第19話

「「ただいま」」

「お前らよく生きてたな」

「まあな、俺のブレイバーに掛かればこのくらいどうってことない」

「僕は危うく丸焼きにされるところだったけど」


 女湯から命辛々戻って来た二人を出迎えながら、もう夜が更けてきたことを実感する。そういえば風呂を出た後夕飯食ったり、ミューをしばいたりと色々やってたからな。もうそろそろ寝るか。


「あっ、ユキムネ様にイサオ様!お帰りなさいませ」

「ただいまシエル姫」

「あぁ~、やっぱりシエルたんは天使だお~」

「お前ら逃げてて飯食ってないだろ?用意はしてるから食っとけ」

「おっ、サンキュー」

「僕は風呂入ってくるお」

「それとシエルには悪いんだけど、今日はミューの部屋で寝てくれ、部屋はあるんだけど家具がないからな」

「わかりました」

「えー、私は一人でゴロゴロしたいのにー」

「我儘言うな、じゃあ俺は――」

「「ちょっと待ったー!」


 厨房と風呂場に向かったはずの二人が同タイミングで戻って来た、こっちはトイレに行きたいのに何を待てというんだ。


「えっ、ちょっと待って雨宮君?いつの間にそんなシエル姫と仲良くなったの?」

「飛ばされる前までは敬語で姫様呼びだったのに――ハッ、まさかお風呂場でシエルたんと!」

「なっ、別にそんなんじゃ……」

「手は繋いでたけどね」

「おいコラ言うな!」

「くぅうううう!リア充死すべし、慈悲は無い!」

「俺もシエル姫と手を繋ぎたかった!」

「お前らな……」


 本気で悲しむ二人に呆れていると、ソファに座って寛いでいたシエルが突然立ち上がった。どうしたのかと思って見ていると、シエルは伊集院と篠原の元にそれぞれ駆け寄り、数秒くらい手を握った。


「えっと、これでいいですか?」

「……女神や、女神がおる」

「なんで関西弁?」

「シエル姫はあれだ、キャバ嬢の才能がある」

「変なこと吹き込んだらアネモスでぶっ刺すからな?」


 それにしても、あのシエルのキョトンとした顔、さっきのは素でやったのか……思春期真っ盛りの男子なら勘違いしそうだな。


「あーそうだシエル、アネモスで思い出したんだけど、アネモスってもしかして起動してる間は魔力を消費するとかそんな効果があったりする?

「アネモスに、ですか?」

「今日ライガンドと戦った後、魔力使い過ぎて寝ちゃったんだよ。でも魔法自体は三回しか使ったないしなんでだろうって思って」

「うーん………もしかしてアツヒト様、風を生み出したりしましたか?」

「ああ、空飛ぶ時に使ったけど」

「おそらくそれが原因ですね」


 風を使ったのが原因……どういうことだ?


「古文書には、姫巫女は宝具を使って創造神の司りし力を、魔の力によって扱うことができたとあります。ですので、アネモスを起動している間は魔力を風に変えて生み出すことができるのです」


 なるほど、つまり俺は、風を使い過ぎた所為で普通より魔力を消費したということか。そういえば、速く飛ぶのに大分風を使ってたもんな、今度からは気をつけないと。


「それと、アネモスと繋がることができた姫巫女は、空気を目や耳のように使っていたとあります」

「空気を?」

「はい、目を瞑っていても空気の流れで場所がわかるそうです」


 シエルの話を聞いた俺はあることを思い出した。

 イグランデと戦った時、一度だけ姿が見えないはずのアイツの動きがわかった。音だと思ってたけど、あれも無意識にアネモスの力を使ってたからなのか……


「何それすごい、是非見てみたいお!」

「俺もそう思って使おうとしたんだけど……空気がわかるどころか風すら出ない」

「姫巫女じゃないと使えないってことか」

「はぁ、しょうがないか」


 本当に不本意だが、俺は溜息を吐いてからアツヒメになった。もうズボンとパンツが脱げることに抵抗がなくなりつつあるな、しっかりしろよ俺。

 続けて宝具を起動させて姫巫女に変身する、こう改めて見ると魔法少女って言われてもおかしくない気がしてきた。


「さて、じゃあ使ってみるか……」


 俺はそっと目を閉じて意識を外へと集中させる。すると、視界を塞いで何も見えないはずが、部屋の広さ、物の場所、人の位置、全てが見えているようにわかるのだ。なんだこれ、すごいなんてものじゃないぞ!


「どうアツヒメたん?」

「ああ、わかる!誰がどこにいるのかすらわかる!」

「マジかよ」

「……じゃあこれから僕と幸宗氏が動くから、その場所を言い当ててみてほしいお」


 それを了承して俺は一度能力を切った。

 それからしばらくして、「もういいよー」という声が聞こえた。再び空気を読み取り二人の場所を探す。確かにさっきいた場所とは違う所にいる、伊集院は俺の両脚の間に頭を置いて仰向けになっていて、篠原は俺の目の前で顔を徐々に近づけていた。

 俺は冷静に右足で篠原の股を蹴り上げ、左手に持った槍の尻で伊集院の股を突く。正面と下から悲しいうめき声が聞こえきた。


「すごい、ほんとに見えるんだ」

「さ、流石アツヒメたん……容赦無いお……」

「全く、どうせこんなことだろうと思ったよ」


 この二人が組むとロクなことがない、そう思いながら能力を切ろうとした瞬間、俺はある違和感に覚えた。


「どうかしましたか?」

「……ちょっとみんな動かないで」

「え?」


 伊集院の問いに答えず、俺は意識を研ぎ澄ました。部屋の広さは変わらず、物の位置は変わってない。シエルは俺から少し離れたところで立っていて、ミューはテーブルの椅子に座っている。伊集院と篠原は俺の前後で悶え苦しんでいる。

 じゃあ、あのリビングの入口にいる奴は誰だ……?


「エアロダガー!」


 俺は瞬時に魔法陣を展開させて、振り向きながら入口に向かって腕を薙いだ。刃物の形に圧縮された三本の空気の塊が放たれ、入口にいる何者かに突き刺さった。すると、すぐさま悲鳴のような声が聞こえてきた。

 俺は目を開けてリビングの入口を見る、そこには予想通り誰もいない。


「な、なんだ今の?」

「誰かの声、でしょうか?」

「何したんだおアツヒメたん?」

「……みんな、昼に来た兵士の話は覚えてる?」

「姿が見えない幹部のことだろ?」

「でも幹部は城に閉じ込めてるんじゃ――まさか!」


 全員が俺の言いたいことを理解したらしく、シエルは俺の元に駆け寄り、伊集院と篠原は慌てて周りを見渡した。

 そう、本来ならレオデーゴは今も城の中にいるはずだ。でも、奴は間違いなくこの部屋にいる。


「おいおい、結界は完璧だったんじゃなかったのかよ?」

「多分、閉じ込められたら出られないという点は本当なんだと思う。でも、一ヶ所だけ抜け穴があったんだ」

「抜け穴?」

「そう、俺たちに城での出来事を話してくれた兵士。あの人にくっ付いてレオデーゴもここに来てたんだ」

「………クックックッ、なかなか勘のいいお嬢ちゃん――いや、青年だね。感心するよ」


 再びどこからか声が聞こえる、目を開けたまま空気の流れを読み取ると、奴は真上に移動していた。上を向く俺の様子を見て、全員が同じ方を向く。


「見えてるのか?」

「空気の流れでわかる、さっきもこれでアイツの存在に気づいたんだ」

「ほう、僕の擬態を見破れるとは……そこの子供に美味しいところ持ってかれてるただの可哀想な勇者だと思っていたが、そういうわけではなさそうだな」


 えっ、こいつなんでそんなことまで知ってるんだ!?


「なんで知ってるんだって驚いているようだけど、実はイグランデが城へ攻め込んだ時にくっ付いて来てたんだよねぇ」

「マジかよ!」

「あの時すでに幹部が二人も来てたのかお!」

「じゃあなんでシエルを連れ出さなかったんだ?姿が見えないんだから簡単にできたはずだろ?」


 俺の質問にレオデーゴは楽しそうに笑い始めた。


「僕は他の二人と比べて非力でね、それに非暴力主義なんだ。無理矢理なんて酷いことはしたくないんだよ。それに、今の魔王様に従うのも、モンスターのプライドが許さないんだ」

「モンスターのプライド?」

「まあそれはいいさ、それよりも君たちと是非交渉したいことがあるんだ」

「交渉?」


 未だ姿を見せない敵は、上から何かを落とした。拾ってみると、それは禍々しい淀んだ光を放つ鉱石の塊だった。


「なんだこれ?」

「それは“カオスライト鉱石”、ちょっと特殊な方法で作られた人工鉱石だ。それは魔王が苦手とするものであり、唯一の弱点さ」

「魔王の弱点!?」

「なんでそんなものをお前が持ってるんだ?」

「なんでって、そりゃ下克上のためさ。魔王の座に付けば、モンスターの頂点に立てるからねぇ」

「だったら自分でこれ使って倒せばいいじゃない」

「それが一番理想的なんだがねぇ、あの方はどうにもお強い。そいつを使う暇もないってことさ。そこで、君たちに倒してもらって、僕が新しい魔王になるのさ」

「そんなことしても敵を増やすだけで、俺たちにはなんの得にもならないだろ!」

「もちろん見返りはあるさ。僕が魔王になったら、この国だけは侵略しないでおくよ。なんたって僕を魔王にしてくれた恩人なんだからね」


 カサカサと虫のように天井を這い回りながら語るレオデーゴを軽く睨み付けた。確かに魔王の座に就くにはそれが一番いいし、この国が攻め込まれないのも交渉材料としては悪くはない……


「……もし俺たちがそれを拒否したら?」

「どうなると思う?」


 俺は身を寄せるシエルを一瞥した、相手は姿が見えない敵、いつどこで何をしたとしても気づかれることはない。となると、こいつはシエルに何かしているはずだ。


「クックックッ、まあ考えてる通りだよ。もし君たちが断れば、お姫様に付けた爆弾がドカン!全員消し炭さ」

「えっ!」

「ば、ばばば爆弾!?」

「そうか………」

「さぁ、返事を聞こうか?まあ答えは決まって――」


 饒舌に喋り続けるレオデーゴの目の前で、俺は鉱石を放り投げて槍で叩きつけた。鉱石はまるで卵のようにあっけなく砕け散った。それを見てレオデーゴは、さっきまでの余裕の表情が一変し、顔が真っ青になった。


「お、おおおお前!!なんてことを!これを作るのがどれだけ大変か……ッ!」

「お前は馬鹿だな、魔王になりたいから魔王倒してくださいって勇者に頼むか普通?」

「や――やっちゃったね君は!もう言い逃れはできないよ!ここで君たちは全員死ぬんだ!」


 レオデーゴは天井から飛び降りると駆け足でリビングから出て行った。入口が勢いよく開閉したことで伊集院たちも出て行ったことに気づいたようだ。


「どどどどうするんだおアツヒメたん!」

「爆弾ってどれのことだ!?」

「アツヒト様!」


 慌てふためく三人を見て、俺は思わず吹き出し笑ってしまった。その様子に伊集院たちは困惑している。


「な、なんだよ。どうしたんだよ」

「まさか、もう爆弾に気づいて取り外したってこと?」

「そうなんですか!?」

「あははははは!」

「篤人氏!笑ってないでなんとか言ってほしいお!」

「雨宮!」

「アツヒト様!」

「はははははははッ!!………………やばい、マジどうしよう」


 能力を使わずとも、リビングが空気一瞬にして固まったのがわかった。一度でいいからやってみたかった『相手から取引をぶち壊して余裕を見せる』のチャンスだったから、思わずやっちゃったけど……これ、ほんとにどうしよう。


「ぎゃああああああああああ爆発するぅうううううううううううううううう!!」

「何やってんだお前はァ!」

「ほんとごめん!ほんとごめん!!」

「アネモス様……どうか私をお救いください……アネモス様……」

「シエル姫までお祈り始めちゃったぞ!どうするんだ!」


 伊集院に胸倉を掴まれ揺さぶられるが、そんなことされても何も思いつかない。空気で感じ取ろうにも細部までわかるわけではないし、マジでどうすれば……

 俺たちが絶望に打ちひしがれる中、約一名だけ大きくため息を吐いていた。それはレオデーゴが出てきても尚、一度も動かなかったミューだ。


「おいミュー、なんとかしてくれー神様だろー!」

「そんなに騒がなくても、もうとっくになんとかしてるわよ」

「へ?」


 答えを聞き出す前に、外から爆発音のようなものが聞こえてきた。慌てて外を見ると、家から数十メートル離れた場所から黒煙が立ち上がっていた。まさかと思いミューの方を見ると、今度は不思議そうな顔で首を傾げた。


「アツヒトとシエルが風呂でイチャイチャしてる時に、見えない何かがドレスを漁ってたから変だなーって思って見てみたら小型の爆弾みたいなの付いてたのよ。だから探して体に付けといたのよ」

「……つまりあれか、お前は最初からアイツがいたことを知ってたのか?

「まあね、私は女神だから生まれつき運がいいのよ!ていうかアイツも私のこと知ってるならそれくらいされるって考えないのかしら――って、アツヒト?みんな?どうしたの黙り込んじゃって?」

「お前……それを早く言ええええええええええええええええええええ!!!」


 こうして、魔王の幹部は女神によって滅ぼされたのだった……

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