最終話「千の雪と散って」
多くの犠牲を払い、ソロモン作戦は
アヴァロン島と名付けられた孤島ごと、セラフ級パラレイドのメタトロンを
そう思うしかできなくて、
行き交うハワイ軍港の兵士達は、皆忙しそうに足早だ。
「……統矢さん、
少し離れてついてくるのは、
目を真っ赤に腫らした彼女は、傘を持って後ろに続く。
振り返らず、言葉もかけられない統矢。
彼女が残存戦力の全てを、統矢が保護したヘリごと地獄から救った。彼女だけが制御できる【
ただ一人、たった一人の少女を除く全ての生存者を。
ふと、統矢は立ち止まって空を見上げる。
「なんか……雪みたいだな。放射線とか、ないんだっけか」
「う、うん……
横に並んだれんふぁが、傘をさしてくれる。
今、ハワイに灰色の雪が降っていた。
舞い散るそれは、Gx反応弾が炸裂した余波で世界中に散らばった、灰だ。旧世紀の核兵器よりも強力な、
遠く離れた世界各地で、地球が
統矢は再び、海へと向かって歩き出す。
あの日、初めて恋人と呼べる人間を知った。
水着姿の彼女が
真夏の日差しが降り注いでたビーチは、重苦しい沈黙の中に沈んでいた。
「……統矢さん……あ、あの……ご、ごめんなさい」
湿った声が消え入るように響く。
隣で傘を持って歩くれんふぁは、頬を
ハワイに帰投してからずっと、れんふぁは泣いている。
その涙が止まらず、謝罪の言葉ばかりを彼女に
だから、そっと統矢は
「もう泣くな、れんふぁ。お前さ、ありがとな。あいつの……千雪の
「統矢さん、でも……」
「千雪は言ったんだ。俺と一つだって。なら、俺の中に千雪は生きている。れんふぁ、俺の中の千雪がずっと、お前を守って支えて、時々寄り添う。だから、もう泣くな」
「……うん」
その少女の名は、
今、その伝説は神話となって去りゆこうとしている。
統矢達は皆、仲間としてそれぞれに悲しみに傷付き、その中で立ち直ろうと
それは、れんふぁも同じ筈だ。
時々統矢には、千雪とれんふぁが友情よりも強い
そのことをようやく、れんふぁは静かに語ってくれる。
「わたし、思い出したんです……自分がいた時代から、この時代……この世界に
「……そっか」
「わたしの知ってる千雪さんは、五百雀千雪少佐は、強くて優しい人でした。だから、曽祖父を止めたかったんだと思います。でも……曽祖父と同じ道は選ばなかった。それでも、あんな
そんなもう一人の千雪も、れんふぁを送り出す時の戦いで死んだという。
千雪はれんふぁにとって、この時代で出会う前から恩人で、母であり姉であり、頼れる教官で……そして、全てだったのだ。
統矢は胸が
れんふぁは二度、千雪の死を経験したのだ。
自分の二倍もの痛みを受けて、それでもれんふぁは統矢を
忘却に沈んだ古傷は、再び悲しみに切り裂かれて出血しているのだ。
統矢はだから、自分の中の千雪が
「安心しろ、れんふぁ……この戦いは俺が止める。俺は……未来の俺をブッ潰す」
「統矢さん、でも」
「俺がやるんだ……昔さ、俺にとって凄く大事な女の子がいて、その大切さをはっきりさせないままに殺されちゃって。でも、そのことに向き合わせてくれたのは、千雪だった。復讐で戦うだけの俺に、千雪は戦う意味を与えてくれて……自分と守り守られる仲になってくれた」
短い恋人達の時間は、終わった。
奪われた。
一瞬で。
永遠に。
そして今、統矢には千雪が
だが、それを形にする時……激情を抑えられない。
復讐心ではない。
もっとドス黒く
統矢の中のにらぐ
そしてそれは皮肉にも自分自身、未来の摺木統矢なのだ。
「れんふぁ、俺は俺を殺す。奴の持つ戦力を全て駆逐する。その日まで、絶対に死なない……千雪を失った痛みを感じ続ける限り、生き残って戦い続ける」
「統矢さん……あっ、あの……レイルさんのことは、いいんですか?」
「俺と同じ
「……レイル・スルール大尉は曽祖父の
「向かってくる全ては
その前に、どうしても最後の謎を解き明かさねばならない。
統矢はそのために、ある人物を探していた。
だが、不思議と統矢には彼女の悲しみが感じられた。
DUSTER能力などという、悲劇と惨劇の果てに生まれた力ではない。
持って生まれた人の感情が、悲しみを和らげる景色を求めるのだ。そして、彼女も……
灰色の雪が降る中、今日は海も心なしか寒々しい。
その海に面した砂浜に、一人の軍服姿が立っている。
じっと海を見て身動きしない、その小さな背中に統矢は語りかけた。
「見つけたぜ、御堂先生……御堂刹那特務三佐」
統矢の呼びかけに、刹那は振り返らなかった。
だが、頭や肩に降り積もった灰が、彼女が立ち尽くしていた時間を無言で語る。
そして、統矢が投げかける言葉は慰めでも非難でもなかった。
傷の
統矢は今、心の傷すら愛しい。
死んだ千雪を忘れぬために、忘れて欲しいと願ってくれた更紗りんなのために……二度目の喪失を絶対に忘れない。激痛がそれを繰り返し思い出させるなら、その傷を永遠に背負っていかなければいけない。
全てのパラレイドを
「れんふぁが全部話してくれた。でも……最後に一つだけわからないことがある。御堂刹那特務三佐、あんたは何者だ?
隣のれんふぁが、統矢の
身を寄せてくる彼女のぬくもりに、今は甘えてしまえる。
それでも、静かに言葉を選んで統矢は返事を待った。
振り向かずに刹那は、ただ海だけを眺めて呟く。
「……リレイヤーズ。それが我々呪われた子供達の名だ」
「リレイヤーズ? あんたや
短い沈黙のあとで、刹那は不意にポケットからなにかを取り出した。
それは、小さなスティックをカラフルな包み紙で覆ったキャンディーだった。
あの
「……更紗れんふぁ、我々のデータでこの時代に来たお前なら、知っているな? 思い出していないかも知れんが。西暦2208年、
「れんふぁの【シンデレラ】が、あっちの世界の最後の
「そう、そして地球人類は異星人の文明や科学力をも吸収し、戦い続ける中で……禁断のシステムを生み出したのだ。それが……リレイド・リレイズ・システム。端的に言えば、
――リレイド・リレイズ・システム。
それは、時空間統合連結装置と呼ばれる
そう、未来も過去も無限の数だけ存在するのだ。
「このシステムは、次元転移した先の過去と次元転移前の未来を直接
「我々? じゃ、じゃあやっぱり……あんたも!」
「そうだ。私達リレイヤーズもまた、未来からやってきた。摺木統矢大佐が選択したように、リレイド・リレイズ・システムに己を登録し、
未来の統矢は、持てる戦力の全てと共に過去へと飛んだ。
だが、刹那達は『摺木統矢大佐が無数の平行世界のどの過去へ飛んだか』がわからなかったのである。無限に分岐する未来は、その数に等しい無限の過去をもっている。どの過去の世界線を改竄しようとしているのか、わからない。
だが、はっきりわかっていることは一つだけ。
大佐は自分で選んだ過去でDUSTER能力者を育成、その全てを引き連れ元の未来へ戻ってくる。
それを可能にするのが、リレイド・リレイズ・システムなのだ。
「このシステムは、過去や未来に飛ぶ際の世界線を選ぶことができる。故に、摺木統矢大佐はこの世界線を選び、戦力を整え元の世界線へ戻るだろう。DUSTER能力者で編成された、最強戦力を従えてな」
「……少しわかってきたぜ、つまり」
「そうだ。私達は大佐と同じ未来にいたが、大佐がどの過去に飛んだかがわからなかった。その為、手当たり次第に過去へ飛んでは未来に戻り、同じことを延々と繰り返すしかなかった。元の時間軸と行った時間軸は座標が取れるが……奴がどの座標の過去にいるかはわからなかったからな」
刹那は無限に近い過去を
そして、彼女達が何故年端もゆかぬ子供の姿かも明かされる。
「リレイド・リレイズ・システムには副作用がある……未来と過去を行き来するたびに、物質界での自分を構成する遺伝子情報が欠損してゆく。結果、成長が止まるのが早くなるのだ」
そう言って振り返った刹那を見て、統矢は絶句した。
そこには、涙と鼻水で顔をグチャグチャにした刹那の涙顔があった。
「摺木統矢……全てのパラレイドを駆逐、殲滅しろ。……頼む、刑部志郎提督の
提督の遺してくれた飴を握り締めながら、刹那は肩を震わせ泣いていた。
統矢はただ、黙って頷く。
やまぬ灰色の雪の中で、復讐を超えた戦士は再び闇へと
西暦2098年、初夏……再び統矢は、殺意で満ちた怒りの権化となって戦いを誓ったのだった。
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