第17話「咲いて恋花、散るままに」
ハワイの
一週間と
今、ハワイ基地の施設内を統矢は書類の
手続きの
そんな彼が歩く先で、見知った顔が二つ並んでいる。
「ん、
統矢が呼びかける声に、二人は揃って振り向き……唇に人差し指を立てる。無言で
今は午後に折り返して久しく、おやつの時間だって終わってる。しかし夕食には早い時間で、いつもは
二人と一緒に見やると、そこには異様な光景が広がっていた。
食堂には小さな子供と老人しかいない。
共に日本皇国海軍の軍服を着た、
書類の山に囲まれながら、物凄い勢いで刹那は仕事を処理している。
一方で、隣に座る志郎は
「なんだ、御堂先生……じゃなかった、御堂特務三佐じゃないか。それと、あの
これ幸いと統矢が食堂に入ろうとした、その時だった。
不意に両側から、ガシリ! と統矢は二の腕を抱き締められた。そうして千雪とれんふぁが、統矢を入り口の影に引きずり込む。発言も許されず、れんふぁの柔らかい手が口を封じてきた。
「統矢さん、駄目ですよぅ……今、とーってもいい雰囲気なんですから!」
「そうですよ、統矢君。ここは少し様子を見ましょう」
なんの話だかさっぱりわからない。
だが、むー! と怖い顔を作ってるつもりらしいれんふぁが、
れんふぁはようやく統矢から離れると、思い出したように「あ!」と手を叩いた。
「そういえば統矢さん、やーっと! やあああああっと! 千雪さんに告白したんですね。さっき、千雪さんから聞きました。はぁ、よかったあ。本当によかったですぅ」
「ばっ、馬鹿っ! そういうんじゃ、ねえ、けど……その、なんだ、あれだよあれ」
「統矢さんって、本当にそういうの全然駄目で。わたし、ずっとやきもきしてたんです。みんなもそうですよ? みーんなっ、ニラニラしながら見守ってたんです!」
「……おいおい、マジかよ。みんなって」
千雪は僅かに頬を赤らめつつ、まだ統矢の腕にしがみついていた。
そんな二人を見て、再度うんうんとれんふぁは頷く。
「千雪さんっ、本当によかったですね! わたしもホッとしました。統矢さん、千雪さんを大事にしてくださいね? 千雪さんも、元気な子を産んで下さいっ!」
「ちょ、ちょっと待て! 話が飛躍し過ぎてるだろ! って、千雪もなにドヤ顔してんだ、少しは否定しろ! 恥ずかしがれ!」
「大丈夫です、統矢君。私、バンバン産みますから。
聞けば、れんふぁのいた時代……西暦2208年の世界は常識が違うらしい。異星人との
そんな時代に育ったれんふぁは、男女は積極的に子供を産み育てるものと思っている。そう教育されたし、そのことに疑問を抱かぬ価値観で生きてきたのだ。
「えっ……統矢さん! この時代って、十代ではあまり母親にならないんですか!?」
「そうだぜ、まあ……何事も例外はあるが、
「統矢君、私はいつでも心の準備ができてますので」
「お前は黙れ、話がややこしくなる」
だが、
彼女は腕組み寄り添う統矢と千雪の手と手を取って握らせ、自分の手も重ねる。
「でも、本当によかったです。じゃ、次は……刹那ちゃんですよねっ」
「ん? なんか、さ……話が読めないんだけど。それより、俺はこの書類を」
「統矢君、御堂特務三佐はどうやら
「……ませたガキだなー、そりゃまた。で? ……おい待て、まさか」
そのまさかだった。
思わず統矢は目が点になってしまう。
改めて食堂の様子を盗み見れば、二人の会話が聴こえてきた。その気はないのだが、気付けば統矢も千雪やれんふぁと一緒に聞き耳を立ててしまう。
忙しそうに書類をさばく刹那は、いつにも増して不機嫌そうだ。
だが、隣で見守る志郎はとても楽しそうで、
「ええいクソッ! 仕事が全く終わらん。この手の書類はすぐに溜まるな。……提督、少しは手伝ったらどうなんだ! 誰のために私がこんな苦労をしていると思っている!」
「えー、だってさあ。刹那ちゃん、僕の
「ぐぬぬ……だが、これは既に作戦とは言わん! 私が間に入って調整役をしなければ、
「でも、刹那ちゃんがアレコレやってくれると思ったし。それにほらぁ、僕の人望? っていうの? やっぱ凄い訳よ。それに、作戦の最高責任者があたふたしてたら、周囲の兵の士気にも関わるしねえ」
要するに、志郎は会議では
統矢は見てて
そんなまさかと思うが、確かに統矢は見た。
のほほんと茶を飲む志郎を、時々チラリと見ては……刹那もまんざらではない顔をしている。あの非情で冷徹な刹那が、あんな顔をするのかという具合である。
「提督、そもそもこの作戦……ソロモン作戦は勝算があるのか? アヴァロン島に近付くことは愚か、太平洋を行き来することもできんのだぞ? 無差別に奴は……メタトロンは航行する艦船を狙い撃ちにしてくる」
「そう、だからこっちから出向いてやっつけないと駄目なのよねえ」
「バラク・オバマは半世紀も前に退役したボロ
「そこはほら、上手くやるってことで」
「各国の海軍から出させた72体のパンツァー・モータロイドと、選りすぐりのパイロットたち。少数精鋭での
それは統矢も思った。
志郎がアメリカ海軍から出させたのは、過去の遺物となった巨大空母である。しかも、今時ちょっと見ない原子炉で動くタイプだ。
だが、志郎は説明の必要を感じたのか湯呑みをそっと置く。
「刹那ちゃんとこで作った、ほら……ユグドラシル・システム? あれがあるじゃない」
「【樹雷皇】か、だがどう使うのだ?」
「あのセラフ級、ええと……そう、メタトロン。メタトロンの武器は高出力のビーム兵器だねえ。戦艦の主砲並というか、非常識な射程を誇る高火力だよ。で、対策だけど……バラク・オバマの真ん前に【樹雷皇】を配置、グラビティ・ケイジでビームを防ぐ」
「なるほど、ビームは直線攻撃でメタトロンは島から動く気配はない。ふむ……だが」
「【樹雷皇】はもともと、
「グッ! な、なぜそれを……」
「んー、それはナイショ。んで……【樹雷皇】のグラビティ・ケイジで、バラク・オバマを
「……やれるのか、刑部志郎上級海将」
「やりますとも、御堂刹那特務三佐」
流石の刹那も
だが、一度【樹雷皇】に乗った統矢は知っていた。一種のバリアとして機能し、あらゆる攻撃を遮断するグラビティ・ケイジ……重力場を形成するその範囲は、最大で10
これは内蔵された【シンデレラ】の力を増幅させたものである。
要するに、突入する空母を【樹雷皇】でガードしつつ、引っ張ってゆくのだ。
それを説明したところで、ふと志郎は優しい目で刹那の頭に手を置く。
「ねね、刹那ちゃん。絶対に成功させようねえ? ああいう怖い敵はさ、やっつけてしまわないと。多くの
「とっ、とと、当然だっ! ……私とてその覚悟はある」
「そっかあ、やっぱ刹那ちゃんて見た目のままの子供じゃないんだねえ……リレイヤーズだもんねえ」
「なっ……
「
刹那は黙ってしまった。
そういえば、統矢も一つだけ気になっていた。
先日、れんふぁは取り戻した記憶に
刹那はようやく、絞り出すような言葉で呟いた。
「それは……言えん。提督にも、言えないんだ。だから、私は……ッ!
「あ、そぉ? それが一番苦しいんじゃないかって。僕はねえ、かわいいかわいい刹那ちゃんが心配でさ。でも、言えないなら大丈夫。いいよ、黙ってて。話してくれたら墓まで持っていくし」
「……それも、困る。私は……しっ、しし、志郎には、生きてて欲しい。ずっと……あ、いや! 勘違いするな! 提督は皇国海軍の逸材だからな!
再度志郎は刹那の頭に手を置き、銀髪を
いつも
「てっ、提督は、好きだ……この時代、今回もだが……いつも、優しい。あ、そういう意味ではない! あ、あれだ!
「ふーん、そっか。ま、いいよぉ。刹那ちゃん、嘘は女のアクセサリーっていうしねえ? 僕の小さな小さなマイフェアレディ、安心して。僕、メタトロンやっつけちゃうから」
「提督……」
「僕たちは勝つ、そして勝利を少しずつ積み重ねて……いつかはパラレイドの正体を
志郎の言葉が統矢の胸に刺さる。
この戦争の真実、パラレイドの正体を知る故に胸が痛む。恐らく、パラレイドを率いる
ただそれだけの目的で、人類を
生死の
それを知るからこそ、統矢は黙るしかない。
そっと左右から抱き締めてくれる千雪とれんふぁが、なにも言わずに寄り添ってくれた。そうして三人は、少女と老将の一時を盗み見るのをやめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます