蝉丸くんが何とかしてくれる!

山吹

第1話 満員電車に気をつけろ



 ピンクのパンツが丸見えだ。



 いつもの朝。

 満員電車の中で、ふと目に飛び込んできた色鮮やかなパンツに、僕――蝉丸大輔せみまるだいすけは固まった。


 え? 

 僕、まだ夢の途中? 

 高校一年生という、暴走する思春期が僕に幻を見せてるの?


 いったん目を閉じ、深呼吸して目を開ける。

 パンツはやはり目の前にあった。


 こちらに背を向けて立っている女子の制服は、僕が通っている私立百人高校のものだ。

 チェックのスカートは、ただでさえラッキースカートとして近隣で名高いが、今の状態はもはやラッキーどころではない。パンツの腰のところにスカートの裾が引っ掛かり、見事に捲れ上がっている。

 

 マジか。漫画ではたまに見かけるけど、どうしたらこうなるんだ?

 いや、パンツもいいが重要なのは顔だ。

 可愛いのかな? 見たい。

 いや、そもそも見ない方がいい感じの子かも知れない。

 いや、それはそれで確認したい。

 いや、いや……。

 

 一瞬で脳みそがフル回転し、回転数分、あるいはその倍パンツを見たあとで、僕はやっと理性に従って視線をそらし、天井で揺れる中吊り広告を見つめた。

 

〈アイドルの矜持は? 頻【パツ】するアイドルの熱愛発覚〉

〈教育施設を狙う【ピンク】のプレゼント! 連続爆弾魔・通称プレゼントボマー〉

〈疑惑の汚職議員、ホステス呼んで連夜の【ノーパン】シャブシャブ〉


 駄目だ、ピンクパンツ関連の言葉が勝手にピックアップされてしまう。

 大変マズいぞ。

 大体、パンツの彼女的にもこのままでいいはずがない。恥をかき続けるわけだし。

 何とかしないと……声をかけて教えてあげるか? 

 でも、何て?


 『すみません、パンツモロ見えですよ』


 ……駄目だ、僕がパンツモロに見ましたって言ってるようなもんじゃないか。

 しかも、至近距離でパンツ丸出しのお尻に体触れそうだし。

 これ、やっぱり体触っちゃったらアウトなんだろうな……。

 むしろこれは、僕のような純朴な青年への罠なのでは!? 

 魅惑のピンクに惑わされて、手を伸ばしたが最後すべての破滅が待っている……!


 〈満員電車でも堂々。大胆すぎる肉食系痴漢男子〉


 うっ、今なんか幻の広告が見えた!

 痴漢冤罪だとしても、中吊り広告に仲間入りなどしたくない!

 誰か、他に気付いてる奴はいないのか? 

 女の人が望ましい! そう、OLのお姉さんとか!


 僕はカメレオンばりに眼球を動かし、回りの乗客を見渡した。

 しかし、OLのお姉さんなんか目の届く範囲には存在しない。

 


 ……って、あれ?

 隣に立っていたお兄さん、パンツをガン見してる!


 僕が見ている前で、お兄さんはハッと我に返って顔を上げた。

 お兄さんと僕の視線が交差した。

 


 パンツ……見ましたね。


 君もか。



 一瞬で通じ合った僕らは、曖昧に微笑み合った。

 僕は秘密を共有するたった一人の同志に向かって、軽く首を傾げた。

 (どうします?)

 言葉のない問いかけに、お兄さんは眉間にしわを寄せて少し考えると、左右に優しく首を振り、力強く縦に一回頷いた。

 

 ん? これ、どういう意味?


 首をかしげる僕をよそに、お兄さんはおもむろに手をスカートに伸ばした。

 その表情はまるで難しい患部にピンセットを伸ばす外科医のごとく、緊張感に満ちて真剣極まりない。


 ま、まさか……いや、間違いない!

 お兄さんは彼女が気付かないうちに、自らスカートを直してあげるつもりだ!

 (無謀すぎる!)

 

 必死に首を振ったが、お兄さんは雄々しく悲壮な決意に満ちた真摯さで手を進める。

 勇気と奉仕的精神に満ち溢れた指が、今、まさにスカートの裾に――




 その時、全く何の前触れもなく電車がガタン! と大きく揺れた。



 

 「あぶねっ」


 


 モッミィィィィッ!


 

 バランスを失ったお兄さんの手が、勢いあまってピンクのパンツをわしづかみにした。

 指の股から柔肉がはみ出るような力強いグリップ。

 「ひっ……!?」

 女子高生が電撃に打たれたように飛び跳ねた。

 「ちょ、違っ……!」

 「痴漢死ねっ!」

 振り向きざま、女子高生の手に持ったカバンが唸りをあげて奮われた。

 殺意のこもった重い一撃がお兄さんの顔面に炸裂しそうになった瞬間――

 


 「危ないっ!」


 考えるより先に、僕はお兄さんを思い切り突き飛ばしていた。

 お兄さんが後ろにたたらを踏み、こちらを驚いたように見る。

 僕は女子高生とまともに向き合った。


 あっ、かなり可愛……





 ゴッ!




「ええ!? 委員長!?」

 意識が暗転する瞬間、女子高生がびっくりしたように叫ぶのが聞こえた。

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