第15話 爆弾はどこだ!?


「プレゼントボマー?」

 小町先輩の言葉を聞いて、僕の頭にふいに今朝見た電車の中吊り広告の文字が躍った。



 『教育施設を狙う【ピンク】のプレゼント!連続爆弾魔・通称プレゼントボマー』



 あの記事の連続爆弾魔が、このお兄さん!?


「プレゼントの包装紙が、プレゼントボマーが使っていたと報道されていたものと同じだったから」

 小町先輩はスマホを示して見せた。

「ほ……包装紙が同じだから爆弾魔、だなんて……小町先輩、ちょっと突飛すぎませんか?」

 半笑いの僕に、小町先輩は首を振った。

「あの包装紙、かなり前に製造中止になって一般には出回ってないの。だから、プレゼントボマーの爆弾を見分ける特徴として、注意喚起されてるのよ」

「え……」

 部屋中の視線を集めたお兄さんは冷や汗を流して立ち尽くしていたが、ふっとため息をついた。

「……目ざといな」

 委員会室に一気に緊張が走る。

「まさか……本当にこいつがプレゼントボマー!?」

 生徒会長がごくりと喉を鳴らした。

「あれが爆弾? ……じゃあ、私、ずっと爆弾を持っていたの?」

 その後ろで青ざめた和泉さんが、よろめいたかと思うとバタンと倒れてしまった。

「うわ!? い、和泉さん!?」

「ダメだ、気絶してる」

 覗き込んだ伊勢が首を振る。

「しのぶ! しっかりしろ!」

 慌てて和泉さんを助け起こそうとした生徒会長に、爆弾魔が詰め寄った。

「それより、お前! 爆弾をどうした!?」

「あ……!」

 襟首を掴まれた生徒会長がさーっと青ざめた。

「ま、まさか捨てたのか!?」

「す、捨ててはいない!」

 生徒会長はかろうじて声を絞り出した。

「捨てようと思って廊下を歩いてた時に……」

「時に!?」



「……たまたま通りかかった奴が欲しがったから、渡したら喜んで持って行った」



「な、な、何だと!?」

 お兄さんがぐらりとよろめいた。

 その顔は真っ青を通り越して白くなっている。

「お、お前……なんてことしてるんだ!? 今すぐそいつから取り返して来い!」

「そっ、それが、見たことのない奴で誰なのかさっぱり……ネクタイの色からして、おそらく一年」

「なっ……危険物を見知らぬ下級生にばらまくなんぞ、それでも生徒会長か、このトーヘンボク!」

 ガクガク揺さぶられた生徒会長は、カッと目を見開くと爆弾魔の襟首を掴み返した。

「ば、爆弾魔なんぞに言われたくないわ! お前の爆弾が元凶だろうが、このテロリストめ!」

「オレはテロリストじゃない、革命家だ! 確かに爆弾は使うが、いたずらに人の命を奪うつもりはない!」

「やかましい、危険物でおのれの主張をゴリ押ししといて何をぬかす! しのぶの尻を揉んだ挙句に爆弾のプレゼントを押し付けるとは言語道断!」

「だからそれは不幸な事故だと言っているだろうが! こっちだって、起爆時間が迫ってる爆弾を危険を冒して回収に来ているんだぞ!」


 爆弾魔の言葉に、委員会室全体の空気が再びビシッと凍り付いた。

 息を呑んだ生徒会長が、恐る恐る尋ねる。

「起爆時間が……迫ってる?」

「ああそうだよ! 起爆までもう30分もない!」

「なっ……何だとぉぉぉぉぉ!!?」



 バンッ!!



 思いっきり机をぶん殴った音が、言い争いをぶった切った。

 ついでに僕の心臓も軽くジャンプした。

 慌てて振り返ると、いつの間にか奥の机で小町先輩がノートパソコンを開いている。

「柿本君、こっち」

「え……あ、ああ」

 毒気を抜かれた顔をしていた生徒会長は、気まずそうに爆弾魔から手を離した。

 小町先輩の後ろへ回って画面を覗き込み、ぎょっと目を見開く。

「こ、これは……!?」

「うちの一年生の顔写真入りプロフィールのリスト。この中から、渡した生徒を見付けて」

「な、何でこんなものを!? 個人情報が」

「柿本君」

 小町先輩は生徒会長を見つめた。

 笑顔なのに、全然笑ってないのがなぜかビンビンに伝わってくる。

「スクロールするから、該当生徒見つけたら言ってね《余計なこと気にしてる暇があったらとっとと画面見ろ》」

「……は、はいっ」

 生徒会長は背筋を伸ばし、画面を凝視した。

「行くよ」

「あ、ああ……って速い!」

「見つけた?」

「天智じゃないんだぞ!? 俺の動体視力を過信しないでくれ!」

「天智君に出来るなら生徒会長にも出来るよ~」

「むちゃくちゃ言うな!」

 生徒会長の眼球が、獲物を探すカメレオンみたいな動きをしている……。

「あ、蝉丸君、その人確保しておいてね」

「へっ」

 慌てて振り向くと、どさくさに紛れて爆弾魔がそろっと部屋から出て行こうとしていた。

「のあーっ! ち、ちょっと待って!」

「離せ! 爆弾は行方不明な上に、もう爆発まで時間がない!」

 しがみついた僕を振りほどこうとじたばたしながら、爆弾魔は叫んだ。

「お前らもそんなことしてないでとっとと逃げろ! 万が一、爆弾を持った奴が校内に残ってたとしたら、爆発に巻き込まれるぞ!」

「あ、あなたが持ち込んだ爆弾でしょうが!」

「ここに爆弾が持ち込まれたのはあくまでも事故だ! オレはそもそも、爆弾を設置するときは可能な限り人的被害は出ないように細心の注意を払っている! 今回だって、わざわざ危険を冒してこうやって回収しに来ただろ」

「なら、最後まで責任をもって回収してください! 爆弾を持って行った奴は、時間内に絶対見つけますから!」

「顔しか分からないのに見つかるわけないだろ!? 大体、何でお前らが危険を冒してそこまでするんだよ!?」

「僕らは生活向上委員会です!」 

 僕は爆弾魔のスカートを引っ張りながら叫んだ。

「生徒の生活を守るのが、僕らの仕事なんです!!」

 爆弾魔は口をパクパクさせて、それから不意に体の力を抜いた。

「……お前たち、頭大丈夫か?」

「女装した爆弾魔に言われたくねえなあ」

 伊勢が呆れたように言った時、生徒会長が不意に叫んだ。

「あ! こ、こいつ! こいつだ!」

「これ?」

 手を止めた小町先輩が画面をくるりとこちらへ向ける。

 僕らは一斉に画面を覗き込んだ。

「一年七組、西行輝久。美術部所属……」

 名前を聞いても全く顔すら浮かばない。

 うちの高校はマンモス校で、一学年だけで六〇〇人を超える。たとえ同じ学年と言っても、普通だったら適当に石を投げても知り合いに当たる可能性はほぼ〇だ。

 

 そう、普通の生徒なら。

 

 僕の視線の先で、伊勢がひょいとスマホを取り出した。

「あ、こいつ俺のダチっす。すぐ連絡しますわ」

「伊勢……!! まさかお前、校内全員と知り合いなんじゃないだろうな?」

 伊勢はニヤリと笑うと、スマホを耳に当てた。

「あ、西行? 俺だけど、今どこ? ちょい会いてえんだけど、……」

 手早く話し終えた伊勢は、スマホを切ると困ったように眉を上げた。

「西行の奴、駅前にいるらしいっす。塾があるとかで急いでて、10分だけなら待っててくれるって」

「え……駅まで10分!?」

 学校から駅までは、歩くと約15分だ。

 ダッシュしても間に合うかどうか怪しい……いや、迷っている暇はない!

「蝉丸君!」

 小町先輩が振り返るより早く、僕は爆弾魔の手を掴んで委員会室を飛び出した。


「僕、行ってきます!」

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