第18話「悪魔となりても天使を討たん」

 船出ふなでの時が来た。

 蘇った原子力空母バラク・オバマが、半世紀ぶりの戦いへと出港する。かつて艦載機かんさいきが翼をたたんでいた格納庫ハンガーには今、無数のパンツァー・モータロイドが並んでいる。

 その数、72機。

 ソロモン作戦の中核をなす、天使を狩るための悪魔だ。

 五百雀千雪イオジャクチユキ更紗サラサれんふぁを連れて歩く摺木統矢スルギトウヤは、PMRパメラの見本市のような格納庫をそぞろに歩く。振り返れば、ラスカ・ランシングが89式【幻雷げんらい改型伍号機かいがたごごうきで声を張り上げていた。コクピットでは渡良瀬沙菊ワタラセサギクの返事が響く。


「沙菊っ、もっかい見てて! もぉ、なんでわからないのよ。こうよ、こう。伍号機は中距離での火力支援型なんだから、距離に気をつけないとダメよ!」

「たっはー、ラスカ殿厳しいッス……こ、こぉスか?」

「ん、そうよ。やればできるじゃない。アンタ、筋は悪くないんだからちゃんとしなさいよね。千雪のでっかいお尻ばかり追いかけてないで、自分のことは自分でする!」

「ラスカ殿マジ天使ッス……あと、千雪殿に怒られるッスよ」


 統矢もそう思う。

 ガチで怒ると思うし、確かに立派な尻だと思う。

 だが、あの日以来ラスカは少し当りが柔らかくなったような気がする。相変わらずよく食べてて誰にでもツンケンとしてるが、少しずつ自分の居場所を見つけていけるようだ。

 否、最初からもう居場所はあって、到達していたのだ。

 それに気付いただけかもしれない。

 そんなことを考えていると、騒がしい格納庫の向こうで千雪が呼ぶ。

 人いきれとオイル臭が満ちた空間は今、工具の金属音が無数に行き交っていた。

 そんな中でも、千雪の涼し気な声はよく通って、普段の何倍もはずんでいた。


「統矢君、見てください。こっちにはユーロの新型があります! この子はもうロールアウトしてたんですね……Gz-R808【ガラティーン】です。新規設計のフレームで、Gx感応流素ジンキ・ファンクションの伝導率を高めた最新式のラジカルシリンダーが――あっ! あ、あれは!」


 まるで子供だ。

 制服姿の千雪は、珍しくはしゃいで右に左にとふらふら吸い込まれてゆく。彼女はPMRやメカニックに目がなく、周囲の軍人たちが驚きつつその美貌を見やる。まるで、機械と見れば飛びつかずにはいられないグレムリンの妖精だ。

 だが、ベテランの古参兵こさんへいたちが千雪を見る目は優しい。

 美しき幼年兵の可憐な姿に、誰もが頬を緩めていた。

 そして、千雪はそのことにも気付かぬまま、手にたタブレットで一生懸命に写真を撮っている。それは、統矢が貸しているあのタブレット……今は亡き更紗りんなの形見だ。

 浮かれる千雪を追えば、隣に並ぶれんふぁも笑顔を咲かせる。


「統矢さん、あのタブレット」

「ああ。今、千雪の奴は改型参号機かいがたさんごうきを修理中だからな。再設計のために貸してるんだ。……今はあいつに持ってて欲しい。大事なものだからさ」

「ふふ、ひいおばあちゃんが聞いたら焼いちゃうかもですよぉ」

「ま、まずいかな? でも、あれは便利なんだよ。りんなが使ってた計算ツールや製図アプリが入っててさ。それに……やっぱり大事なものだから」


 自分でも不思議なくらい、穏やかに笑えた。

 これから死地へと飛び込むのが、少し信じられない。

 そして、れんふぁの笑顔が忘れさせてくれる。

 PMRを満載した原子力空母は、これからセラフ級パラレイドの待ち受けるアバロン島へと向かう。過去最強とさえ言われる、メタトロンを殲滅せんめつするために。

 だが、不思議と緊張も悲壮感もない。

 仲間も一緒だし、奇妙な安心感の中で統矢の闘志が高まってゆく。

 そして、いつも通りほんわかとした笑みで、れんふぁも落ち着いていた。


「でも、千雪さんてば……参号機、持ち込んでるんですよ? このふねに」

「えっ、持ってきたのかよ。ありゃ、直すのにまだまだかかるぜ?」

「修理が間に合えば、統矢さんと一緒に出撃するんだって……止めたんですけどぉ」

「まあ……今日明日で直る損傷じゃないしな。そっか、そんなこと言ってたのか」

「あとは、今の自分ができることをするって言ってましたぁ」


 二人で追えば、千雪は熱心にPMRの写真を集めている。

 そして、彼女はいつもの怜悧れいりな無表情のまま、一機のPMRの前で瞳を輝かせた。

 振り向く千雪の黒い長髪が、ふわりと広がる。


「統矢君、見てください! マキシア・インダストリアルのTYPE-13R【サイクロプス】です。この間の青森では、ゆっくり見ることができませんでした……とても珍しいPMRなんです、この子。あ、そうだ……統矢君! 私、この子と記念撮影したいです。写真、撮ってください」


 まるで子供、どころの話ではない。

 もう千雪は、小さな幼子おさなごへと戻ってしまっている。

 それがまた微笑ほほえましくて、統矢も「わかったわかった、わかったから」と歩み寄った。だが、千雪の手からタブレットを受け取りつつ……目の前の機体に見覚えがある。

 通常のPMRより一回り大きい、局地戦用の重装甲タイプ。人類同盟じんるいどうめいの中核をなすアメリカが、決して他国には供給しない秘蔵の機体だ。特殊部隊の隊長機として少数が配備され、乗り手の技量次第では強力な戦闘力を発揮する。

 そのパワーを統矢は以前、いやという程思い知らされていた。

 そして、懐かしい声が背後で響く。


「よぉ、ボォォォォォイ! 元気そうだな!」


 振り向くとそこには、いかつい巨体の兵士が立っていた。

 海兵隊第二PMR中隊かいへいたいだいにパメラちゅうたいの隊長、グレイ・ホースト大尉だ。

 以前、グレイとは青森での戦闘で共闘している。その前にちょっとしたいさかいがあって、戦意高揚のためのエキシビジョンでパンツァー・ゲイムを戦ったこともあった。大胆にして緻密、豪放にして繊細な戦いをするクレバーな軍人。そしてなにより、熱い闘志を秘めたタフガイだ。

 再会に驚く統矢の背をバシンと叩いて、グレイは白い歯を見せつつ笑った。


「ボーイ、あっちの子にしたのか? それとも、この子か? 両方はないだろうなあ、ハッハッハ!」

「グレイ大尉、これは、いや! そういうんじゃないけどさ。違うんだって」

「あっ、統矢さん酷いですぅ。統矢さん、千雪さんを選んだじゃないですかぁ」


 ちらりと見れば、【サイクロプス】の足元で千雪がキラキラの瞳を向けてくる。見るからにワクワクが押さえきれていない様子で、周囲には珍しく携帯電話を取り出す者たちもいる。兵士の何人かは、この時代では貴重となった携帯のカメラを日本の美少女に向けていた。

 今の御時世ごじせい、こうした機器を持つ者は限られている。

 この艦に集められたのが、最精鋭のエリート集団だと統矢にも知れた。


「オーケェ、ボーイ! いいから写真を撮ってやれ。話はそれからだ」

「あ、ああ。おーい、千雪! 撮るぞ! ……お前、ちょっとくらい笑えよ」

「……こ、こうですか?」

「硬い。なんか、硬い。ガチガチだろお前、もっとニッコリしろ!」

「こうでしょうか! どうですか、統矢君」

「いや、その……すまん、ちょっとキモい。俺が悪かった、普通でいい。普通のお前がいいよ、やっぱさ」


 千雪は上機嫌で、【サイクロプス】に手を添えポーズを決めた。まるで、一昔前のモーターショーで活躍したコンパニオンだ。そして、無数のフラッシュを浴びつつ、統矢のタブレットにその姿を収められる。

 あっという間に彼女は、何人かの兵士に囲まれ話しかけられていた。

 どうやらPMRの話題らしく、ハキハキと答える千雪は楽しそうだった。

 やれやれと苦笑しつつ、れんふぁと写真を覗き込む。

 グレイ大尉も、強面こわもてが嘘のように笑った。


「いい思い出になったじゃないか、ボーイ。で? 外でちらっと見たが……ありゃなんだ? 日本人は、いや……秘匿機関ひとくきかんウロボロスとかいうのは、なにを造ったんだ?」

「ああ、あれは【樹雷皇じゅらいおう】だ。俺の97式【氷蓮ひょうれん】セカンド・リペアをコアユニットにした、えっと……なんだっけ? ナントカ兵装統合体だよ。システム・ユグドラシルだっけ? 簡単に言えば、空飛ぶ武器庫だ」

「クレイジー……あれをボーイが? なんてこった、また子供にそんなことをやらせて」

「いいさ、グレイ大尉。あれ、こいつが……れんふぁがいないと動かないんだしさ」


 そのれんふぁは、戻ってきた千雪とタブレットを覗き込み、アレコレ写真を見ては笑っている。二人の少女が仲睦なかむつまじく、まるで姉妹のように華やいでいた。

 そして、それを見守るグレイの目元が優しさを帯びる。


「……こんなことはいい加減、終わらせたいもんだなあ? ボーイ」

「まあな。はは、泣く子も黙る海兵隊の大尉が、変わったもんだな」

「日本で教えられたよ。PMRは女子供でも使えるよう、Gx感応流素による思考操縦アシストがある。それは、意志を力に変えるシステムだ」


 グレイは目を細めて、どこか寂しそうに自分の愛機を見やる。

 見るからにマッシブな【サイクロプス】は、他国のPMRと一緒に決戦の時を静かに待っていた。

 グレイは溜息を吐くように、自分に言い聞かせるように呟いた。


「気合と根性もまた、PMRの性能を何倍にも増幅させる。だが、ボーイたちのような子供をその気にさせるのは、酷な話だ。女子供や市民を守る軍人が、守るべき者を使って戦争をする。狂っちまってるなあ」

「いや、それは……えっと、すまない大尉。俺が……悪いらしい」


 パラレイドとの先が見えない永久戦争は、今も続いている。

 そして、この時代の全人類がDUSTERダスター能力に目覚めぬ限り、終わらない。

 狂気の世界を演出して戦火をあおるのは、パラレイドの首魁しゅかい……もう一人の摺木統矢。遥か未来の世界で、異星人との戦いに敗れて尚も戦おうとする、妄念を燃やす男が原因なのだ。

 それを知るのは、れんふぁが真実を打ち明けた仲間だけ。


「ボーイ、お前が謝ることじゃない。やるからにはベストを尽くせよ? 俺様がケツはもってやる、クソッタレ天使の島に全員で突撃だ」

「……ああ」

「死ぬなよ、ボーイ。悲しむ女が二人もいるのは、ちょいとずるいからな」


 艦内放送が響いたのは、その時だった。

 誰もが見上げる格納庫の天井を、どこか呑気のんきな声が突き抜ける。


『あーあー、マイクテス、テステス……え? もう繋がってんの? やだなあ、刹那セツナちゃん。早く言ってよねえ。さて……えー、皆さん作業しながら聴いて下さい。本作戦の指揮を執る、艦長の刑部志郎上級海将オサカベシロウじょうきゅうかいしょうです。どーも、こんにちは。お疲れ様です』


 周囲が笑いで少しざわめいて、そして静まり返った。

 酷く締まらない声だが、この場の全員が知っている。世界中の海軍が頭を悩まし、陸軍連中は無謀な特攻しか提案しない中……半世紀前の空母による単艦突入、強襲揚陸作戦きょうしゅうようりくさくせんを発案した提督のことを。その勇気と智謀を知って、信じている。

 統矢も黙って、千雪やれんふぁと一緒に言葉を待った。


『えー、本作戦に志願してくれてありがとね。なるべくみんなで生きて帰りましょう。以上! ……え? もっと喋れって? 弱ったなあ、僕はこういうの苦手なのよね。じゃや……作戦が成功したら、刹那ちゃんが……ウロボロスが一杯おごるそうです。ドンペリでもなんでも、飲み放題で、痛っ! 痛い痛い、痛いよ刹那ちゃん、あ、ちょっと――』


 通信が切れた。

 酷く緊張感に欠く話で、志郎に気負いは感じられない。それは自然と、作戦に参加する全ての兵士から悲壮な決意を奪い去っていた。

 ただただ勝利を信じ、その先の未来を分かち合うために戦う。

 誰の目にも今、絶望を拒絶する強い光が宿っていた。

 そして、出港の時が来た。


「よし、行こうぜれんふぁ……俺たちは【樹雷皇】でやらなきゃならないことがある」

「う、うんっ! じゃあ、千雪さん……統矢さんのことは任せてね。わたしと統矢さんで、みんな、みーんなっ! 守るから」


 頷く千雪の隣では、グレイが身を正して敬礼をしてくれた。それを見た周囲の兵たちも皆、階級や人種、国家の枠を超えて統矢に向かって敬礼する。

 統矢も背筋を伸ばして敬礼を返す。

 戦士たちの戦いが今、始まろうとしていた。

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