第2話 ピンク×××襲来


 私立百人高校で「委員長」と言えば、「学生生活向上委員会」の委員長のことだ。


 百高名物ともいえるこの委員会は、「生徒一人ひとりの学校生活をよりよく向上させる」のが活動内容になる。

 具体的には、生徒の悩み相談や部活の助っ人依頼、各種行事の際の手伝いなど……要は学校内の便利屋だ。

 委員長は前年度委員長からの指名制。一番面倒くさいポジションであるがゆえに、指名しやすく拒否権もない一年生が委員長を押し付けられることがデフォルトである。

 ちなみに、多岐にわたる活動内容から、歴代委員長は着任後三か月もすると、学校内では誰もが知る有名人になる。

 そして、今年度の委員長は一年五組の蝉丸大輔――つまり、僕だった。


 

「お疲れ様っす」

「お、委員長」

 放課後。委員会室のドアを開けると、椅子にだらしなく座り、何故かカッターを片手に週刊誌を読んでいた男子が顔を上げた。一年の伊勢いせである。

「朝、痴漢騒ぎに巻き込まれたって? 偶然見てたダチから話聞いたぜ」

「相変わらず、どこにでも友達がいるな、伊勢」

 人懐っこいヘラヘラ顔と高いコミュ能力を持ち合わせた伊勢は、リアル「友達の友達は友達」野郎で、ありとあらゆるところにツテがある。

「相変わらずツイてねえな~、蝉丸は」

「人を不幸体質みたいに言うな! ちょっとトラブルに遭遇しやすいだけだ」

 ケラケラ笑う伊勢に返しながら、僕は朝の女の子の顔を思い出していた。

 顔を見たのは一瞬だけだったけど、あの子、かなり可愛かったな。……ピンクか。

「それに、アレはどっちかというとラッキーなできごとと言えるかも……」

「は? ぶん殴られて気絶したんだろ? まさか、そういう性癖に目覚めた……?」

「目覚めるか! だいたい、僕にはちゃんと好きな……あ、いや」

 余計なことまで口走りそうになって、僕は咳払いした。伊勢がニヤっとしてこちらを見てくる。

 実に不快なニヤニヤ顔の伊勢が何か言いだす前に、僕は急いで言葉を続けた。

「それより、カッター持って何してたんだ?」

「おっ、そうだった!」

 伊勢はいきなり真面目な顔になって、週刊誌をしっかり開いて押さえた。

「袋とじページ。オレは今、その楽園の扉を開こうとしているのだ。邪魔をするな」

 要するにちょっとエッチなページを見ようとしているのだ。しかし、伊勢が袋とじに刃を差し込もうと振り上げたカッターナイフが、後ろからひょいと奪われた。 

「あれ?」

 伊勢がきょとんとした瞬間、奪われたカッターナイフが週刊誌を押さえる伊勢の手、その人差し指と中指の間に鈍い音を立てて突き立った。


「ひえっ!?」

「伊勢君、頼んでた活動日誌終わった?」


 たった今、カッターナイフを突き立てたとは思えない穏やかな微笑みを浮かべて立っていたのは二年生の小町こまち先輩だった。

 サラサラとした黒髪に白い肌、ぱっちりとした大きな瞳に抜群のスタイル。

 清楚とか可憐といった言葉が人の形をとったかのような、まさに知的美人といったたたずまいだ。

「い、今すぐやります、はい」

「よろしくね」

 にこにこと微笑んだ小町先輩は、控えめに言って今日も天女のように美しい。

「小町先輩! お疲れ様です!」

 僕はあたふたする伊勢を押しのけた。

「あら、蝉丸君。朝から大変だったらしいね、大丈夫?」

 ああ! 何たる麗しい声だろう。

 僕のテンションは一気にトップラインを突破した。

「超大丈夫です! ありがとうございます!」

 はっきり言って苦痛以外の何物でもない生活向上委員会に、僕が毎日通い詰めている理由はただ一つ、小町先輩に会えるからだ。

 誰にも内緒だが、僕はこの美しい先輩と初めて会った瞬間から密かに恋をしていた。彼女の笑顔のためなら、全校生徒の雑用係どんとこい、という気持ちになる。

「委員長は面倒くさいけど、依頼をカッコよく解決していけば、小町先輩の好感度も上がっていくだろう……そしてあるとき、『蝉丸君。あなたと付き合いたいっていう私の依頼、解決してくれる?』なんて言われちゃったりして、フフフフフ……」


「――何ブツブツ言ってる? 呑気なものだなぁ、学生生活向上委員会委員長ぅ」

 とげとげしい声に、僕ははっと我に返った。

「……あれ? か、柿本生徒会長」

 小町先輩の横で、腕組みをして僕を忌々し気に睨んでいたのは我が校の生徒会長・柿本人志かきもとひとし先輩だった。

 女子なんかは『正統派イケメン』と騒いでいるのだが、僕からするとなまじ身長が高く妙な迫力があり、黒ぶちメガネをかけているところなどインテリヤクザにしか見えない。


 その柿本生徒会長は、むっつりとした仏頂面で咳払いした。

「痴漢騒ぎに首を突っ込んで電車内で気絶するなんて、恥を知りたまえ。一年とは言え、君は『委員長』だ。我が校の顔である自覚が足りないんじゃないか、あぁん?」

 いつものことだが、言い回しが実に嫌味たっぷりだ。

「……す、すみません」

 好きで就任したわけじゃない……と言い返したかったが、生徒会長の顔が怖かったので僕は素直に頭を下げた。

「全く。こんな頼りない男を指名した先代委員長の気が知れんなぁ」

 柿本生徒会長はじろりと小町先輩を睨みつけた。

「そんなことないよ。蝉丸君は一生懸命で前向きないい委員長だよ」

 小町先輩は陰険な視線をものともせず、ふんわりと微笑んだ。

 生徒会長がギリッと歯を鳴らす。


 僕の先代、去年の委員長は小町先輩だ。

 『フレキシブルな活動』という言葉を極限まで拡大解釈し、積極的・かつ精力的に校内の様々な問題に対して活躍した、歴代屈指のやり手委員長だったそうだ。そのため、二、三年の中には小町先輩のカルト的なファンが多数いるという。

 つまり、僕はそんな小町先輩に選ばれた男なのだ。この事実だけで僕は強く生きていける。

 ちなみに、小町先輩の活躍により予算面や生徒からの人気などの余波を食らいまくったのが生徒会だったそうで、柿本生徒会長は学生生活向上委員会を敵視している。


 小町先輩を睨み続ける柿本生徒会長に、僕は恐る恐る声をかけた。

「あの、生徒会長。それで、今日は何かご用ですか?」

「依頼人を連れてきた。サボってる暇があるなら働け」

 しかめっ面の柿本生徒会長の後ろから、女子がぴょこっと顔を出した。

 僕を見ると、何故か複雑そうな顔をしてぺこりと頭を下げる。


 お、結構可愛い……いや、かなり可愛い。……あれ? 何か見覚えが……。

 

「あ、あ……ああああああ!!? ピンクパンツァァー!!」

「そっ……それは言わないでええええ!」


 あんぐりと口を開けた僕の前で、その女子は顔をピンクに染めて、右手を振りかぶった。




 バッチイイイィィィィン――ッ!!

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