幕間:災難は始まった



 一体何が起こったのか、オレは咄嗟に理解できずにいた。



 満員電車でパンツ丸出しの女子高生を見付けたオレは、彼女にその事実を告げるよりも人知れずパンツを隠してやるというリスキーな道を選んでしまった。

 その結果、不幸な事故によりオレは心ならずも女子高生の臀部をわしづかみにしてしまい、怒り狂った女子高生から必殺の一撃を受ける――はずだった。

 それなのに、寸前で隣にいた男子高校生がオレを突き飛ばしたのだ。

 彼はオレとピンクパンツの秘密を共有した同志だった。


「まさか、かばってくれたのか……!?」

 

 突き飛ばされたまま、尻餅をついていたオレはハッと我に返った。

「し、しまった!? 俺のバッグ……!」 

 周囲の騒ぎに紛れ、俺は慌ててトートバッグを拾い上げた。突き飛ばされた拍子に落としてしまっていたようだ。

 目の前のピンクパンツの女子高生が振り切った鞄は、ノートやらポーチやらを撒き散らしながら、オレをかばった男子高校生を一撃で昏倒させている。女子高生、おそるべし。

「何で委員長が痴漢を……?」

 女子高生が困惑の声を上げる。どうやら知り合いだったらしい。

 あくまでも不幸な事故だが、結果的に痴漢行為をやったのは、彼ではなくオレだ。

 だが、とても「揉んだのはオレですが、それは不幸な事故なんです」と言える空気ではない。

 気絶している彼には申し訳ないが、オレは絶対に警察に関わるわけにはいかないのだ。ましてや、所持品検査などされてはたまらない。





 何しろ、オレはこれから時限爆弾を仕掛けに行くところなのだから。





 『プレゼントボマー』という、今、巷を賑わせている連続爆弾魔。それがオレだ。

 世間では悪質な愉快犯だの、テロリストもどきだの言われているが、俺自身は崇高な目的のために危険を厭わず活動する革命家を自負している。

 が、万が一、誰かに見られても不審に思われないよう、時限爆弾はいつも一見プレゼントのように偽装していた。プレゼントボマーという名はそれが由来だ。

 

「あー……勘違いとかの可能性は、ないのかな」

 ざわめく周囲に紛れるように立ちながら、オレは咳払いしてごくさり気なく声をかけた。

 気絶した彼に代わり、せめて助け船くらいは出さねばなるまい。

 何しろ、彼はオレをかばったのだ。

「あの……たぶん、電車も満員で急に揺れたし、たまたま触れちゃったとか」

 思い切り怪訝そうな顔で、女子高生がこちらを見る。

「はぁ……?」


 ていうかあんた誰?

 まさか……共犯?


 女子高生の言葉がはっきりと聞こえてきそうな冷たい視線に、オレは思わずたじろいだ。



「アラッ!? お嬢ちゃん、パンツ見えてんで!」


 その時、唐突に人ごみから遠慮一切なしの大声が上がった。

 振り向くと、ど派手な格好のおばちゃんが目と口をまん丸にしてこちらを指さしていた。

 あたりがざわつき、女子高生が一気に真っ赤になって背後に手をやる。


 ナイスおばはん! あんたが救世主か! えらく声の大きい救世主だが。

 

「まあー! スカート引っかかって、ピンクのパンツ全開や!」

「えっ、う、ウソッ」

 おばはんの容赦ない追撃に周囲のリーマンたちがそわそわして、一斉に視線を逸らす。

「あら大変! 誰かに気付かれんうちにはよ直し!」


 ワザとなのかその台詞!? ツッコミ待ちか!?


 しかし、こんなおばはんがいるならもっと早く指摘してほしかった。そのせいでどれだけオレと彼が気を揉んだか。おまけにオレは気どころか実際に尻まで揉んだ。まぁそれはいい。


「す、すみませんでした!」


 女子高生は可哀想なくらい動揺しながら、散乱した自分の持ち物をかき集めた。

 あらかた集めたところで電車が駅に滑り込み、ドアが開く。

 女子高生は転がるように電車を降りて行った。ついでに白目をむいた彼も、心ある大人によって下車させられる。

 

 オレはほっとして、何気なく立ち位置を変えた。

 



 カチバキャッ。ピ、ピーッ。




「……ん?」

 何か固いものを踏んだ感触と破壊音。足元を覗き込んだオレはギョッとした。

 見事にボタンを踏み抜かれて壊れているのは、爆弾の遠隔操作スイッチではないか!?


 ランプが赤く点滅している。どうやら、起爆スイッチが入ってしまったらしい。

「な、何で!? 仕舞ってたはず……さっきの騒ぎで落としたか!?」

 オレは慌ててトートバッグを覗き込み、凍り付いた。起爆スイッチと共にそこにあるべきものがない。

 パニックに陥った頭に先ほどの女子高生が閃き、オレは電車の窓に飛びついた。

 動き出した電車の窓から見える、ピンクパンツの女子高生。その鞄から、見覚えのあるピンクのハート模様の包装紙に包まれた何かが覗いている。

 可愛らしくラッピングした、建物ひとつを吹き飛ばせるほどの可愛らしくない威力の爆弾が、女子高生の鞄に入ったままみるみるオレから遠ざかっていく。


「あぁ!……ちょ、今それ起動して……! あぁぁぁっ!?」

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