第23話「独りじゃない、ひとつだから」
倒したかに思われたセラフ級パラレイド、メタトロン……
以前よりマッシブで一回り大きく、両肩や両足が大きく肥大化している。全身から兵器として
まさしく
だが、応急処置を施した機体の中で、少女の声は
『
あまりに平然と、なにもかも普通に千雪は話す。
教室にいる時、部活で一緒の時、戦場で背中を預け合う時……二人きりの時。
いつでも千雪は、
「千雪っ、無理はするな! このヘリをどかして、すぐ戻るっ!」
『いえ、統矢君。ヘリを……そのヘリをしっかり確保していてください』
「なにを……俺もまだ戦える!」
統矢の97式【
だが、それは千雪の89式【
以前の戦いで大破した改型参号機は、急遽稼動状態へと修復したため
満足に動かぬ機体をズシャリと構えさせて、千雪は静かに告げてくる。
『統矢君はとにかく、絶対にヘリを守ってください。……れんふぁさん、聴こえていますか? 以前お話した通り、
千雪の
同時に、目の前のメタトロン・スプリームがツインアイに
『お前はぁ! なんで邪魔をするんだ! ……そうか、お前が五百雀千雪だな! 知ってる、知ってるよ……統矢様をいつも! いつもいつもっ、
メタトロン・スプリームは微動だにせず浮いている。まるで、手負いの人間達を前に勝利が揺るがないかのうように、
多方向からの攻撃を前に、千雪の改型参号機は動かない。
ビームの
一度だけ背後を見やれば、改型参号機は一寸の見切りで全ての殺意をギリギリかわしていた。
『クッ、千雪が。おいっ、ヘリのパイロット! ローターを切れ、【氷蓮】で持ち上げて運ぶ! なにか策があるらしい、あの刑部提督の考えてくれた策が!』
応答してくれたパイロット達の声は震えていた。
そして、その奥からいつになく取り乱した声が走る。それは、決して動揺を見せない人間が見せた、動揺を超えた
『摺木統矢っ! 私だ、
「御堂……先生?」
『あの人を死なせるな、馬鹿者! これからの
その時だった。
周囲を包囲した無数のセラフ級からの攻撃が襲った。
大きく傾くバラク・オバマの上で、なにかが弾けて爆ぜた。
そしてそれは……おそらくヘリのコクピットからも見えただろう。
言葉にならない刹那の絶叫が、統矢の
そして……急斜面となった甲板上で統矢はどうにか機体を制御し、エンジンを停止させたヘリを抱え込む。大型ヘリをまるまる一機というのは、パンツァー・モータロイドが持ち上げられるものではない。だが、炎から
右舷側に傾く甲板では今……千雪が一人でメタトロン・スプリームと戦っていた。
メタトロン・スプリームは、全く動かず浮遊砲台を飛ばしてくる。
全方向から殺到する攻撃を、千雪は最小限の被弾で避けつつ距離を縮めていた。
統矢の中でなにかが
今までにない不安が、冷たい闇となって胸中に満ちてゆく。
二人の少女は今、統矢という過去と未来を繋ぐ糸の上で
『このっ、このこのっ! 統矢様は、お前のせいで今でも夢にうなされてるんだ!』
『申し訳ないですが、私の
『……私の? 統矢、君? さっきからぁ、馴れ馴れしいんだよ! 統矢はお前みたいなただの人間じゃないっ! ボク達の試練で目覚めてくれた、真の力を覚醒させた人間なんだ!』
『左腕部ラジカルシリンダー、1番から8番まで停止。動力カット。……アレを使う時ですね。全エネルギーを集束、チャージ開始。
『無視するなぁ! 統矢はボクと二人だけっ、この世界線の時間軸で二人きりの
『……貴女は、統矢君と二人きりなんですか?』
『そうだ、この島で出会って、それも運命だったって言える! 統矢様が無数の可能性から選んだこの世界線で、ボクは統矢と
『そうですか。では、私とは違いますね』
統矢は危険な領域へと加速してゆく二人の声を追った。
追いついて手を伸べ、止めたかった。
だが、ヘリにしがみついたままで【氷蓮】の動きは鈍い。それでも、千雪が言ったからにはヘリを確保しておかなければいけない。信用し信頼を預けたからこそ、そうするが……今、取り返しのつかない瞬間へと向かっている気がして、危うい
目の前で改型参号機は、左腕をもぎ取られて大きくよろけ、そのまま直撃を浴びた。
統矢は、初めて目撃しようとしていた。
フェンリルの
それでも、千雪の声は焦りも
『貴女は統矢君と二人だけ、二人きりかもしれません。でも――』
『でも!? なんだ、お前はっ! この世界線でも邪魔をする気かっ!』
『
『ひとつだって!?』
『心が、気持ちが……見詰める先、進む道がひとつだから。ただの二人でしかない貴女には、絶対に負けません』
メタトロン・スプリームの攻撃が停止した。
だが、周囲では友軍機が次々と
地獄があるとすれば、ここだ。
無数の悲鳴と怒号が渦巻く中で、
それでも、千雪は……改型参号機は、前だけを見ていた。
千雪は辛うじて立つ愛機の中で、不意に声を和らげ優しく語りかけた。
『れんふぁさん……しっかりしてください、
『千雪さぁん……わたし、それは……』
『皆さんにもお伝えします。刑部提督はバラク・オバマに、
上空で必死に抵抗する【樹雷皇】は、傷付き煙をあげながらも浮いていた。
重装甲がウリの空飛ぶ火薬庫は、
千雪の狙いは、これだ。
メタトロン・スプリームを含む全ての敵を、ギリギリまでバラク・オバマに
だが、何故か胸騒ぎが納まらない。
その答を叫ぶれんふぁの声は、涙に
『千雪さぁん、でも……それじゃ、千雪さんが』
『もとより承知の上です。【樹雷皇】のグラビティ・ケイジで一緒に飛べるのは……
『駄目です、わたしできないっ! できないですよぉ……千雪さんだけを残して行くなんて……嫌ですっ! 絶対に、嫌っ!』
『れんふぁさん』
統矢は絶句した。
そして、千雪の言葉の意味がわかった。
【樹雷皇】のコントロールユニットである【氷蓮】は、勿論システムに登録されている。参加した72機のPMRもだ。基本的にPMRは陸戦兵器であるが、その運用概念を
そこで刑部志郎は、最悪の事態を想定しての策を講じていたのである。
「千雪っ、待てっ!」
『統矢君、ヘリをお願いします。落とさないようにしてくださいね。……れんふぁさん。私の一番大事な人をお願いします。れんふぁさんだから、
改型参号機の頭部が、ひび割れたバイザーの奥に危険な光を輝かせる。同時に、
統矢が慌てて【氷蓮】で駆け寄ろうとする。
だが、ヘリにもたれかかるようにして愛機は動かない。
そして……周囲に仲間達が降りてきて、ヘリごと【氷蓮】を支えてくれた。グラビティ・ケイジの重力波は今、ゆっくりと全ての友軍機を持ち上げ集めてゆく。
千雪が、統矢の前から離れてゆく。
仲間達の声も今、頭の中を素通りした。
『千雪殿っ! あとは自分に任せるッス!
『つまらねえこと考えやがって、千雪っ! おい放せ、
『勝ち逃げする気? アタシ、アンタに負けたままでなんて終わりたくない! アンタにも勝ったまま終わって欲しくないのっ!』
『千雪さん、こんなの……お姉さん、許しませんからね。
徐々に大地が遠ざかる。
れんふぁは
そして……小さくなってゆく千雪の改型参号機が身構えた。
『千雪さん……わたし、知ってました。この間……思い出したんです。この時代に、この世界線に来る時……わたしを送り出すため、千雪さんは』
『それは私ではなく、
『それでも……だからこそ! 千雪さんっ! 二度もわたしの前から……いなくならないで』
『……大丈夫ですよ、れんふぁさん。悲しかったら、統矢君と一緒にいてあげてください。私はいつも……統矢君と一緒、ひとつですから……』
全身に爆発の炎を咲かせながら、改型参号機は崩落する飛行甲板を蹴った。
同時にフルブーストで、スラスターから光が溢れ出る。
真っ直ぐ千雪は、初めてライフルを構えようとするメタトロン・スプリームへ吸い込まれた。その頭部では、
改型参号機の頭部の角は、飾りなどではなかったのだ。
超々高温度により自らをも燃やして焼き尽くす、
統矢は確かに、見た。
右腕が滑落し、両脚も砕けて捻じれ……それでも、真っ直ぐ敵へと吸い込まれてゆく千雪の改型参号機を。その燃え盛る切っ先は白く
瞬間、統矢の絶叫は空へと吸い込まれた。
「千雪っ、千雪ィィィィィィ!」
同時に、地響きを呼ぶ光の
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