。
地球光が照らす、トリコロールに塗り分けられた大天使の姿を。
それは、Vの字に突き立つ角の下で、無機質な
一瞬の
カメラが移して
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