第16話 漢の試練、再び!
「ま、待て! 何で俺まで行かなきゃいけないんだ!?」
「僕だけじゃ、爆弾の起動解除なんか出来ないからですよ!」
「そ、そんな……!」
悲鳴じみた声を上げる爆弾魔を、ほとんど引きずるようにしながら僕は走った。
すれ違う人がぎょっとしたような顔でこちらを振り返ってくる。
女子の制服を着た男を引きずって疾走してる僕って、傍から見るとどんな風に見えているんだろう?
考えてはいけない気がして、僕は慌てて頭を振った。
そんなことより、今はとにかく先を急がなければならない。
「もっと早く走れないんですか!?」
「む、無茶言うな! オレは頭脳派なんだよ、走る事なんかめったにないんだ!」
「それでもテロリストですか!?」
「だから、オレは革命家だっつってんだろ!」
「革命起こす気合があるなら走れるはずでしょ!」
怒鳴りながら角を曲がった瞬間、勢いよく何かにぶつかって僕は後ろにのけぞった。
「うわわわっ!」
「どわあっ!?」
後ろにいた爆弾魔と一緒になって地面に転がる。
「い、イテテ……」
顔を上げた僕は固まった。
「何じゃあ、ワレ」
後ろに取り巻きを引き連れ、仁王立ちでこちらを見下ろしているのは、先ほど僕をぶん投げた百高の『GOD』――後鳥羽先輩だった。
ちょうど帰宅途中だったらしい。
「お前、委員長じゃねえか! 懲りずにまた突っかかってきやがって!」
「番長の怖さ、まだ分かってねえようだな!」
顔に絆創膏を貼りまくった取り巻きの皆さんが僕らに向かってすごんでくる。
「ち、違うんです! ぶつかったのは急いでたからで……すみません!」
「……その後ろの女」
後鳥羽先輩の鋭い眼光が、尻餅をついたままの爆弾魔を射貫く。
「そいつぁ、さっきのババアモドキやんけ」
「え?」
そういえば、爆弾魔も何故か後鳥羽先輩にぶん投げられていたのだった。
「お、オレ?」
「警備員のオッサンがワレのこと追いかけまわしとったようじゃが……まだ校内をうろちょろしとったんか。女装してコソコソ校内をうろつくなんぞ、ゴキブリんような奴じゃの」
ぬうっと太い腕がのびたかと思うと、爆弾魔が軽々と襟首を掴まれて持ち上げられた。
「どうせおなごでも覗きに来たんじゃろ、漢の風上にもおけんクズが! そこの川にでも叩き込んで、根性叩きなおしちゃる!」
「ひ、ひえええっ!?」
「ち、ちょっと待ってください!」
僕は慌ててその腕に飛びついた。
「その人を返してください!」
「ああ?」
後鳥羽先輩のいかつい顔がこちらを向いた。
それだけで僕の股間がヒュッと涼しくなる。
「委員長……ワレ、まさかこのクサレ外道をかばうつもりか?」
「てめえ、番長にアヤつけるつもりかよ!?」
「もう一度
取り巻きの皆さんが一斉にガンを飛ばしてくる中、僕は腹に気合を入れて後鳥羽先輩の目を見返した。
下半身が生まれたての小鹿のようになっているのは意識しないことにする。
「せ……説明してる暇はないんですけど、僕はこの人と一緒にあと10分以内に駅前まで行かなきゃいけないんです! だっ、だからこの人と僕を、通してください!」
僕の言葉に、取り巻きの不良達が殺気立った。
「何だてめえ! 雑用委員長風情が番長の『漢』を曲げろて言うてんのか!?」
「吹き上がってんじゃねえぞ!」
「ひいっ!?」
後鳥羽先輩が軽く手を上げ、今にも襲い掛かってきそうになっていた不良の皆さんはピタリと動きを止めた。
一瞬ホッとしたが、僕を見る後鳥羽先輩の目が険しさを増し、しがみついている腕がメリッとパンプアップする。
「……ワレ、ワシにこのクサレを見逃せ言うんか」
ビリッと空気が震え、重い緊張が走った。
怖い、ひたすら怖い。さっきトイレに行っておいて本当に良かった。
物理的に空気が圧し掛かってくるようで、全く体が動かない。
後鳥羽先輩の迫力に圧倒され、思わず手を離しかけた時、ふっと僕の頭を小町先輩がよぎった。
「蝉丸君……よろしくね!」
僕はガチガチなる歯にぐっと力を込めて、後鳥羽先輩を見返した。
「お願いします!!」
「……」
後鳥羽先輩が僕をじっと睨みつける。
眼球を直接ぶん殴られているかのようなプレッシャーに、涙がにじんだ。
ダメだ、もう気絶する……。
「――ワレ、腹の底にヤッパ持っちょる目やな」
「は、はへ? ヤッパ?」
ふっと後鳥羽先輩の視線が和らいだ。
「ワレの『漢』に免じて今回限り、見逃しちゃる」
「へ……」
「な、何っ……!?」
背後の不良の皆さんがどよめく。
「ギャッ!」
吊り下げられていた爆弾魔が解放され、地面に落下して悲鳴を上げた。
「あ……あ、ありがとうございます!」
ペコペコと頭を下げる僕を見下ろし、後鳥羽先輩は太い首を傾げた。
「しかし、ワシが見逃したところで、このヘタレ引きずって10分以内に駅前まで行けるたぁ思えんが」
「行きます!」
地面にうずくまる爆弾魔を助け起こしつつ、半ばやけっぱちで僕は叫んだ。
「絶対に行ってみせます! 担いででも!」
軽く眉を上げた後鳥羽先輩が無造作に腕を振るった。
ガシィッ!!
ちょうど隣を通り過ぎようとしていた自転車の前にぬっと後鳥羽先輩の手が伸び、ハンドルを片手で掴んだ。
そのまま、まるでおもちゃでも持ち上げるように軽々と自転車を持ち上げる。
「う、うわあああっ!?」
乗っていた不幸な男子が転がり落ちたのも気にせず、後鳥羽先輩は深い笑顔で自転車を差し出してきた。
「これなら間に合うじゃろ。遠慮なく使え」
「……あ、ありがとうございます!」
後鳥羽先輩……確かに伊勢の言うとおり、『熱い漢魂を持った、話せばわかる兄貴肌』だ!
僕は後鳥羽先輩の気遣いに深く感謝しながら、自転車に飛び乗った。
「お兄さん、後ろに乗って! 飛ばしますよ!」
「お、おう」
「おいちょっと待て、それ、俺の……!」
不幸な男子の叫びを背に、僕はペダルを勢いよく踏み込んだ。
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