第21話
「ほう……」
「…………」
「なるほどね……」
「あの……あんまペタペタ触らないでくれます」
「あー悪い悪い、男だって聞いたからついな。それにしてもほんとに変なブレイバーだよなー」
「そうですね、とても可愛らしいです」
「俺的にはその誉め言葉は複雑なんだけど」
フラニアードから南西にある“ユグの丘”。
依頼書によればここにゴブリンが潜伏するという。俺たちは何気ない話をしながら丘を登り始めた。初めてのクエストということもあり内心興奮している、ぶっちゃけゴブリンも早く見てたいとも思ってる。
「そういえばチャックたちはここの世界の住人なんだよな?勇者以外の種族とパーティ組む奴って多いのか?」
「まっ、珍しくはないな」
「ブレイバーによっては相性がいい種族もいますから」
「へぇー、じゃあチャックたちも――えーと、マサトだっけ?アイツのブレイバーと相性がいいのか?」
「いやー俺たちは……」
チャックとレビットは互いに顔を見合わせ、困った顔で意思疎通をしていた。何か聞いちゃいけないことでも聞いたのか?
「マサトと組んでくれる勇者がいなかったから組んでいる」
「あっ、ローガンさん!」
「ローガン!しーっ!それ言っちゃいけないやつだから!」
「そうか、済まない」
今の話を聞いて、それ以上は何も言わないようにしようと思った。あれだよな、酒癖が悪いからだよなきっと。
「そ、それよりこっちも聞きたかったんだよ!どうやってお姫様を助けたのかとか!」
「そうですね、幹部の倒し方とかも!」
二人は必死に話を逸らしてきた、ここは乗ってあげた方がいいか。
「えーと、シエルを助けたのも幹部にトドメを刺したのも、実は全部ミューのお蔭っていうか仕業っていうか……」
「ミューって確かもう一人の子だよな?」
「小さい強いんですね!」
「まあ一応女神だからな」
俺の発言にチャックとレビット、ローガンすらも驚いていた。
「あれが!?嘘だろ」
「やっぱりいるんですね、神様って」
「俺の記録にも女神のデータはない。更新しなくては」
「更新しなくていいぞローガン、あれは邪神だから」
「じゃああの二人は?アイツらも結構強いんだろ?」
「あー……やっぱりそう思われてるんだな、まあミューは子供だし俺もこんなのだから当然か」
「違うんですか」
「伊集院はイグランデと戦ったけど歯が立たなかったし、篠原はすぐ逃げたし。他二人の幹部に関しちゃ何もしてないからなあいつら」
困惑した表情を見せる彼らを見て、俺は苦笑するしかなかった。俺たちって実際は素人と変態しかいないパーティだからな、この反応は当然だ。
「ま、マサトさんは大丈夫でしょうか……」
「さあな、今頃俺にでも謝ってるだろ」
「ちなみに聞いとくけど、お前は強かったり?」
「自分のことを強いって言うほど自惚れてないぞ、それに今日で勇者歴三日のド素人だ。そんな奴が強いわけないだろ」
俺は軽く笑い飛ばして歩みを続けた。そういえば、俺ってシエルから宝具託されたわりには何もしてない気がする。精々幹部の後ろにいたモンスターを倒したくらいだ……どうしよう、ちょっと凹んできた。
若干ブルーになっていると、突然チャックに呼び止められた。振り向いてみると人差し指を口元で立てて、静かにするようジェスチャーをしていた。言われた通り黙っていると、丘の頂上辺りで複数の影が動いている。もしかしてあれがゴブリンか?
「いたな……」
「依頼書に書いてあった通り五体ですね」
「こちらには気づいてなさそうだ」
「どうする?」
「あの数ならどうってことないだろ、俺が速攻で片付けてやる!」
チャックはそう言うと、まるでパルクールのように木と地面を蹴りながら凄まじい速さで頂上に飛び出した。獣人族は元になっている獣の能力を受け継いでいると伊集院は言っていた、イグランデや伊集院の
「やっほー!」
「ッ!?」
突然現れたチャックに驚くゴブリンたち、戦闘態勢に入ろうとした一匹に向かって、チャックは膝蹴りを浴びせた。近くにいたゴブリンの二匹が棍棒で殴り掛かるが、振り下ろすよりも遥かに速く顔面に拳をたたき込んだ。
「ハハッ、速さが足りねぇよお前ら!」
「あっ、おいチャック!右のゴブリンが狙ってるぞ!」
少し離れたところにいたゴブリンが、チャックに向かってクロスボウを構えたことに気づき必死に叫んだ。俺の声を聞いて振り向いたと同時に、クロスボウから矢が放たれた。チャックはそれを避けるどころか自ら接近し、左の頬を紙一重で通過していく矢を目で追った後、隙ができたゴブリンを蹴り飛ばした。
「さて、まだやるか?」
わざとらしく牙を見せて笑うチャックに、生き残ったゴブリンは形振り構わず逃げて行った。すげぇ、俺もあんなことできたらいいのになとつい羨望の眼差しを送ってしまった。
「結局何もしませんでしたね、私たち」
「そうですね、ミューたちもいないしやっと戦えると思ったのに」
「まあまあ、折角ですからこのままお昼ご飯にでもしましょうか」
「そうだな、丘の頂上でご飯だなんて、向こうの世界でもやったことないな」
完全にピクニックモードに入る俺とレビットだったが、ローガンはピクリとも動かない。どうしただろうか、もしかしてフリーズ?
「どうかしましたかローガンさん?」
「……マズイな」
「何がマズイんだよ?」
「地中から巨大な生体反応が頂上に近づいている。あそこにいたゴブリンを捕食するためにだろう」
「地中からって、一体何が――」
俺の疑問に答えるように、そいつは地上に顔を出した。
下半身から上しか出ていないが、きっと全長一〇メートルはあるだろう。顔のほとんどが口で目と鼻があるのかすらわからない、口内は無数の鋭い牙が生えていて、ミキサーのように蠢いている。
「アングラー。地中に住むモグラのモンスター。回転する五万の牙は地中の固い岩すら粉末にできるほど。主な主食は肉。地上のモンスターや鳥を餌とする」
絶句する俺とレビットの横で、ローガンは淡々と解説を始めた。お前は機械か、いや機械かそういえば。
「ど、どどどどどうしましょう!」
「ど、どどどどうするって言ったって――」
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
頂上から脱兎の如く爆走してきたチャックにつられて俺たちも走り出した。アングラーも逃げていく餌を捕まえようと追いかけてきた、移動の仕方が平泳ぎみたいなのになんて速さだ!このままじゃ追いつかれるぞ!
「アングラーは地中での移動速度は七五キロ。捕獲の時はさらに速度が増すとされている」
「もう説明はいいからなんとかできないのか!」
「アングラーは下半身が弱く、軽い衝撃を受けただけで動けなくなる」
「下半身ってお前……地中の中じゃねぇか!」
「下半身は常に地中に隠しており、地上に出すことはほぼないとされている」
地上には出ないって、それほとんど詰んでるんだけど。
背後から迫ってきているアングラーを一瞥して何かいい策はないかと考えようとした瞬間、隣で一生懸命走っていたレビットが突然翼を広げて空へと飛び出した。
「私の魔法でなんとか地上に引きずり出してみます!」
「わかった、頼んだぞ!」
俺の返事に頷くと、レビットは聞いたことのない言語を次々に羅列し始めた。
「あれは何してんだ?」
「ベキルダー共和国の公用語による魔法詠唱。この世界では詠唱による魔法行使が一般的であり、詠唱に使われる言語も公用語を使用する。補足として勇者の魔法使いによる詠唱は異次元語詠唱と位置付けられている」
そういえば初めて篠原と会った時、聞こえないくらいの声量で何か唱えてたけど、魔法を使うための詠唱だったのか。
「って、やばいもう追いつかれる!レビット頼む、早くなんとかしてくれ!」
「ヴォレ・サチュエ・キルシヲ!」
高らかに魔法の名前を叫ぶと、アングラーの周りに空色の分厚い壁が現れた。アングラーがそれにぶつかると、身体が弾かれ後ろに仰け反った。鋭い爪で壁を殴るが、それも弾かれ逆にヒビが入った。
「お、おお、すごいな」
「普段は弱気でマサトやチャックに振り回されているが、魔法の腕は本物だ」
「ふぅ、後は下半身を引きずり出せば――」
安堵の言葉を口にしようとした俺だったが、壁の中にいるアングラーの異変に気が付いた。ミキサーのように回っていた歯が突然停止し始めたのだ、食べるのを諦めたのかと思ったが、口の中心部から伸びてきた長い蔦のようなものを見て、俺はすぐに気づいた。
こいつの主食はモンスターと鳥の肉、空を飛べる鳥をどうやって捕食しているのか……
「アネモス――ロードアップ!!」
咄嗟に変身した俺は地面を強く蹴って飛びあがり、風を使って加速した。止まることも考えずにレビットの胸に飛び込み、そのままさらに上空へと舞い上がった。
その瞬間、アングラーの口から下が伸びてきた。その長さは奴の全長を超え、さっきまでレビットのいたところをあっという間に通り過ぎた。もし気づいてなかったらと思うとゾッとする。
「だ、大丈夫か、レビット!」
「は、はい……ありがとうございます……」
自分の身に何が起ころうとしていたのかを理解したレビットは、俺の服を強く握って震える始めた。俺は抱きしめたままローガンの元に戻り、レビットを渡した。
「こいつは俺がなんとかしてみる、ローガンはレビットと安全なところへ」
「了承した」
「アツヒトさん……すみません、私が油断した所為で……」
「気にするな、後は俺に任せとけ」
涙目で俯くレビットの頭を軽く撫でて、俺は再び空へと舞い上がった。アングラーは新たな餌として俺に狙いを定め始めた。でも丁度いい、それなら俺以外に被害は少なくなる。
「食えるもんなら食ってみろ!」
俺は魔法陣を展開させて槍を構える、アングラーは再び舌を出して捕らえる準備を始めた。でも悪いな、もうお前が捕獲する時の動作はさっきので見切ってる。アングラーが身体を振って舌を伸ばそうとしたのを見計らい、俺も魔法を唱えた。
「バキュームストリーム!」
アングラーの上空に風の渦が現れ、高速で回転を始めた。その途端、アングラーの体が徐々に地面から浮き出てきた。レビットの壁のお蔭か、奴を吸い寄せる風はどこにも霧散することなく的確に引き上げた。
そしてものの数秒でアングラーは空へと放り出された。その隙を見逃すことなく、俺は槍で下半身を貫いた。苦し気な鳴き声を上げながらアングラーは地上に落下し、ピクリとも動かなくなった。
「すごい……」
「風の属性魔法。エルフ族以外の者が使うところは初めて見た。データを更新する」
戦いが終わり地上に降り立った俺は、変身を解除した後に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですかアツヒトさん!どこか怪我でも――」
「……しゃ」
「え?」
「よっしゃあああああああああああああああああ!!!初めて、初めて勇者っぽいことできたあああああああああああああ!!!」
今までミューの妨害によりロクな戦いができなかった分の感情が一気にこみ上げ、俺はその場で踊り始めてしまった。もう、嬉しさと感動で自分が何してるのかわからない!
「え、えーと、これはどうすればいいのでしょうか……」
「本人がパンチラ仕掛けていることに気が付くまで見守っていよう」
「それは教えた方がいいですよ」
「ちなみに先ほど見たが、それらしきものは履いてなかった」
「わあああああアツヒトさん!一旦ストップ!ストップぅ!!」
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