第19話「かくして破城鎚は放たれた」
――出港。
長大な
その中枢にコントロールユニットとして搭載された、97式【
出来損ないのCG映像のように、低空を静かに飛ぶ【樹雷皇】は、背後の空母をガードしていた。
「れんふぁ、全兵装オンライン! イルミネート・リンク! ……時間だ」
『了解ですっ、統矢さん。全兵装、セーフティ解除。イルミネート・リンク……
「しっかし、
『でも、現時点で一番確実かも……人類には、この時代の人たちには、他に選択肢がないから』
「だな」
セラフ級パラレイド、メタトロンが居座る太平洋の孤島。アヴァロン島と呼称される無人島に立て篭もり、メタトロンは無差別に航行する艦船、及び航空機を破壊している。たった一機で、太平洋の制海権と制空権を支配しているのだ。
大洋に囲まれた中で、無限射程の高火力による
対する
半世紀前の
その成功の鍵を握るのが、統矢たちの乗る【樹雷皇】だ。
【樹雷皇】……別名、ユグドラシル・システム。未来から来たれんふぁのもたらしたオーバーテクノロジー、【シンデレラ】をそのまま動力部として取り込んだ巨大な
複雑極まりない火器管制と機体制御を、統矢はれんふぁと同時にフルコントロールする。
静かに
そして、意外な声がヘッドギアのインカムを通じて統矢の耳に入ってくる。
『統矢君、こちらバラク・オバマのブリッジです。作戦開始、いつでもどうぞ』
「……
『人手が足りないのでオペレーターをやってます。他には、食堂のキッチンを手伝う仕事もあったのですが……少しでも、統矢君に近い場所で、私も手伝いたくて』
「お、おう。じゃ、まあ……色々と、頼むな」
『任されました、統矢君』
「そっか、オペレーターかあ。とりあえず、作戦が終わったら、その……もうちょっと、ちゃんとしような、俺たち。その……もっと、か、かかっ、彼氏と、彼女? みたいな」
千雪が息を飲む気配が、回線越しに統矢にも伝わった。
少し気恥ずかしいが、今の統矢は戦う理由があって、勝たねばならない訳がある。その全てが、美しい少女の姿で自分を待っていてくれるのだ。
声に出して伝えたかったのだが、いざ言ってみると顔が
そして、それはどうやら千雪も同じようで、互いの喜びと嬉しさが行き交った。
だが、千雪は
『統矢君、お互い私語は
「あ……
『あと、統矢君……この回線、
「……へ?」
れんふぁが小さく笑う声が聴こえた。
しまったと思ったが、もう遅い。
統矢と千雪の会話は、バラク・オバマの艦内は勿論のこと、
だが、れんふぁがメインモニタに回してくれた小さなウィンドウでは、ブリッジの窓に激怒した刹那が張り付いている。こちらを、【樹雷皇】を見てなにかを
そして、あっという間に美少女オペレーターを冷やかす声が盛り上がった。
バラク・オバマの格納庫に押し込められた、
『ヒューッ! おいおい、ここはハイスクールの体育館裏じゃねえぞ?』
『焼けるねえ、若いねえ!』
『こいつぁオジサンも頑張らんとなあ、HAHAHA!』
元々が陸軍主導の人類同盟軍で、腕はあっても冷や飯を食わされていた
その
そう思ったが、次の瞬間には前言を撤回して……72人の勇者にスケベオヤジの
『で? オペ子ちゃん、いくつ? パンツ何色?』
『もうすぐ17になります。下着は白、ですね』
『ボーイフレンドはああ言ってるけど、どう? 考え直さない?』
『お断りします』
『いい店知ってんだ、ハワイに戻ったら踊りに行こうぜ! 朝まで騒ごうじゃねえか!』
『賑やかなのは苦手なので、遠慮します』
『年齢違いの恋ってアリだと思う? 一回りくらい違うけど、どぉよ!』
『恋に年齢は関係ないと思いますので、後ほどうちの御堂刹那特務三佐を……ッ! 痛い。ぶたれました……とりあえず、私的にはアリですね』
『おーし、諸君! その辺にしておけ。上陸部隊を指揮するグレイ・ホースト大尉だ。諸君、悪いが命を預けてもらうぜ? 俺と、目の前にデカいケツ
「……わかってる。わかってるよ、グレイ大尉! れんふぁ、やってくれ!」
そして、決死の
命懸けだが、捨て身ではない。
生きて帰るため、この星で生きていくための戦いだ。
【樹雷皇】からグラビティ・ケイジが広がり、眼下の海へとさざなみが広がってゆく。巨大な重力波のバリアは、あっという間に背後のバラク・オバマを飲み込んだ。
れんふぁのコントロールで、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジは最大で半径10km圏内をカバーする。その範囲内の全てを、あらゆる攻撃から守ることができるのだ。そして、グラビティ・ケイジの中にある物体へ、重力場による干渉が可能である。
同時に、統矢は最大戦速で全ブースターを解放した。
スラスターから
嫌になるほど落ち着いている千雪の声が、不思議と耳に心地いい。
『現在、時速700ノット……更に加速中。アヴァロン島到達まで15分です』
「了解っ! れんふぁ、索敵! この距離……もうあいつは、レイルは撃ってくる!」
統矢が中性的な少女の
向かう先で光が
グラビティ・ケイジに干渉するビームの
しかし、二度三度と襲う射撃から背後の
『メタトロン、発砲っ! 統矢さん、グラビティ・ケイジの
「バラク・オバマは! 損害報告頼む。それと、応射する。主砲へエネルギーを」
『機関室に浸水、でも損害は軽微だよっ。でも、かなり揺れたみたい。今、千雪さんがチェックしてくれてる。主砲チャージャ開始、トリガーを統矢さんへ!』
【樹雷皇】は展開するグラビティ・ケイジの中央で、その全てを制御する故に安定している。だが、背後のバラク・オバマは無理矢理重力波で引きずり回しているに過ぎない。メタトロンの強力無比なビームは完全にシャットアウトできているが、恐るべき連射速度で浴びせられる光条に海は沸き立った。
反撃を試みようにも、レーダーが捉えるメタトロンの動きは不規則で止まらない。だが、分身にも似た機動で撃ちまくる姿は、DUSTER能力が統矢に敵影を想像させる。それは今の彼にとってはもう、信頼できる確定情報だ。
嵐にも似た荒波の中、
恐らく艦内は激震で、ミキサーの中で踊るフルーツみたいになっているだろう。
だが、他に方法はない。
圧倒的戦力による一点突破の電撃戦……このまま上陸して、メタトロンを殲滅する。
だが、統矢とあの日ぬくもりを分かち合った少女は、歴戦のパイロットだった。
不意に背後で、バラク・オバマの直ぐ側に巨大な水柱が
「グラビティ・ケイジを貫通した!? れんふぁ!」
『射撃の角度が変わりました! 前方にだけ集中させてたから、その分薄くなった上部のグラビティ・ケイジが破られたみたい……メタトロンは、空から……高高度から撃ってくるっ!』
「野郎っ、って野郎じゃないけど! レイル、やってくれるな!」
完全に見える鉄壁の【樹雷皇】にも、弱点はある。
猛スピードで敵へと突っ込む巨体は、近付く程に威力を増すビームにさらされる。空気中では拡散して威力が
そのため、れんふぁはグラビティ・ケイジの歪曲率を変更、前方を厚くしていた。
それを見破ったレイルは、メタトロンを飛ばせて空中から撃ち下ろしてきた。
基本的にメタトロンと【樹雷皇】、そしてバラク・オバマが一直線上に並んでいなければ、真ん中で統矢はビームを受け止めきれない。射角を変えたことで、レイルは直接上空からバラク・オバマを狙い撃ちしたのだ。
ブリッジの千雪の声は、背後で叫び合う兵士たちの声が行き交っていた。
『統矢君、経路そのまま。突っ込んで下さい。こちらは問題ありません』
「わかった! れんふぁ、
主砲の発射を断念すると同時に、次の戦術を判断する統矢。
揺れるバラク・オバマを引っ張りながら、【樹雷皇】が音の速さを超えて
白い雲を引いて馳せるミサイルは、向かう先で爆発の花を無数に咲かせる。
着弾前に迎撃されたことは明らかだが、視界を奪って正確な射撃は防げた筈だ。
そうこうしている間に、目の前に小さく島が見えてくる。
統矢はメインモニターに映る緑の孤島が、どんどん大きくなって迫る中で声を聞いた。
『あー、摺木三尉。ってゆーか、統矢君? いいねえ、若いって……あとでね、日本皇国海軍の
「てっ、提督!? 刑部提督、あんた――」
『ちょっと無線借りてるのよ。んで……このまま加速、グラビティ・ケイジ出力最大で……この艦を丸ごと陸にブン投げちゃって』
「……はぁ!? そんなことしたら」
『もとから
それだけ言って、志郎は背後に耐ショック姿勢を呼びかけた。
その頃にはもう、目の前にアヴァロン島は迫っている。その森の中へと、スラスターを吹かして着地するメタトロンが、肉眼ではっきりと見えた。
れんふぁに指示してすぐ、統矢は島の上空を通り過ぎる。
そして背後で……アメリカ海軍の栄光を背負った
そして【樹雷皇】が大きくループを描いて島へと戻る中……巨大な爆発が光となって海と空を焼いた。
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