第8話 『GOD』という男



 百人高校には意外と不良が多い。


 と言っても、学校全体の風紀が荒れている……ということもなく、普通の生徒と不良生徒、何となく棲み分けしていて、校内でカツアゲ騒ぎや乱闘が起こることはない。

 この一定の秩序を保っているのは、不良達の頭である『番長』の意向による。

 

 入学後、わずか一週間で当時のトップを倒し、以降五年間無敗の裏番として君臨し続けている『番長』こと後鳥羽先輩。

 220cm180kgというプロレスラー並みの体格に熱い漢魂を燃やす、義に厚く人情に弱い昔ながらの不良だそうだ。

 特に頭が悪いわけでもない後鳥羽先輩が今年も留年が決まったことについては「先輩の卒業による『後鳥羽ロス』で不良達が暴れだすのを恐れた教師陣が後鳥羽先輩に頼み込んだ」という噂まで流れている。


「外の奴らには名前をもじって百高の『GOD』って呼ばれてるけど、本人は『番長』と呼ばれるのが大好きで、現在のあだ名には不満があるらしい」

 伊勢は手帳をめくりながら語った。

 各クラスに一人はいる謎の情報通。それが伊勢だ。

「あと、意外にも犬好きで、土佐犬とドーベルマンとマスティフを飼ってるらしいぞ」

「それ、全部猛犬じゃん……全然意外でも何でもないんだけど」

 僕は深い深いため息をついた。

「よりによって後鳥羽先輩って……まず、校内のどこにいるのかすら分からないよ」

「後鳥羽先輩は真面目な不良だから、普通に教室に行ったら会える。三年二組だ、行け」

 生徒会長が眼鏡を光らせながら無慈悲に言い放つ。

「ま、いつも取り巻き連中が囲んでるがな」

「さすが頼れる兄貴分……って、プレゼント返してもらうには、その取り巻きの方々を越えて行かなきゃいけないってこと!?」

「剣道部に防具借りる?」

 小町先輩が微笑む。本気か冗談か分からないテンションだが、可愛い。

 手帳を閉じた伊勢が、眉をあげて唸った。

「でもよ、プレゼント強奪ってマジで後鳥羽先輩の指示かな? さっきのって、舎弟っぽい奴らが、アレを和泉さんから誰かに宛てたプレゼントだと勘違いして勝手に奪ったって感じだったよな」

「伊勢……お前、意外と冷静に状況を見てたんだな」

「後鳥羽先輩は話の分かる人だし、事情話せば案外簡単に返してくれるんじゃねえの」

「でも、事情話すにも取り巻きの皆さんが……」

「何だそんなこと。心配すんな、蝉丸!」

 頭を抱える僕の肩を、伊勢が力強く叩いた。


「俺がサシで話せるよう段取りつけてやるよ。後鳥羽先輩の取り巻きん中にダチいるし」


 その場の全員が、一瞬黙り込んで伊勢を見た。

 柿本生徒会長が呆れたようにため息をつく。

「貴様、不良軍団とまで交流があるのか。 ……まあ、交渉の窓口は伊勢に頼むのがよさそうだな」

「任せてくださいっす!」

「わあ、伊勢君頼りになるねえ」

 あれ!? このパターンにデジャブを感じる……。

「ま、待て伊勢! 待ってくれ!」

 伊勢はニヒルに笑うと親指を立てた。

「心配するな蝉丸。俺は同じ過ちを二度繰り返さない男だぜ。任せろ!」

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