幕間:彼がボマーになった理由
ランニングしている部活動中の生徒たちのかけ声が遠くに聞こえる。
放課後はいつも、あの声を聴きながら教室に残って勉強していた。
オレにとって部活動とは、学生の本分である勉強において結果を期待できない人間が、別の分野において結果を残すための手段、だという解釈だった。
つまり、オレには必要ないものだったということだ。
率直に言ってオレはエリートだった。
3才から英才教育を施され、神童ともてはやされながら有名進学校へ進み、国内最高峰の大学をトップの成績で卒業、というコースを楽々走り抜けた。オレの人生は、常に称賛と成功で形作られていた。
けれど、それは学生の間だけだった。
意気揚々と社会に出たオレはあっという間に人間関係でつまづいた。同期からは協調性がない、思いやりにかける、仲間を信用していないなどと陰口をたたかれ、上からは指示待ち人間、気が利かないなどあらぬ説教を受けた。挙句の果てに不当な評価で窓際に追いやられるにあたり、オレは会社に辞表を提出した。
家に引きこもったオレは考え続けた。
何がいけなかったのか? オレは求められたオーダーを完璧にこなしてきたはずだ。
ということは、大前提となる「オーダー」こそが間違っていたのではないか。
つまり、現在の画一的かつ受動的な学校教育そのものに問題があるのではないか?
子供たちは個性を殺され、偏った価値観のもと数多のチャンスをつぶされ続けているのではないか?
この事実に気がついた時、オレは自分がなさねばならぬことが分かった。
それはこの国の学校教育へ警鐘を鳴らし、抜本的な見直しを図ることだ。
破壊だ。
いったん、全てを破壊しなければ、この国の未来はないのだ。
「……破壊が必要なんだ」
自分の寝言で意識を取り戻し、オレはうっすらと目を開けた。
無機質な天井にだいぶ赤みを帯びてきた夕陽が差し込んでいる。
オレは長椅子に寝かされているようだった。
首を動かさず、目だけでそっとあたりを窺う。
「……はい、何とか捕まえました。てっきり外に逃げたのかと思ったら、まだ校内にいたんですわ」
こちらに背を向けて電話で話しているのは、しつこくオレを追い回していた警備員のようだ。
「今ですか? 不良の乱闘に巻き込まれて、のびてます。当分起きないでしょうな」
警備員が振り返る気配を感じ、オレは慌てて目を閉じた。
「まあ、目的は痴漢でしょう。いやはや。……え? 今ですか? しかし、目を離すのは……はあ、まあそうですが」
警備員は電話を切ると、「大丈夫かな」と呟きながら部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを確認し、オレは急いで立ち上がった。
「イテテテ……」
身体のあちこちが痛いが、ぐずぐずしている暇はない。あの様子からして、おそらくすぐに戻ってくるだろう。
せっかく着替えた服もボロボロになっている。足元に例の制服を詰めたバッグが置いてあったので、オレは慌てて着替え直した。
「あのクソ警備員め、誰が痴漢だ! 好きでこんな格好してると思うなよ……」
タイを結びながら閉まったドアに向かって毒づいた時、ふと壁に貼られた校内の見取り図が目に飛び込んできた。
部室棟の一角に「委員会室」と赤くマークされている場所がある。
「委員長……もしかして、ここが奴らのアジトか!?」
オレは時計を見た。事務机の上の古ぼけた時計は、既に17時を回っている。
「くそっ、爆破時刻までほとんど時間がない! いちかばちか……!」
オレはスカートをひらめかせ、警備員室を飛び出した。
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