第22話「黙示録の方舟は獄海へ」

 摺木統矢スルギトウヤは今、くるう光の奔流ほんりゅうに逆らっていた。

 レイル・スルールの放った最後の一撃……天を貫くビームの光芒こうぼうが97式【氷蓮ひょうれん】セカンドリペアを包む。

 統矢とレイルが激突する一瞬は、二人を無限のときへといざなった。

 アンチビーム用クロークが蒸発して溶け消える。【氷蓮】の装甲をテーピングする外部人工筋肉、スキンタービンが千切れて燃える。隻眼せきがんかたどる右目のスキンタービンも破けて、あらわになるツインアイから烈火のごとあかい光が走った。

 表面を泡立てながら、紫炎フレアパープルの特殊塗料が徐々に剥げ始めていた。

 周囲が見守る中、二人のDUSTERダスター能力が二人だけの時間と空間を凝縮してゆく。


「レイルッ! もう終わりだ……終わらせてやるっ!」

『統矢あああああっ! ボクと始めてよ! ボク達の、本当の戦いを!』


 統矢は愛機に振り上げさせた巨大な単分子結晶たんぶんしけっしょうかたまり、【グラスヒール】を全力で叩きつける。身長に匹敵する大剣の刃は、ビームの濁流だくりゅうをかき分けながら……その根本を切り裂いた。力任せに叩き割って、断ち割る。

 統矢は真っ直ぐに一撃を振り下ろして、原子力空母バラク・オバマの飛行甲板に着地する。首と左腕のないメタトロンが、爆発するライフルを捨てながら振り返った。その手が背にマウントされたビームの剣へと伸びる。

 だが、統矢は【グラスヒール】を足元に突き立てた。


「レイル、レイル・スルールッ!」


 【グラスヒール】の鍔元つばもとにセットされた、二丁の拳銃を同時に抜き放つ。

 現在の人類では製造不可能な、極小サイズの粒子加速器りゅうしかそくきを備えたビームガン。その出処でどころも今はすでに知れた……更紗サラサれんふぁが【シンデレラ】と共に持ってきた、未来の超技術で作られた武器なのだ。

 迷わず統矢は、【氷蓮】が構えた雌雄一対しゆういっついの拳銃をメタトロンへと突きつける。

 両腕を交差させて向けた銃口から、ビームの弾丸がほとばしった。

 狙いたがわず、敵の両足を撃ち抜く。

 そのままメタトロンは、右腕を残したままその場に倒れて動かなくなった。

 誰もが勝利を確信した瞬間。

 宙を舞う友軍達の中から歓声があがる。


『ボォォォォイ! パーフェクトだ。各機、れんふぁお嬢ちゃんのマーカーに従い順次着艦だ。凱旋がいせんと行こうぜ、野郎共っ!』

『やった……やったぞ! 我々海軍だけで、パラレイドを……セラフ級を!』

『うおおおっ! 勝った! 完全勝利だ!』


 コクピットの中で統矢は、割れんばかりの大喝采だいかっさいを浴びた。

 犠牲は出た、得難えがたい才能と魂が死んでいった。

 だが、そのことが無駄ではなかったと、統矢は仲間達に証明してみせたのだ。

 今はただ、傷付き倒れそうな愛機をそっとメタトロンに寄せる。

 もう、【氷蓮】とて立っていられない。崩れ落ちるように片膝を突いて、そのまま統矢はメタトロンの残骸に手を添えた。胴体に収まった中枢部の中で、レイルは泣いていた。


「レイル、終わったぞ……出てこいよ」

『統矢、ボクは……』

「異星人と戦うにしろ、仲直りするにしろ……そのために地球人同士で戦っちゃ、本末転倒だろ? 本当はお前だって、わかっているはずなんだ」


 だが、統矢の語り掛けを悲痛な叫びが切り裂く。


『統矢は知らないんだ! ボクがなにをされたか!』

「辛いなら聞く、言いたくないなら言葉を待つさ。お前は苦しいかもしれないけど、それはこの時代の俺達地球人だって――」

『その地球人がっ! 異星人にけがされいじくされたボクになにをしたか……統矢様だけだった! ボクはさあ、統矢! 一度死んで、再度殺されたんだ! 異星人と地球人に!』

「レイル!」

『異星人は……巡察軍じゅんさつぐんの連中は、ボクの心もからだもいじくりまわして! その上で、あんな……それを知ったら、ボクの時代の人達はどうしたと思う? やっと逃れられたボクになにをしたあ!』

「巡察軍……それが異星人の名か」


 身を切るような叫びだった。

 同時に、冷静な声が通信で割り込んでくる。

 そして統矢は、


『あー、ゴホン。ええと、レイル君、だね? うん、女の子の声だ。話はあとでちゃーんと聞くから、広域公共周波数オープンチャンネルで泣くのはおよしなさいよ。おじさん、とってもつらいなあ。あと――』


 刑部四郎提督オサカベシロウていとくの声に、統矢は耳を疑った。

 そして、疑う自分を両目に映る光景が否定する。


『あと、各機現状維持。で、総員退艦そういんたいかん……以後の指揮は刹那セツナちゃん、君がとって。はーい、総員退艦……さ、行って、刹那ちゃん。そんな悲しい顔しないで、さ』

「総員、退艦? ま、待ってくれ、提督! 俺達の勝ちだ、レイルは……メタトロンはもう動けない! けど、空が? ま、まさか」

『そのまさかだねえ、統矢君。君もあとは刹那ちゃんの指示に従って。で、総員退艦急いでねー、さない、け出さない、しゃべらない、これが総員退艦の『おかし』って……間に合うかなあ? ちょーっとやばいなあ』


 空ににじがかかる。

 ゆがんでうごめく不気味な虹だ。

 その光が広がる先で、空間が歪んで天が割れる。

 それは、次元転移ディストーション・リープの光だった。

 フェンリル小隊の仲間達が口々に叫ぶ。


辰馬タツマさんっ、空が! い、嫌……あの光、だ、駄目……あ、ああ』

『落ち着け桔梗キキョウ! 俺達は死なねえ! 俺はお前の前から、絶対にいなくならねえ!』

『嘘、あれ……次元転移の反応。――ッ! 辰馬っ、桔梗を守って! アタシが前に出るっ、沙菊サギクはフォローを! 正規軍の大人達だっている、やらせないんだからっ!』

『いつでもラスカ殿の後にいるッスよぉ! 自分が千雪チユキ殿の分まで戦うッス!』


 空が割れる。

 そして、無数の光が降りてくる。

 それは、未来の地球人類……百年後の統矢が指揮する最後の地球軍ラストバタリオンだ。無人戦闘機械群による、徹底的に統制の取れた物量戦術。百年先の科学力で作られた、強力なビーム兵器を搭載した尖兵だ。

 万物の霊長たる人類に初めて現れた、謎の天敵。

 真実を知らず、わずかに知る者が黙る中でこの時代は名付けた。

 平行世界PARALLELからの侵略RAID――パラレイドPARALLIDと。


「くっ、しかもこいつぁ……アイオーン級やアカモート級じゃないっ! これは……セラフ級、なのか? これが、全部? この数のセラフ級だとしたらっ!」


 今、光の中から無数の天使が舞い降りる。

 翼の代わりにスラスターの光をともして、まるで光輪こうりんを背負った神の大軍だ。

 セラフ級は皆、必ず単機で出現する人型機動兵器だ。人知を超えた一騎当千の力で、戦略兵器に等しい打撃を人類に与えてきた。大陸を引き裂き島々を海へ消し去って、この星の地軸さえゆがめた存在。

 それが今、バラク・オバマを包囲するように無数に降り立っていた。


 どの機体も外観は同じ、暗い緑色に塗られた18m前後の巨人だ。その手には銃器と思しき武器を構え、腰には手斧ておのがマウントされている。両肩は右のシールドと左のスパイクアーマーで防御を固められ、丸い頭部には単眼モノアイ禍々まがまがしい輝きを灯している。

 無数のセラフ級は、あっという間に統矢達を包囲した。

 そして、レイルの声が涙にれながら響く。


『統矢様……ボクを、また……助けてくれるんだ。ボクにはやっぱり……統矢様しかいないんだ。ううん、違う……!』


 空は通常空間へと戻りつつある中、最後に二機の光を吐き出した。

 それは、翼を持つ戦闘機に見える。

 巨大なスラスターを背負った攻撃機アタッカーと、長い長い銃身を機首にした爆撃機ボマーだ。

 次の瞬間、統矢の前でメタトロンが爆発した。

 そして、レイルを乗せた熾天使セラフの心臓部が宙へと舞い上がる。


「レイルッ! 待て、待ってくれ……お前はもう、戦うなっ! もういいんだ、レイル!」


 統矢の叫びを吸い込む空で、レイルを乗せたブロック状のコアが光を放った。

 そして、次元転移で現れた二機の戦闘機が変形してゆく。片方は上半身になり、片方は下半身へ……そして、レイルを中心に合体するや、ツインアイに暴虐的ぼうぎゃくてきな光をみなぎらせた。

 熾天使の王、再臨。

 長大なライフルを水平に寝かせて、それを腰の前に浮かべながら両手を添える姿。新たな肉体を得て全てを睥睨へいげいするメタトロンの中で、レイルは統矢を見下ろし笑った。頬を濡らしながら笑っていた。


「マッチング完了、システム更新……レイル・スルール、! まだいけるっ! さあ、我が同志……統矢様の世界を共に信じる者達よ! 試練を……百年前の平和に惰眠だみんを貪る人類に、目覚めを! DUSTER能力へいざなう死と、その先の選ばれた生を!」


 攻撃が始まった。

 あっという間にバラク・オバマが炎に包まれる。

 かたむく飛行甲板の上で、呆然ぼうぜんと統矢はレイルを見上げていた。

 なんとか立ち上がる【氷蓮】の背後では、ブリッジに志郎だけが残っている。その声が、静かに統矢の耳に浸透してきた。


『統矢君、本当にごめんねえ。すまないと思っている。大人として無力であることを、のちの世代……本来守るべき君達子供にあがなわせてしまう。それでも……それでもね、統矢君』


 吹き荒れる破壊の嵐の中、友軍は包囲の中で必死に戦っていた。抵抗していた。だが、あまりにも戦力差がありすぎる。メタトロンとの戦いでもう、部隊は壊滅寸前まで消耗していたのだ。

 そして、統矢は機体を振り返らせて見た。

 ブリッジで一人、敬礼して微笑ほほえむ志郎の姿を。


『それでも、あらがって欲しい。未来に……抗ってくれると、嬉しい。僕は最後に、大人としての責任を果たすから。この艦に搭載された奥の手を使うしかないみたいだよ。ふふ……最後に、刹那ちゃんにも、今の言葉を伝えて欲しい』

「いやだっ! あんたっ、自分で言えばいい! 責任を感じるなら、みっともなくても足掻あがいて藻掻もがけ! 逃げるんだよ、逃げて逃げ延び、また立ち上がればいい!」

『年寄りがそれをやっちゃあ、若者達の立つ瀬がないんだよねえ。……僕の指揮の下で死んでいった、数多あまた英霊えいれい……未来ある若者、未来があった若者達に顔向けできない。ほら、おじさん照れ屋さんだから。あと……不屈と再起は若者の特権だよ、統矢君』


 燃え盛る飛行甲板では今、避難のための大型ヘリが飛び立ちつつある。もともと必要最低限の人員で動かしていた艦なので、わずかに50人前後だ。

 そして……目の前に降りてくるレイルのメタトロン・スプリームが迫る。

 絶望の中で涙をこらえる統矢は、酷く冷静で澄んだ声に背中を叩かれた。


『統矢君、まだ諦めないで下さい。。……私に任せて下さい』


 恋人の声と共に、統矢は見た。

 格納庫ハンガーから上がってくるエレベーターに、腕組み仁王立ちする空色のパンツァー・モータロイドがあった。応急処置でテーピングされた姿は痛々しく、普段の重装甲が嘘のようだ。それでも乙女を守る一角獣ユニコーンのように、真っ直ぐ伸びた角の下に鋭い眼光が光る。

 それは、五百雀千雪イオジャクチユキの89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきだった。

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