第4話 フォーリンラブは突然に



「なんかすごい重いなコレ。あと、中で音がしてるような……」

 小町先輩と和泉さんがロマンについて盛り上がっている間に、僕がプレゼントを持ち上げて耳を近づけていると、伊勢が横からひょいとそれを奪い取った。

「メンドクセーな、開けてみようぜ。こういうのって大抵センス微妙なんだよなあ」

「待て!」

 包装紙を破きかけた伊勢の手を、柿本生徒会長が素早くつかんだ。

「万が一、ヤバい奴からのプレゼントだと後が面倒だ。開けるな」

「え? 危険物ってことですか?」

 ぎょっとした僕に顔を近づけると、柿本生徒会長はドスの利いた声を出した。

「それもあるが……この手のストーカー的な渡し方をしてくる奴は『プレゼントを開けてくれた』→『僕を受け入れてくれた』→『もう恋人同士!』くらいの思考的飛躍は標準装備だ」

「なるほど! ストーカーの心理に詳しいっすね、さすが」

「あ?」

「……さすが生徒会長」

 うっかり、「さすが同類」と言いかけたが、柿本生徒会長の圧力に勝手に舌が強張ってくれて助かった。

「とにかく! 万が一にもしのぶを危険な目に遭わせるわけにはいかん。プレゼントは開封厳禁だ、いいな」

 柿本生徒会長の厳命に、僕と伊勢が揃ってコクコクと頷いたところへ、小町先輩が明るい声をかけてきた。

「ねえねえ、委員長。ちょっといい?」

「は、はい!」

 天の助けとばかり、僕は元気に返事をした。地獄に属してそうな生徒会長をまともに見た後だと、小町先輩はまさに天使に見える。和泉さんと並んでいる構図は、見るだけで魂が癒されそうだ。

「実は……プレゼントをくれた相手、心当たりがあるんです」

 小町先輩に促された和泉さんは、頬を染めながら言った。

「えっ?」

「違う」

 僕と伊勢が同時に生徒会長を見て、即座に否定された。

「野球部の天智てんち先輩なんですけど」

「って……エースで四番でキャプテンでイケメンの、天智先輩?」

 確か、来年のドラフト指名間違いなしと言われてる超有名人だ。

「和泉さん、野球部のマネージャーとかやってるの?」

「いいえ、私は帰宅部なので」

 確かに和泉さんは可愛いけど、それだけじゃあの天智先輩と接点があるように思えない。

「もしかして、何か素敵なエピソードとかあるの?」

 小町先輩がにこにこと尋ねた。

「はい! 実は、二週間前に衝撃的な出会いがあったんです」

「まあ素敵! 聞かせて欲しいな」

 おお、小町先輩もそういう話題に興味があるのか……。

「ラブエピソードにキャッキャする小町先輩……可愛い……」

「いや、あれ和泉さんに話しかけつつ、生徒会長の反応ずっと観察してるぞ」

 伊勢のツッコミを、僕は聞かなかったことにした。


「帰宅途中に、グラウンドの横で『そこの君!』って、いきなり声を掛けられたんです」

 和泉さんはうっとりと手を握り合わせた。

「振り向いたら、天智先輩が駆け寄ってきて……その瞬間! 私の体に、すごい衝撃が走ったんです。一目で恋に落ちるって、あんなにショッキングなことなんですね」

 和泉さんが切なさそうにため息をつく横で、柿本生徒会長の眉間に深いしわが刻まれた。

「駆け寄ってきた天智先輩は、私の手を掴んで『君! 名前は!? 何年生!?』って聞いて来たんです。『一年の和泉です』って答えたら、先輩、私の顔をじっと見つめて……その……ほ、頬をそっと撫でて」

 うわ、柿本生徒会長の額に青筋が立ってる……これは僕のせいじゃないよな……。

「私、ビックリして固まってたら、顔を真っ赤にした天智先輩が『いきなりごめん。もしよかったら、家まで送りたいんだけど』って……私が頷いたら、天智先輩、家までお姫様抱っこして連れていってくれたんです……!」

 和泉さんは真っ赤な顔を両手で覆った。

「マジか……そんなの現実で許されるの? さすが野球部のエースは違うな」

 感心しきりの伊勢の横で、柿本生徒会長は俯いて動かない。結構なダメージだったようだ。

「素敵な話ありがとう。じゃ、蝉丸君。天智君にプレゼントのこと聞いてきてくれる?」

 小町先輩はにこにこと頷くと、僕らを振り返った。

「ええ!? それ、和泉さんが直接行ったら即解決しそうじゃないですか!?」

「そんな……私、直接なんて恥ずかしくてとっても無理です!」 

 和泉さんがもじもじする。

「そうだぞ、サボろうとするな! 依頼人の生活を向上させるのがお前らの使命だろうが、馬車馬のごとく働け雑用委員長」

 復活した柿本生徒会長が眼鏡を光らせてイヤミたらしく言った。同情して損した。

「分かりましたよ。じゃあ、聞いてくるんで、和泉さんはこの部屋で待っててください」」

 僕が部屋を出て行こうとした時、伊勢がポンと手を打った。


「あ! そういや、天智先輩といえばこの前『最近しつこいストーカー被害に悩んでるからどうにかしてくれ』って依頼、来てたわ」


 僕はぎょっとして振り向いた。

「え!? 初耳なんだけど!? 何で言わないんだよ、伊勢!?」

「いや~、エースで四番でキャプテン、おまけにイケメンでドライチで一億円プレーヤーだぜ? ストーカーいるくらいがちょうどよくね? って思って、つい……」

「だからってスルーはまずいだろ!? 小町先輩、こいつに言ってやって下さいよ!」

「プロの勝負の世界って厳しそうだし、ストーカーがいい精神鍛錬になるかもね」

 あれ? 僕がおかしいの?

「はっはっは。これはいい。依頼をスルーした相手に、別の人間の依頼で話をしに行くわけだ。わざわざお前達に時間を割いてくれるかな……」

 柿本生徒会長が愉快そうに笑った。

「お、お前……話を難しくしやがって! ただでさえ、インドア派の僕が運動系の部活に乗り込むのには勇気がいるのに……!」

 僕が詰め寄ると、伊勢はいつものヘラヘラ顔で手を振った。

「心配するな蝉丸。オレ、野球部にダチいるから、ちょっと話つけてきてやるよ」

「い、伊勢!」

 やはり持つべきものは友! と一瞬思ったが、こいつはそれくらいするべき。

「オレだってこれでも生活向上委員会の一員だぜ。任せとけって」

 さっきのストーカー被害スルーは何だったんだよ。

「先に行って話つけてくるから、蝉丸は後から来いよ」

 軽い足取りで去っていく伊勢の背を見て、僕はほっと安堵の息をついた。

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