第12話 変態には理由がある



「待て!」


 フリーズした僕たちが我に返る前に、男は叫んだ。

「言いたい事はあるだろうが先に言っておく! 俺は変態じゃない! まずは俺の話を聞いてくれ、頼む!」

 一同に有無を言わせぬ迫力で、スカートからすね毛の生えた足をむき出しにしたまま、男は訴えた。

 言いたい事が山ほどあったが、多すぎる言葉が喉につかえて出てこない。

 機先を制した男は、自分の話を進めた。

「俺はある目的があってこの学校にやむを得ず侵入したんだ!」

「その恰好である目的のために侵入って、完全に変態目的でしょうよ!」

 伊勢が口を挟む。

「違う、オレは彼に用事があるんだ!」

 女装男は僕を指差した。

「ぼ、僕ですか!?」

「もっとちゃんとオレを見てくれ! オレだ! 分かるだろ!? オレだ!」

「見るに耐えませんよ!」


 何なの、この人! オレオレ詐欺ならぬオレオレ変態なのか!?


「違う! そうじゃなくて、オレの顔!」

「顔!?」

 僕はじっと男の顔を見つめた。


 あれ? なんかこの人、見覚えが……。


「……って、ああっ!? あ、朝の!?」

「思い出してくれたか!」

「ってことは、お尻揉んだのも実は故意!?」

「オレは痴漢じゃない! ましてや変態でもない! 今の見た目で判断しないでくれ!」

 男――いや、お兄さんは必死だった。

「君だけはオレと分かり合えたはずだ! オレは変態じゃない、分かってくれるよな!?」

「え……は、はい」

 そうだ、あの時お兄さんと僕は確かに通じ合った。

 おにいさんは果敢に和泉さんのスカートの裾を直そうとした勇者だった。……と思いたい。

「でも、なんでここに……それにその格好」

「実は、朝の電車での騒ぎの時、オレの荷物を彼女が間違えて持って行っちまったんだ」

 おにいさんは柿本生徒会長の影に隠れた和泉さんを振り返った。

 びくびくとこちらの様子を窺っていた和泉さんがきょとんとする。

「わ、私ですか?」

「ああ、赤い水玉の包装紙のプレゼント。今、君が抱えてる奴だよ」

「ええっ!?」

 大声を出したのは柿本生徒会長だった。何故か、妙に青ざめている。

 その後ろに隠れていた和泉さんは、驚きと気まずさと薄気味悪さを絶妙にブレンドした顔で、プレゼントとお兄さんを交互に見た。

「え……これ、あなたの……?」

「すごく大事なものなんだ! どうしても返して欲しくて、思い余ってこんな格好までして君たちを探していた」

「どんな思いが余るとそうなっちゃうの!?」 

 格好はともかく、お兄さんの必死さから、プレゼントがどれだけ大事なものなのかはビンビンに伝わってくる。

「頼む、返してくれ!」

「ち、近寄らないで!」

 悲鳴を上げる和泉さんを柿本生徒会長が庇う。

「あ、私にも近寄らないで下さいね」

 小町先輩の台詞に、すかさず僕も小町先輩の前にスタンバイする。

 震える和泉さんを背に、生徒会長はお兄さんを睨みつけた。

「アンタ、何なんだ! そんな格好で校内に侵入してしのぶを追いかけまわしていたなんて……痴漢なのか、変質者なのか、ストーカーなのか、もうジャンルは何なんだ!」

「違う! オレはそのプレゼントを探していただけなんだ! それは君達の手には余るものだ! 決して開けてはならない! 返してくれ!」

「何入ってんだよ……むしろ早く開けろってフリに聞こえてきたわ」

 伊勢の目が輝いた。

「断じてフリじゃない! おい、そこのチャラ男、ニヤニヤしながらオレを見るな! 君達はみんな仲良く消し飛びたいのか!? いいから渡すんだ!」

 この人、本当におかしい人なのだろうか。それともアニメや漫画の見過ぎ?

「いい加減にしろ、このファンタジック変態男……」

「返します!」

 生徒会長の言葉を遮り、和泉さんが叫んだ。

「しのぶ! こんなあからさまに怪しい奴の言うことを信じるのか!? 渡さなくていい!」

 慌てて止める生徒会長に、和泉さんは震えながらすがった。

「だって、怖い……私、まだ死にたくないし、ひーくんにも死んでほしくないよ!」

「し、しのぶ……そんな顔しなくていい、あの中にはきっとお前宛の想いのこもった可愛らしいものしか入っていない!」

 宥めようとする生徒会長をも押しのけ、和泉さんはプレゼントをお兄さんに押し付けた。

「これですよね!? こんなもの早く持って行ってください!」

「君の英断に感謝する!」

 差し出されたプレゼントを見て、お兄さんはあからさまにホッとして微笑みを浮かべた。

「何だかわからねえけど、一件落着しそう……なのかな、蝉丸」

「あ、ああ。ついでに生徒会長の恋も終わりそうな感じだけど」

 しかし、プレゼントを受け取った瞬間、お兄さんの顔が強張った。


「……むっ!?」


 一声呻くと、お兄さんは包装紙をむしり取るようにしてプレゼントを開けだした。

「ちょ!? 開けちゃ駄目なんじゃないの!?」

 お兄さんは箱を開き、乱暴にひっくり返す。

 中からは、きゃしゃなつくりのネックレスがころがり出てきた。

 お兄さんが驚愕の顔でそれを見つめる。



「なっ……なんだコレは!?」



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