第6話「青と緑の星のどこかで」
激しい戦いで揉み合った、97式【
互いの必殺の剣が行き交い、落下しながら天と地は何度も入れ替わった。
彼が目覚めた時、周囲には静寂が満ちていた。
ぼんやりと開いた
「ここは……どこだ? 森……そして……はっ!?」
慌てて現実感を取り戻した統矢は、即座にシートの上で身を起こす。
そして、身体に食い込むハーネスに拘束されたまま、じたばたと
コクピットの傾斜は、機体がほぼ仰向けに倒れていることを感じさせた。操縦桿を握っても、
かなりの損傷で、ほぼ
だが、落ち着いて統矢はハーネスを外し、ヘッドギアを脱ぐ。
平静なつもりでも、不安に鼓動が加速してゆく。
「おいおい、壊れててくれるなよ……クソッ! 俺のせいだ」
コクピットを開放して、外へ出る。
暗雲が垂れこめる空には、時折
空はいつのまにか灰色で、周囲には森が広がっている。
そして、斜面にもたれかかる愛機【氷蓮】を振り返って、統矢は絶句した。
大半が蒸発してしまった
なにより、見上げる崖の傾斜に、巨大な
恐らく、無意識にスラスターで姿勢を制御して、この斜面を滑るように降りてスピードを殺したのだ。それでも、【氷蓮】は動くことができないダメージに沈んでいる。
その手には
「……
思わず統矢は、唇を噛んで
だが、そうして落ち込んでもいられない。
痛む胸の内を引きずるようにして、彼は即座に行動を開始した。コクピットからブレザーの上着を取り出して羽織り、サバイバルキットを持つ。システムダウンを確認して、全動力を停止させた。
とりあえず、近場の人間が住んでる生存圏に接触する必要があった。
まずは自分が生き残って、それからだ。
近くに
だが、統矢は弱気な自分を奮い立たせて歩き出す。
そして、脚を止めて振り返った。
「ええと、なんだ、うーん、あれだ。おっ、おとなしくしてろよ!」
自分でも妙だと思った。
【氷蓮】はマシーン、機械だ。統矢にとってそれ以上の意味がある、幼馴染の形見である。同時に、仲間と一緒に戦いながら、己を表現しうる唯一の手段だ。
そういうことを頭では理解していて、思い入れもある程度は存在する。
だが、パイロットである統矢以上に、この機体を気にしてる少女を知っていた。
生真面目で不器用で、いつでも真顔で、その
物言わぬ巨兵は、沈黙で統矢になにも応えてはくれない。
だが、再度統矢は声を張り上げた。
「絶対にあとで回収に来る! 修理もする! ……また、千雪に会わせてやる、から。だから……あークソッ、俺はなにを言ってるんだ? と、とにかくっ!」
とうとう統矢は、数歩引き返して【氷蓮】を指差した。
「いいか、俺が
とりあえず統矢は、後ろ髪を引かれる想いで歩き出す。
あてはないが、まずは森を抜ける必要がありそうだ。【氷蓮】がほぼ完全にオシャカだから、衛星とのリンクで現在地を特定することもできなかった。闇雲に歩いてもしかたがないので、持ち物からコンパスを取り出す。
「とりあえず、北に向かうか。最悪、今夜は森のなかで野宿だけど……」
ふと、敵のことが気になる。
先程まで激戦のさなかにいた、セラフ級パラレイド……メタトロン。あの
月の前線基地を一瞬で消し飛ばす攻撃力。
人類最強の力である【
改めて統矢は、セラフ級と呼ばれる天災クラスの脅威に恐怖した。
撃墜は確認していない。
無我夢中で戦う中で、無傷ではいられないと思いたいが……自信もない。
だが、先のことはまず生き残ってから考えるしかない。
森へと脚を踏み入れた統矢は、油断なく周囲に気を配る。
「植物の感じじゃ、熱帯地域じゃないようだけど」
ここはもう、大自然のド真ん中だ。その中で文明の恩恵が少ない今、統矢は脆弱なただの人間でしかない。万物の霊長などと自負していても、科学技術で己を守らなければ……人間は弱い。
そして、そのことをすぐに思い出させる光景が目の前に飛び込んできた。
「っ!? ……って、脅かすなよ」
突然、草陰から影が飛び出してきた。
思わず身構えて、ナイフはサバイバルキットの中だと思い出す。既に
だからこそ大げさに驚いたが、統矢は胸をなでおろしていた。
目の前にいるのは、やや大きめの野うさぎだ。
統矢を見ても逃げないのは、人に慣れているのか、それとも人を知らないのか。
身を固くする統矢の脳裏に、サバイバルの基本が思い出される。
「食料の確保というのも、あるけど……でも、流石にこれは」
全てのパラレイドを
だが、そんな彼の目の前で、大自然が過酷な
ビクリ! と震えた野うさぎは……次の瞬間には走り出していた。
それは、先程より大きな動物が視界に飛び込んでくるのと同時。
統矢が考え込んでいるうちに、野うさぎはあとからきたキツネに噛みつかれて持ち去られた。一瞬の出来事で、固まったまま統矢は身動き一つできなかった。
この場所では今、統矢は食物連鎖に関与できぬ、無力で無価値な少年だった。
呆気にとられつつ、気付けば額に浮かんでいた汗を拭う。
同時に、鼓動を落ち着かせれば……聞き覚えのある音を耳が拾っていた。
「水? ……波か、じゃあ」
統矢は歩調を強めて、最後には走り出す。
程なくして森を抜け、その規模が大きくなかったことを知る。しかし、振り返ると左右に広がる森は、広大に見えた。
原初の暗い森は、外から改めて見ると不可侵の闇を湛えて見えた。
そして前を向けば、砂浜に白い
渚に足跡を刻む統矢は、次第に立ち止まって水平線を見詰める。
その先にはずっと、低く
見渡す限りの大洋が、そこには広がっていた。
「海岸線に出た、けど……い、いや! ここが
襲いくる虚脱感に抗い、砂浜を海沿いに歩く。
静かに寄せては返す波が、長らく太古から続く営みのように繰り返されていた。それでも歩き続けると……意外なものに目を見張った。
そして、絶望しかけた統矢の心に火が灯った。
砂浜に、一人の人間が倒れている。
思わず駆け出せば、酷く
すぐに抱き上げ、呼吸と鼓動を確認する。
そして……倒れた少年から伸びる足跡の先は、海の向こうへ消えていた。
見れば、波間に飛行機が突き刺さっている。
あの形状は軍用機だ。人類同盟の各国は空軍を廃止、航空戦力をほぼ放棄している。無人攻撃機の
もっとも、統矢にわかるのはそこまでだ。
一介の幼年兵には、パンツァー・モータロイドこと
「おい! しっかりしろよ、おい……目を覚ませ、覚ましてくれよ!」
僅かに薄い胸が上下していて、息があることがわかる。
だが、膝の上で揺すっても少年パイロットは目を覚まさない。
気付けば統矢は、同じ立場の遭難者に覚醒を強請る。その中で弱気な臆病が膨れ上がって、胸が潰れそうだった。
恐らく、人類同盟の各国は【樹雷皇】の戦果と性能を確認したかった筈だ。
その目的で飛ばされた偵察機が巻き込まれたか、それとも事故か……別の任務で
そうして頭をフル回転させていると、反応があった。
「ん……っう……」
「おい! 大丈夫か?」
「……准、将。僕は……」
苦しげに呻く少年の頬に、
慌てて統矢は目元を拭ったが、涙ではなかった。
それで空を仰ぐと……ついに
次第に雨粒は重さを増して、あっという間に音を立ててゆく。
とりあえず統矢は、少年パイロットを抱き上げて走り出した。驚くほどに軽くて、全力疾走すれば重さを感じない。そうして統矢は、再び森の方へと引き返すのだった。
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