第5話 対決!最強のエース!


「……って、アレ!?」


 それからわずか十五分後。

 僕は何故かグラウンドで、バッターボックスに立たされていた。

「とにかく、ボールを前に飛ばして塁に出ればお前の勝ちだから」

 何故か楽しそうな伊勢が僕にバットを差し出してくる。

「え? 勝ちって何の話!? 何で野球対決することになってんの!?」

 焦る僕を遠巻きにしている野球部メンバーからは、殺気立った視線と野次がビシバシ飛んできた。

「てめえ! うちのエース相手に勝負申し込むなんざいい度胸じゃねえか!」

「あんな大口叩いたんだ! 当然覚悟は決まってるよなあ!?」


 メチャクチャ怖い……!


「伊勢君……? 『話がついた』って言うから来てみたら、一体どうなってんの……?」

 僕が恐る恐る尋ねると、伊勢はきょとんと首を傾げた。

「え? だって全然取り合ってくんねえからさぁ。『男ならストーカーごときでガタガタ言うな、野球勝負なら逃げられねえだろ』って言っただけだよ」

「お、お前……それ完全に喧嘩売ってる!」


 僕は青ざめながら振り返った。

 マウンドでは、天智先輩が落ち着きなく辺りに視線を配りながらこちらを睨んでいる。

「あ、あの、天智先輩……ちょっと、いや、かなり誤解と行き違いがですね」

「――当然、お前も逃げないんだよな」

 恐る恐る話しかけた僕を、天智先輩が睨んだ。目が血走っている。

 こ、怖ぇええ……天智先輩、かなり精神的にキてるよ!? 伊勢のアホ……!

「やってやれ蝉丸! 向こうで応援してるからな!」

 呑気に親指を立てて去っていく伊勢を、僕はギリギリと歯噛みして睨んだ。

「三球だ。負けたら二度とオレの前に顔を見せるな」

「いや、あの、僕野球したことな」

「男ならガタガタ言うな。行くぞ」



 

 ズパァァ―――ンッ!!



 

 口を開けたままの僕を掠めて、風の塊が駆け抜けた。

 直後、後ろにいたキャッチャーのミットが派手な音を立てる。

 恐る恐る振り返ると、ミットの中にうっすらと白煙を上げるボールが突き刺さっていた。

 

「せめてバットは構えとけ」

 凍りつく僕に不愛想に言うと、キャッチャーはボールをマウンドに投げ返した。

「……ぼ、ボールって、こんなスレスレを通過するんですか?」

「内角狙いだからな。特に、奴のカーブはキレる」

 キャッチャーの先輩はじろりと僕を見た。

「あと二球、今と同じコースが来る。下手に振り回すと体に当たるから、突っ立ってろ」

「コース教えてくれていいんですか?」

「お前、ど素人だろ。コース分かったら当てられるのか?」

 僕は張り付いた笑顔でぶんぶんと首を横に振った。

「だったらヘタなことするな。こっちもこれ以上変なトラブルはごめんだ。ったく……」

 不機嫌そのものといった雰囲気のキャッチャー先輩は、視線をマウンドに戻した。


 伊勢め……あいつ、ホントにコミュ能力高いのか? 空気読めなさすぎだろ……それとも、まさかあいつも小町先輩のことが好きで、僕を陥れようと……!?


「蝉丸君、頑張れ~!」

 伊勢への不信感に支配されかけていた僕の耳に、不意に可愛らしい声が飛び込んできた。

 慌てて顔を上げると、いつの間にかグラウンド脇に小町先輩が現れ、僕に手を振っている。

「こ、小町先輩……! 小町先輩が、この僕を応援してくれている……!?」

 気が付くと、グラウンドの周りには小町先輩の他にも野次馬がわらわらと集まってきて、人だかりができていた。

 「何やってんだ?」

 「委員長が天智先輩と勝負してる!」

 「マジか、無謀すぎ」

 「何だか分かんないけど頑張れー」

 面白半分にこちらを見ている人だかりの中からは、声援すら飛んできた。

 僕はハッとした。


 アレ? 『野球部のエースと対決』って……傍から見ると、かなりカッコイイのでは!?

 「もしここで勝ったりしたら『スゴイ、蝉丸君って素敵!』なんて、ラブ展開が……!?」





 パアアアァァァァァ――――ンッ!!





「あああっ!?」

「ツーストライク」

 雑念に気を取られた瞬間、先ほどと全く同じコースでボールが通り過ぎた。


 まずいぞ。すごい勢いで追い込まれている……。これで、もし打てなかったら……。


「蝉丸君は特別な人だと思ってたのに、なんかガッカリ……」


 うわああああ! 想像上の小町先輩に言われただけで心が折れそう!


 焦る僕をよそに、天智先輩が悠々と投球フォームに入る。

 その瞬間、僕の脳裏に先ほどのキャッチャー先輩の言葉が閃いた。


「下手にバット振り回すと体に当たるぞ」


 ……塁に出るには、もうこれしかない!

 天智先輩の手から飛び出した白球が、こちらめがけて飛んでくるのがスローで見える。

 僕は目をつぶって、一歩踏み出しかけ――

「……やっぱり無理いいぃぃ!!」 




 ドゴォッ!!



 

「ぎゃっ!?」

 尻が爆発したような衝撃を受け、僕は地面に倒れた。キャッチャーミットに吸い込まれるはずだったボールが僕の目の前を転がり、野次馬たちがどよめく。

「し、尻にデッドボールだと!?」

 驚愕の声を上げる天智先輩。 

「蝉丸君、大丈夫!?」

 心配そうな顔をした小町先輩が駆け寄ってきた。柔らかな手が僕の背を撫でる。

 ああ、小町先輩の手からα波出てるのを確かに感じる……これ、もしかして愛?

 僕は尻の激痛をこらえて立ち上がると、天智先輩にやりと笑って見せた。

「で、デッドボールは、塁に出られますよね」

「ふざけるな! お前わざと当たっただろ!」

「全然わざとじゃないですよ! もう緊張のあまりフラッとしちゃって!」

「嘘つけ! バット振る気ゼロだっただろうが!」


「――もうやめてっ!」


 突如、悲鳴のような声とともに、女子が野次馬を割ってグラウンドに乱入してきた。


「って、ええ!? 和泉さん、結局来ちゃったの!?」

 涙目の和泉さんは頷き、天智先輩を見つめた。

 そんな和泉さんの後ろから、ムッツリ顔の生徒会長も現れる。

「はい、どうしても気になって……ひーくんが一緒に来てくれるって言うから」

 生徒会長が付き添うだけで直接来られるなら、最初からそうしてくれよ!

「ええと、じゃあもう直接話を……天智先輩?」

 和泉さんを呆然と見ていた天智先輩がみるみる青ざめ、いきなり飛び退った。

「ひっ……な、何でお前がここに!?」

「……え? 何、その反応?」

 ぽかんとする僕をよそに、天智先輩が震えながらガバッ!と土下座し、絶叫した。



「ボール当てたのはこの通り、謝るから……もうストーカーは勘弁してくれ!!」

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