第9話 対決! 最恐の番長!
「……で、この状況は何だ」
僕は校舎裏に突っ立ったまま、横の伊勢を睨んだ。
目の前には、殺気立った不良の皆様が、規則正しく二列になり、向かい合ってずらりと縦に並んでいる。
列と列の間には人が一人通れるほどの間隔があいていた。
「これぞ百高名物『
口髭を生やした、生徒というより教師側じゃないかという老け顔の不良さんが叫んだ。
「おところーど?」
僕らの後ろに隠れるように立った小町先輩が小首を傾げる。危ないから委員会室で待機してくれと頼んだのに、ついて来てしまった。
心配だけど、密かに嬉しい。
「不良達が脇を固める道の両端に立って、妨害を受けながら歩み寄っていくタイマン方法……歩んだ道の長さがワレの漢じゃあ、蝉丸!」
「何でお前も不良口調なんじゃあ伊勢! というか、タイマンってなんじゃあ!?」
涙目で伊勢に詰め寄ろうとした僕の頭をゴツい手が掴み、先頭に立つ不良がぐいと顔を近づけてきた。
「ざけんなワレ! 『後鳥羽のアニキとサシで話つけたい』て使いよこしたやないか!」
「サシで話といったら、タイマンのことやないけえ!」
「そ、そ、そんなつもりじゃ……」
僕の隣で伊勢がしかつめらしく頷いた。
「不良界の用語ではそう変換されてしまうんじゃ……ぬかったわ」
「伊勢ぇぇぇぇ!! お前絶対ワザとやってるだろ!?」
「――やめえ」
僕が伊勢をガックンガックン揺さぶっていると、不意に野太い声がかかった。
「そがぁに脅すんじゃなか」
威風堂々と漢狼道の向こうに佇んでいるのは、間違いなく伝説の番長、後鳥羽先輩だ。
結構な距離があるはずなのに、とんでもない威圧感だ。
「後鳥羽先輩! じ、実は先ほどあなたの取り巻きが、プレゼントを奪って……」
「聞いとるぞ」
腹の底に響くようなドスの利いた声で、後鳥羽先輩は言った。
「ワレ……和泉しゃんからのプレゼントを賭けて、天智と野球勝負をしちょったそうじゃな」
僕はあんぐりと口を開けた。
「……は?」
「和泉しゃんのプレゼント争奪戦……そがぁな勝負、わしも参戦せんわけにゃいかん!」
どこから突っ込んでいいのか分からないほど徹頭徹尾デマ情報……!!
「こっちからタイマンに行くつもりじゃったが、先手を打ってワレから申し込んでくるとはのう」
僕が絶句していると、後鳥羽先輩は太く笑った。
「フッ……その『漢』を見込んで、特別に『漢狼道』での勝負を用意しちゃったぞ」
用意しなくていいんですけど!?
「待ってください! 何というか全部違うんですけど、そもそもあのプレゼントは……」
「ワレら! ワシが相手じゃから言うて手を抜いたらぶちくらすぞ!」
「ウッス!!」
後鳥羽先輩の大音声に、直立不動だった不良達が一斉に殺気立った。
「ホント待って!? 大体、僕には他に好きな人が……」
ザッ!
僕の叫びをガン無視して、後鳥羽先輩が動き出した。左右の不良達が拳を振りかぶる。
「ウォォラァッ! 失礼しまっす!」
「アニキ! 遠慮なく一発いかしていただきますっ!」
ドスッ!
ボゴァッ!!
激しい打撃音が立て続けに弾け、汗と血が飛ぶ。
雨のように左右から降り注ぐ拳の全てを避けるどころか、正面から受け止めて後鳥羽先輩はこちらへ歩いてくる。
「す、すごい……さすが伝説の番長……!! ……って、アレ?」
うっかり感動しかけた僕は、目を凝らした。
「オラアアアァァ! ドガァッ!!」
「セヤアアア!! ゴキャッ!」
よく見たら後鳥羽先輩の体に全然拳が当たってない!
あのド派手な効果音、全部不良の皆さんのボディパーカッションだ!
「何かずるくないアレ!?」
「いいから行け、蝉丸! とにかくタイマンに勝てば話聞いてもらえそうだし!」
「何言ってんの伊勢!? 勝てるわけないっていうか、こんなのやる必要ない……」
ドカッ!
突如、背中に鈍い衝撃が走り、僕はたたらを踏んで『漢狼道』に踏み込んでしまった。
まるで蹴りとばされたような……あれ?
今、後ろにいたのは小町先輩? まさか……。
考える間もなく、すかさず脇から拳が飛んでくる。
「死ねこの羽虫がァァ!!」
「ひ、ひいっ!」
前につんのめってかろうじて避けたところに、掬い上げるようなアッパーが飛んできた。
「吹っ飛べや!! ドシュゥッ!」
「おわあっ!」
「避けてんじゃねーぞ! ブワァッ!!」
「ひいいっ!」
転がって、ジャンプして、とにかく僕は奇跡的に避け続けた。
す、すごいぞ僕! 生存本能がビンビンに働いてるのが分かる!
「くそっ、こいつチョコマカ動きやがって!!」
イケる……今ならイケる気がする! 渡り切れるぞ、漢狼道!
「わあ、すごい蝉丸君! かっこいいよ、頑張って!」
希望が見えた時、漢狼道の近くで小町先輩が大きな声援を投げてきてくれた。
こ、小町先輩! 僕のことカッコイイって……! これフラグ立ったんじゃ!?
「頑張ります、小町先輩~!」
僕が叫んだ瞬間、不良全員がビクッと動きを止めた。
「……アレ?」
僕は首を伸ばして見回した。
前方で後鳥羽先輩が足を止め、まじまじと小町先輩を見ている。
「こ……小町しゃん!? 何故ここに!? なんで、そいつの応援を……!?」
あれ? 後鳥羽先輩、小町先輩のこと知ってる……?
ぽかんとする僕の脇で、冷や汗を流しながら不良の一人が呟いた。
「まずい……小町の姐さんは、アニキの手の届かない永遠のマドンナなんじゃ!」
「……な、何ですと!?」
まさか……後鳥羽先輩、『密かに多数存在する』小町先輩のカルト的なファンの一人!?
青ざめた僕に、後鳥羽先輩からの視線が突き刺さった。
「貴様……和泉しゃんだけでは飽き足らず、ま、まさか、小町しゃんにまで、手を……!?」
後鳥羽先輩の全身がブルブルと震えだす。
心なしか、周囲の空気が揺らめくほどのオーラを感じる……!
「ち! 違うんです! いや、好きは好きですけど、誤解が」
「……ウオオオオオオ!!!」
後鳥羽先輩の咆哮と共に、最も先輩の近くにいた不良が空に舞った。
「ば、番長! 漢狼道は挑戦者の反撃禁止……!」
「うるせええええ!! ワシの邪魔すっとぶちくらすぞ!!」
がっちりした体格の不良達が次々に空を飛んだ。
口で作った擬音ではない悲惨な効果音をBGMに、暴走ダンプのごとき後鳥羽先輩が迫ってくる。
「ひいいい!!」
逃げ出そうとした僕の襟首がワシッと掴まれ、あっけなく引きずり上げられた。
「貴様ああぁぁあ!」
「に、逃げてええ小町先輩!!」
僕は半分気絶しながら、必死に叫んだ。
「僕がやられてる間に、少しでも遠くへ逃げて! 伊勢も盾にして逃げて―っ!」
「ぬ、ぬう……!?」
――ビタッ!
僕の顔面を粉砕すべく迫っていた拳が、ギリギリで止まった。
風圧が顔をビシバシ叩く。
「貴様……和泉しゃんと小町しゃん、結局どっちなんじゃ!」
「こ、小町先輩です! 一瞬たりとも迷わず小町先輩です!」
「……」
獰猛な肉食獣が獲物を吟味するかの如く、後鳥羽先輩はぎょろりと僕を見つめた。
「フン、ちったあ『漢』じゃな。なら、和泉しゃんのプレゼントはワシがもらう」
「え、いや、だからそれ和泉さんからのプレゼントじゃなくて……」
「ワレはこれで勘弁しちゃる!」
ブンッ。
耳元で空気が唸り――僕は、後鳥羽先輩によってぶん投げられて空高く舞った。
「ひっ……ひええええ~!?」
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